勇者降臨
爆発の規模は然程大きくは無かった。部屋の壁の一部を吹き飛ばしただけで済んだ。俗に言うブリーチと言う奴かと柚姫は思う。
「おう、動くなよ、子ねずみども」
崩れ落ちた壁から現われたの少年だった。だがその手にはサブマシンガンが握られており、普通の少年でないことは明らかだ。
「スパイがいるって言うからどんな奴かと思ったら可愛い娘じゃないか。安心しな、殺しはしねぇよ」
その少年の侵入にあわせてサエとレティアが己のハンドガンを抜き少年に銃口を向けたが、少年はそれを気にした様子も無く飄々とした態度を取り続ける。
「その台詞、先ほどまでずかずかと狙撃をしていた人間のものとは思いませんね」
サエがいつもと同じ口調、同じ無表情で、それでいてこの上ない敵意を剥き出しにして吐き捨てる。
「おぉ、怖い怖い。それで、さっきからそこにいるお前、ステータスがブービーだった奴だよな。よく覚えている。クラスまるごと召喚されたと思ったら一人変なのがいてブービーだったからな」
サエの敵意を意に返さず少年は柚姫を見つけ口にする。
「やっぱり勇者、津宮の人間だったか。それで何の用?対物ライフルで壁ノックなんて習慣。僕は聞いたこと無いけど?」
「勇者としての仕事だよ。他国のスパイがいるかも知れないから確認してくれと……、おっと通信だ」
多人数を相手にして呑気に通信に出る余裕が目の前の勇者にはあるらしい。ただの驕りか、それとも勇者としてのステータスと能力はそれほどまでに強大なのか。だが、どちらにせよ今逃げようとしたら彼が手にしているサブマシンガンの銃口から弾丸がばら撒かれるのは確かだ。ならば今の隙に顔面を殴り飛ばせば大人しくなるか。柚姫が拳を固めた時だ。
「あー、ここにいる全員捕まえろって指示がになった。だから痛い目見る前に投降しろ。お前らに勝ち目はないぜ」
「嫌だよ」
短く柚姫が拒否。玄関先のほうで銃声が二発、その後ドアが蹴破られる音がする。外のメイドが突入してきたのだろう。時間は無い。だから柚姫は勇者に向かって一歩踏み出す。それと同じくしてサブマジガンの銃口が柚姫に向く。彼我の距離は五歩。銃を構えて引き金を引くには十分な距離と言えよう。
(あの勇者を見続けて。今君の視界を借りているから)
柚姫はその思考を今視界を共有しているエフィーと共有する。一瞬自分の視界に自分が映ったがすぐに勇者が映りこむ。その時には距離は後三歩。勇者の指が引き金を引こうとしている。残り二歩半となり、引き金が銃の機構を動作する寸前まで押しこまれた時、柚姫は自分の右の拳で自分の左の掌を叩いた。
「うおぉ」
瞬間勇者のサブマシンガンが上向きに跳ね上がり天井に向けて弾丸が発射された。跳ね上がる銃口が元の位置に戻る前に、柚姫は既に距離を詰めている。
初めはマガジン抜きをしたいのだが、勇者が使うサブマシンガンはブルパップ方式のサブマシンガン。マガジンは銃の上部に寝かすように差し込まれいる。初手でマガジンを弾き飛ばしにくい構造だ。それ故に銃口を反らしてからのインファイト。
拳を握ってとりあえずといわんばかりに勇者の腹部に一発入れる。喧嘩ばかりしている学生でも悶絶する力加減で殴った柚姫だが、
「あれ?」
対して応えた様子も無く、反撃の一撃とサブマシンガンのグリップ付近で柚姫の左肩を殴打しようとする光景が視界に映ったので左手で腕を掴むことで防御とする。そして右の拳で勇者の顎を打撃した。
大きく首を後ろに仰け反らせる勇者。柚姫の目的は骨の破壊とかでは無く脳震盪を起こさせることだ。先ほどの腹部への打撃が効いたそぶりが無い理由を柚姫はこう考えた。ステータスの防御力が影響しているのではと。
この世界に来た時のステータス測定で、柚姫と鈴木宗太と名乗る学生以外はステータスの値が良かった。柚姫は自分の力が元の世界のままなのに、ステータスが明らかに低い数値かつ共有等の能力は明記されなかったため、この世界のステータスは約に立たないと意識していたが、先の状況をみてしまうと自分がおかしいと思うしかない。
