最終話 この木の下で君を待つ
「水無瀬様。お話よろしいでしょうか。」
病室から帰る地中僕を呼び止める声があった。
振り返るとそこには後藤先生が居た。
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弓弦くんが帰ってしまった。
亜矢は1人布団の中で思う。
彼はどうしてこんなにも私に優しく接してくれるのだろう。
亜矢の頭の中を嬉しさと罪悪感が渦を巻いた。
私を愛しても、報われない。
私の命の灯火はもうすぐ消えるのだから。
いっそ私の事なんて忘れてしまえばいいのに。
亜矢は弓弦から貰った銀杏の葉を握り締め、瞳を閉じた。
目を閉じれば弓弦くんとの思い出が頭の中を駆け回る。
とても甘くて心地のいい気持ちになれる。
でもそれと同時に私の心は苦くもなる。
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後藤先生に全てを聞いた。
その事が頭の中を駆け巡る。
亜矢さんの病気のこと。
そしてその病気が悪化していること。
もう長くはないこと。
不思議と涙は出なかった。
もう、覚悟してたからだろうか。
それとも気持ちが追いついていないからだろうか。
僕は1人に家に着いた。
やることはただ一つ。
8月5日の花火大会を最高の思い出にすること。
期限はもう近い。
今週の日曜日。
だから僕はあの子の為に。
彼女のために。
いや、自分自身のために。
1人準備をした。
日が経つのは早い。
気付けば8月5日。その日になっていた。
僕はまた苦難の壁にぶち当たっていた。
「どうして!?夜、一緒に花火を見ることが出来ないんですか!?」
僕の声が病棟全体に響いた。
「水無瀬様。よろしいですか、もう一度説明致します。今、黒霧様の病態は深刻なまで悪化しております。意識はあるものの、いつ、その命が亡くなるか分からないほどです。
なので、全身管理および、異常の早期発見、観察を行なわなければなりません。
いつものように面会のみであれば可能ですが、長時間の滞在、及び外出は御遠慮させて頂きたいのです。」
そう淡々と話す看護師の言葉はあまりにも残酷だった。
もう…何も出来ないのか。
その言葉が弓弦の頭を駆け巡る。
「もう…いいです…。」
弓弦の体を虚無感と脱力感そして倦怠感が包み込んだ。
自分1人じゃなにも出来なかった。
もう僕にはが 亜矢さんの隣に立つ資格がない
そう思うともうどうでも良くなって、
僕はーー。
逃げた。
1人塞ぎ込んで、部屋から出なくなった。
1ヶ月時が過ぎた。
僕は未だに外に出る気力がなかった。
部屋は散らかったまま、配達で頼んだ食事のゴミも無造作に捨ててある。
服も何日も着替えていない。
お風呂でさえ入っていない。
動く時はトイレの時くらいだろう。
ご飯いつ食べたかな。
弓弦は1人布団の上に座っていた。
その腕は細くなり、髪の毛もぐしゃぐしゃ。
部屋からは異様な匂いが漂っていた。
「…。」
弓弦は1人何かを見つめていた。
特に意味はなく、目的もなく。
ただ一点を見つめていた。
その時だった。
「開けろ!弓弦!」
その声は玄関先で響いていた。
知ってる。颯天だ。
僕が部屋に閉じこもって毎日のように扉を叩き、同じことを何度も叫ぶ。
いつも通り。
僕は
いつも通り彼を無視した。
「開けて!弓弦君!」
福音ちゃんだ。
彼女も毎日のように扉を叩き声を上げる。
僕の行動は変わらない。
ここから動かない。
彼らの言葉を無視する。
もう、僕から離れてよ…。
弓弦は密かにそう思うようになった。
その刹那だった。
「もー!しゃらくさい!」
誰かの声が僕のそっと強くぶん殴った。
そこからコンマ何秒。
そのくらいの時間だろう。
扉の破壊される音がまた僕の耳をぶん殴った。
「え…!?」
僕は動揺を隠せなかった。
いや、考える余地もなかった。
すぅっと陽の光が僕の体を、部屋を優しく包み込んだから。
ずっと暗いところにいた僕の目はその光に慣れなくて、目を開けるのがやっとだった。
でもどうしてだろう。
こんなにも幸せだ。
「弓弦!いつまでめそめそしてやがる!」
