約束破りの代償は重いよ
レティアを椅子に座らせた柚姫。先ほどまでは自分の影になってエルの視界に映っていなかったレティアの表情を見ることが出来た。先日までの強気で生意気そうだった表情は、今は平常を装っているようにしているが、隠し切れない恐怖が見え隠れしている。
いい気味だと柚姫は口元だけで笑う。約束を破ったことに対する罰として気が済むまで殴ってやるつもりだったが、あれで止めてよかった。最初の一撃が綺麗に頬に入り、これまた綺麗に倒れ込んだため溜飲が下がり追撃をしなかったのだが、この表情が見ることが出来たのだからこれはこれでよしとする。
「さて、レティア。君は僕の奴隷だよね。分かっているかもしれないけど、念のため。理解してるよね?」
そうだ。レティアとは柚姫が死んだら自由になると約束はした。だからレティアは柚姫を殺したから自由だと思っているだろうが、柚姫はこうして元気に生きている。約束の履行は出来ない。
「理解している。けど受け入れられない。お前は確かに私がこの手で殺したんだ。生きているはずが無いんだ」
「あぁ、成る程。そうか。殺した人間が目の前にいるという非現実を受け入れられないんだね。そりゃそうだろうね。僕自身非現実だなぁ思うからね。でも僕は君に殺された白崎柚姫だ。間違いないよ」
わざとらしく、レティアにざっくりと切られた方の首に手を当てる柚姫。
「くそ、なんでもありかよ、勇者は」
吐き捨てるレティア。生憎様、この勇者召喚で手に入れた体質ではないのだが、それをわざわざ訂正しようとは思わなかった。
「それでエフィーまで使って私をここに呼んだのは殺した仕返しか?あぁ、構わないさ。好きなだけいたぶって殺すといいさ!だけど、妹だけには手を出すな!」
何を勘違いしたのか、威勢よく殺すがいい発言。背後でエルが
「おぉ、くっ、殺せ系女子発言。初めて聞いた」
なんてことを言っていたが、本当にこの世界のサブカルチャーはどうなっているのだろうか?自分の本来の目的、この世界が自分世界である津宮に与える影響の調査の一環として調べてみようか。だが今は目の前にいる女の処遇からだ。
「随分と勇ましいけどさ。いくつか間違いを指摘しようか。まずね、君を殺すつもりはないよ。金払って君を買ったんだ。殺すなんてもったいない」
レティアという奴隷を買った理由。それは視界確保、戦力増強、この世界の案内人だ。今はサエとエルが協力してくれているが、彼女達は国家の諜報機関の構成員だ。今はギブアンドテイクの関係が成立しているが、それがいつまで続くか分からない。だから自分にしか帰属せず、契約を結べて、安価な奴隷を入手したのだ。彼の活動資金が有限である以上、無駄使いは望ましくない。
「そしてこれが一番大きな間違いで重要なことなんだけど……」
そうだ。これからも彼女は奴隷として自分の側にいる。だから再度同じミスをしないように声に出して告げなければならない。
「僕を殺したことに対する仕返しじゃないよ。これは君が約束を破ったことに対する仕返しだよ。そこを間違えないで欲しいよ」
「約束?」
「もう忘れたの?」
底冷えするような声。童顔かつ見た目が人畜無害の柚姫に対し、得体の知れない恐怖を感じる理由。こうして対峙してレティアは理解した。それは表情に頼らない、つまり声や雰囲気等視覚に頼らないもので恐怖を本能的に刺激するのだ。それでいて見た目は害がなさそうというギャップが気味悪さを増幅する。
「約束……お前の目の代わりとなると……危害を加えないことだったな」
忘れる筈がない。殺す直前まで試すように約束を守れと言われ続けたのだ。この数日で忘れろと言う方が無理な話と言うもの。
「なんだ、覚えているじゃん。そう、危害を加えない。君はその約束を破ったんだよ。腕を折ろうが、毒を盛ろうが、首を掻き切ろうが、それはどれも危害を加えると言う事」
「命より約束が重要なのかよ。普通は逆だろ?」
思わず出てしまった言葉。レティアのその言葉は正しい。人は命あってこそだ。まれに命より約束が大事という者もいるが、それでもその約束の背景には高貴な主従関係などがあったりするが、今回はどうか?奴隷が約束事を破って主人を殺したのに、その主人は命を奪ったからではなく約束を破ったことに腹を立てている。
「普通はそうかもね。でも僕は約束のほうが大事だよ」
柚姫にとって自分の命は言ってしまえば自分を構成するパーツの一つという感覚でしかない。常人と感覚がずれている自覚はあるが、殺されても生き返る体で今日ここまで生きてきたのだ。ずれていると言われてもどうしようもない。
「さて、レティア。君がこの都市連合からどんな処遇を受けたか知らないけど……念を押してもう一度、君は僕の奴隷だ。それも約束すら守れない問題児。だから、君に枷を嵌める必要があると思う訳だよ。けどね……」
立ち上がった柚姫。本当に盲目なのかと思える足取りで向かった先は椅子に縛られているエフィーの背後だった。
「枷を直接付けるのは妹のほうだけどね」