ならば防御力が高いとなると、その防御力の影響範囲はどこまでなのかを調べる必要がある。肉体にかかる外的要因は防御力が影響するのは間違いないとして、外的要因による人体への影響はどうか?脳を揺らされることで起きる生理的現象である脳震盪は防御力で軽減されるのか?それを調べるために、柚姫は勇者の顎を打ちにいったのだ。結果としては、
「少しばかりはある……か」
勇者の足元が少し覚束無くなったので効果はあり。柚姫はそう判断したので締め落とそうと考える。だが部屋のドアが荒々しく開いたことでその時間はないと判断。脳震盪のせいでふんばりの利かない勇者を左手の勢いだけで引っ張るように開いたばかりのドアに突き飛ばした。結果、飛び込んできたメイドと勇者はもつれるようにドア付近に倒れこむ。
「行きますよ!」
好機と捉えたサエはエルを引っ張り、爆破されてぽっかり穴の開いた壁から脱出。続いて柚姫がそこらに倒れていた椅子を掴むと起き上がろうともがくメイドと勇者に向けてぶん投げる。椅子とて硬い材質で出来たものだ。防御力というステータス故にダメージはないだろうがひるませるのには充分過ぎる。
「柚姫、エフィーを」
短い言葉だが彼女の意図は理解出来た。柚姫はエフィーを担ぎ上げる。そして手を伸ばすと、レティアがその手を掴んでくれる。
「気を使わなくていい。全力で走るよ」
妹から姉へ視界の共有先を変更して、同じく爆破された壁から外に出ると数メートル先に敷地を分けるためのフェンスが並んでいる。普段なら素早く昇れるこのフェンスも腕を負傷しているエルにして見れば一苦労するだろう。そう思っていると、そのフェンスを一台の装甲車が突き破って来た。そして運転手が窓を開けて叫んでいる。乗れと。
「私の仲間です。乗りましょう」
サエが手際よく後部座席のドアを開き、まずはエルが転がりこむように乗り込み続いて柚姫とエフィー、ここで勇者が復帰したのか壁から飛び出してきたので、レティアとサエが同時にハンドガンを抜き威嚇射撃を開始。まずレティアが後退しながら装甲車に乗り込むとサエも素早く乗車。
「出して!」
短く叫ぶと同時に装甲車は発進。同時に発砲音が聞こえ、続いて装甲が銃弾を弾く音が響く。恐らくは勇者がとっさにサブマシンガンを撃ったのだろうが、この装甲車が非力な部類に入る四輪装甲車だが、少し距離が離れた位置からのサブマシンガンぐらないなら容易く防げる。
兵員輸送用を主目的として作られたこの装甲車の後部は広く、緊張が解けたせいかエルがぐったりと倒れこむ。
「大丈夫ですか?」
備え付けの救急キットを引き出しながらサエが尋ねる。
「痛い」
エルはただそれだけしか言わなかった。それ以上の感想が沸いてこないからだ。
「腕がちぎれるような怪我では無いですから、その辺りは安心を。大きな血管も無事です。治癒の加護付きの包帯での応急処置をします。そしてあなたは……」
テキパキとこの世界での応急処置を行いつつ、視線を向ける事無く運転席の男に彼女は尋ねる。
「この一件は私が単独で動いていました。なのに他人が動いた。どう言うことでしょうか?」
「上からの命令だ。白崎柚姫を保護しろ。可能なら本国まで連れて来いだ。勇者の一人がそいつの特異性を知っているらしくてな。様子見の段階だったがお前らの報告書が決めてとなってな。せめて敵にだけは回さないでおこうとの方針になった訳だ」
神宮寺美夏のお陰かと柚姫思う。今の段階で国単位で友好的に思ってくれるのは望ましい。少なくともこの都市連合にいるよりも他国に行く方がよっぽどましだ。
「とのことです。どうしますか?」
なんとなくサエの視線を感じそちらに顔を向けると彼女はそう聞いて来た。あくまでもこちらの意見を尊重したいようだ。答えは一つだ。
「まぁ、そちらの言葉に甘えようかな」
「了解です。あれを巻けますか?」
サエが運転している男に尋ねると、
「容易いさ。巻くだけならな」
自信に溢れた声音で応えた。