僕はまだ光に慣れていない目を擦りながら声のする方を見た。
うっすらと誰かが見える。
3人の人影。
「やっと会えたと思ったらこのザマかよ、しっかりしろよな、親友。」
その声はとても落ち着かせてくれる。
1番信頼してる声。
影だってわかるさ。
颯天の声。
「亜矢お姉ちゃんはなんでこんなやつ…まぁ私も言えないけど…。
弓弦久しぶり、変わったね。」
その声もわかる。
少しやんちゃだけど僕のこと大事に思ってくれている、福音ちゃんの声。
「てめぇいつまでめそめそしてやがる!」
そう一閃した荒々しい声。
僕の目が光に慣れた頃、その声の主の姿をハッキリと見た。
神崎さんだ。
ーどうして神崎さんが?ー
それが初めに感じた僕の感情だった。
そして、それは次第に熱を持ち、荒々しく熱くなって涙となって流れた。
僕は…なんでこんなことを…。
「…ないと…。」
「おい弓弦どうした…?」
「行かないと行けないんだ!」
颯天の心配する声を払い除け、僕は使命感に駆られて部屋を飛び出した。
「亜矢さんの所に行かないといけない!」
弓弦は走った。
1ヶ月部屋から出なかった彼の体はあまりにも脆くなっていた。
走って1分も経っていないのに、肺はちぎれそうなくらい痛くなり、酸素が足りないせいか、やけにフラフラする。
でも、それでも弓弦は走った。
走って。
走って。
走って。
何度も何度も止まりたい。
休みたいと願った。
でも。
それは今じゃない。
今は!!黒霧亜矢に会わないといけないんだ!
弓弦のその使命感は彼を限界の遥か先にまで連れていった。
「…亜矢さん…!!」
気付けば弓弦は亜矢と最初にあった。
いや、再会を果たしたあの銀杏の木の下に居た。
呼んだ先には亜矢どころか人影は無く、あるのは銀杏の木だけだった。
「亜矢さん…ごめん…!!俺、逃げて…逃げて…」
銀杏の木に泣すがる事しか出来なかった。
溢れた涙は止まることを知らず、永遠と流れ続ける。
涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっても、弓弦はひたすら今までの罪を償うように、ひたすら謝り続けた。
それが彼にとっての贖罪だった。
「なんでそんなに泣いてるの?弓弦くん。」
後ろの方で声が聞こえた。
居心地が良くて大好きな声。
「亜…矢…さん…?」
驚いた弓弦は恐る恐る後ろを振り返った。
そこには彼女が居た。
黒霧亜矢が居た。
「うん!亜矢さんだよ。」
彼女はそう笑顔で言った。
彼の感情は驚愕から次第に喜びへと変わっていった。
「どうして…ここに…?」
弓弦の体は亜矢に引き込まれるように体を近付けた。
「待って。弓弦くん。」
抱きしめようとする弓弦の顔の前に手を置き、亜矢は冷静にそう言った。
「今日はね、お別れを言いに来たんだ。
今までありがとう。じゃあね。」
亜矢は淡々とそう言って後ろを振り返った。
「待って…!!待って亜矢さん!!」
弓弦はその後ろ姿に手を伸ばした。
「違うんだよ…弓弦くん。」
彼女はそう言った。
その声はか細く震えていた。
「私は…亜矢さんじゃないんだよ…。
私は…お姉ちゃんじゃないの。」
彼女はそう言って頭に手を持っていった。
そのまま髪の毛を引っ張る。
潤った黒髪の下からは見覚えのある金髪が見えた。
彼女は黒髪福音だった。
「私は福音だよ。弓弦くん。
亜矢お姉ちゃんは8月5日。花火大会の日に静かに息を引き取ったんだよ。
病室でずっと君を待っていた。
息を引き取るその瞬間まで。
目を瞑るその瞬間。
お姉ちゃんは私に言ったの。
私が言えなかった最後のお別れの言葉を私の代わりに伝えてって。
これが亜矢お姉ちゃんの最後の言葉。
だから私はここに来たんだ。」
弓弦の方を向き真剣な眼差しでそう言った。
彼女の瞳は強く潤んでいた。
「そ…んな…。」
覚悟はしていた。
でも受け入れきれない。
さっきの贖罪も心のどこかで彼女が生きていると期待していた。
それすらも否定されてしまった。
弓弦は言葉を失った。
「うん…ごめんね。」
そう言って福音は弓弦の元を去って行こうとした。
そこ姿を見た弓弦は亜矢の後ろ姿と重なって見えた。