柚姫が両肩に手を置くと、ビクリと肩を震わせたエフィー。それを見たレティアは椅子を蹴飛ばす勢いで、弾かれたように柚姫に掴みかかろうとした。今まで感じていた恐怖心を、妹に何かしようとする柚姫に対する怒りが上回った結果だ。
背後に控えていたサエは、レティアがアクションを起こすと同時に自分も床を蹴っていた。懐からプッシュダガーを抜く。室内という狭い空間で、先に動いた相手に追いつけるほどの身体能力を彼女は持ち合わせていない。柚姫はレティアと比べると小柄で盲目だ。勢いのまま押し倒されてマウントを取られるのは想像出来る。そうなった所で追いつけるだろうから組み付いて、ダガーで腿辺りを傷つけて大人しくさせよう。だが、実際は違う光景がサエの前で繰り広げられた。
レティアが何かに弾かれたように尻餅をついたのだ。理由は分からないが、拘束を止める理由にはならない。レティアを羽交い絞めにして柚姫の安否を確かめるためそちらを見ると、ちょうど柚姫もこちらを見ていて視線があった。そして意味ありげに小さく笑う。
「サエさん。そのまま拘束してて。どうやら黙って話しを聞くつもりはないみたいだし」
「分かりました」
目が見えないはずなのにまえるで見えているかのように、柚姫はレティアの現状を言い当てる。どんなトリックかと気になるサエだが、もともとの約束は行動をともにする上で知りえた情報に制限を設けないだ。先ほどの謎の尻餅を含め、柚姫はわざとこんな事が出来ますよとサービスで見させてくれている。先ほどの笑みはその意味だろう。
「それでレティア、着ける枷は君が約束を破らなければ何ら害の無いものだよ。今考えてるの君が約束を破ると妹が死んでしまう枷なんだけどどうかな?」
今晩の夕食のメニューを提案するように柚姫が言う。先ほどから彼がエフィーの肩にずっと手を置いているのは共有の力を使っているからだ。じっくりとエフィーとの繋がりを深めていき、あるものを共有する。
「ふざけるなよ!妹は関係ないだろ!?」
どうやら妹の事になるとレティアは行動的になるらしい。暴れるレティアをサエが懸命に押さえ込もうとするが単純な力はレティアの方が勝っている。今にも振りほどかされそうだ。この時柚姫の視界が動いた。つまりは背後に控えていたエルが動いたことになる。サエの援護に向かうつもりだろうが、視界役に動かれては困る。軽く手を上げて彼女を制止させると、右足を上げてから勢いよく床を踏みつけた。
接地の瞬間に能力を発動。柚姫の右足の力が作用する場所をレティアの腹部に設定する。つまりはレティアは今、容赦なく腹を踏まれた衝撃を唐突に受けたことになる。空気が抜けるような悲鳴とともに先ほどまで元気に暴れていた彼女はもんどりうつ。
「やめろ……やめて……くれ。エフィー……には」
息をするのもやっとだろうに、彼女はすがるように手を伸ばし柚姫に懇願する。
「頼む……今からは……約束……守るから」
今からは約束を守る。この言葉はレティアにして見れば許しを得るための最大の誠意だったのだろうが、柚姫に対して今の状況で使う言葉ではなかった。
「約束守るねぇ」
エフィーに必要な共有が終わったため、柚姫はレティアに向かい歩いていき、その伸ばしている手を踵で踏みつける。
「一度約束破った君がどんなに誠意を見せて次は約束守るとほざいた所で、微塵たりとも信用出来ないないんだよ。どうせまた、何か美味しい話につられて約束破るに決まっているよ」
「そんなことはしない!絶対に……」
「信用出来ない。口ではなんとも言えるよね。口約束なんて破っていいものって君自身、僕を殺すことで証明してくれたし」
柚姫にとって信用ならない言葉を並べようとする彼女を、踏みつけている手の甲に力を加えることで黙らせる。それに彼女は気付いていない。エフィーに何かされることを拒むレティアだが、そもそも柚姫はレティアに約束を守らせるための制約を設けようとしている。つまりは、
「それに僕が今しようと……いやもうしたんだけどね。君が約束守っている限りは何も起こらないんだよ。君は絶対に約束守るって言っているんだから別に妹さんになにしても問題ないよね?」
と言うことになる。だが、彼女にそれが理解出来たかどうか判らない。何故なら、もうエフィーに何か細工をしたと言った辺りから明らかに柚姫の話にに意識が行っていなかったからだ。
「何したんだよ…何したんだ!」
「知りたい?いいよ。抑止力にもなるから見せてあげるよ」
ここで柚姫はサエを少し見てから、仕込んでいた共有の能力を使う。今、エフィーと共有したのは呼吸をしようとする意思だ。それの所有権を一方的に取り上げた。この共有の能力で共有したものの所有権の決定権利はは柚姫にのみにある。つまり、呼吸する意思がなくなったエフィーは呼吸が出来ずもがき、それでも空気を求め口を動かすが、体の状態に反して呼吸する意思がないため空気が肺を満たすことはない。
「約束やぶると妹は息が出来なくなるよ」
約束を破れば妹が死ぬ。ぞの事実を突きつけられたレティアは言葉にならない悲鳴を上げるしかなかった。