その感情はとても儚くそして虚しかった。
「福音ちゃんありがとう」
だからこそ。
こう言った。
福音は反応を示さずそのまま弓弦から離れていった。
弓弦はその後銀杏の木の下でこれからを考えた。
そしてひとつの答えにたどり着いた。
それは。
『自分も後を追おう。』
弓弦は責めて、空の上で亜矢を幸せにしようと思ったのだ。
弓弦は銀杏の木によじ登った、そして銀杏の木に巻きついたツタを歯で噛みちぎり、それを木の枝の分け目えと巻き付けた。
「これで…。」
弓弦はその巻き付けたツタの間に頭を入れた。
そして、飛び降りた。
呼吸が出来なくなり、少し苦しかった。
しかしそれは意識と共に消失していった。
弓弦は気付くと銀杏の木を見下ろしていた。そこにはしっかりと自分の体が吊るされていた。
「あーあ。やっぱり追うと思ったよ。弓弦くくん」
「亜矢さん!?」
声のする方を振り返るとそこには亜矢がいた。
間違えようがない。
大好きな落ち着く声を。
「さっき福音ちゃんと間違えたでしょ。」
亜矢は顔をぷくっと膨らませてそう言った。
「ごめん、亜矢さんに会いたすぎて、勘違いしちゃった。」
弓弦の申し訳なさそうな顔を見て亜矢はクスッと笑った。
「でも、僕はこれから亜矢さんを…!!」
「ダメだよ。」
「え?」
「弓弦くんダメだよ。」
「どう…して…!?」
亜矢の真剣な顔を見て弓弦の表情はいっきに固くなった。
「弓弦くんの好きなところを言います!
優しいところ、かっこいいところ。ロマンチストなところ、お花が好きなところ、指が綺麗なところ、髪の毛がツヤツヤなところ、いつも人の事を思ってるところ、そして、
私のことが大好きなところ。
もっと言いたいこと沢山ある。
でも、もう時間が無いからこれだけね。
弓弦くん。
大好きだよ。だから死なないで。
私の分まで生きて。
私に綺麗な花をくれた時凄く嬉しかった。
幸せだった。
だからこそ、弓弦くんの素敵な手で他の人にもお花を贈って欲しい。
これが私の幸せだよ。」
そう微笑みながら、顔を赤くしながら言う彼女を見て弓弦の瞳は熱くなった。
「でも…僕は亜矢さんを…!!」
「うん。だからさ、弓弦くんが幸せになった後、私をまた愛して欲しいな。
私ずっとこの木の下で君を待ってるから。」
「でも…僕は…弱いから!!」
弓弦の泣きそうな顔を見て亜矢はそっと弓弦の背中に手を添えた。
「ううん。弓弦は強いよ。本当に今までありがとうね。」
そう言い残し弓弦の背中をポンっと押した。
「…亜…矢…さん!!」
弓弦は気付けば地面に横になっていた。
見上げた木の枝には切れたツタが風に遊ばれていた。
「ダメだ…!!亜矢さん…僕は…!!」
弓弦はまた木によじ登ろうとした。
でも、木は無慈悲にも表皮を湿らせ、滑り登れない。
「…クソ…クソッ!!」
弓弦は地面を殴り涙を流した。
その時亜矢の言葉が脳裏を過ぎった。
(他の人に花を贈って欲しい。)
弓弦は決意した。
亜矢さんがそれで幸せになるなら。
弓弦は力強く立ち上がった。
そして、その木の元を離れていった。
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「すみません!!お花ください!!」
店の玄関から元気な少女の声が聞こえる。
「はい!どんなお花が欲しいですか?」
弓弦は笑顔でその女の子の対応をした、
「綺麗なお花をお兄ちゃんに選んで欲しいの!お兄ちゃんの手は素敵だからきっと可愛くて綺麗なお花を私に選んでくれそうなの!」
少女は笑顔でそう言った。
「はい!分かりました!お嬢ちゃんお口が達者だね、じゃあ君にはこのお花をあげるね。」
弓弦はピンクのコチョウランをその少女に渡した。
「わぁ!ありがとう!お兄ちゃん!!」
少女は笑顔でそのお店を出ていった。
本日をもちまして、完結とさせていただきます。
約半年間更新せず申し訳ありませんでした。
この木の下で君を待つを見てくださり、本当にありがとうございました。
心よりお礼申し上げます。
現在新たなお話を書いておりますので、ぜひその更新もお待ちください!




