第1話 理不尽な追放とガラケーの街
昼休みを告げるチャイムが鳴る。
その瞬間、教室中で一斉にスマホの通知音が響いた。
ピコン。
ピコン。
ピコン。
まるで示し合わせたような音の重なりに、教室の空気が一瞬止まる。
「なんだ?」
「クラスグループ?」
「先生から?」
誰もがポケットや机の中からスマホを取り出す。
俺――蓮も、反射的に画面へ目を落とした。
通知は一件。
送り主は「Unknown」。
本文はたった一行だった。
『お盆限定イベントへようこそ』
「……は?」
思わず声が漏れる。
リンクが一つ貼られているだけ。
広告?
スパムメール?
最近流行っている詐欺かもしれない。
削除しようとしたその時。
「おい、俺にも来たぞ!」
教室の後ろから声が上がった。
「私も!」
「マジで?」
「全員じゃね?」
あっという間に教室中がざわつき始める。
三十五人全員のスマホに同じ通知が届いていた。
担任まで首をかしげ、自分のスマホを見ている。
「学校からじゃないですよね?」
「いや、違うな……。」
教師まで困惑しているのを見て、本当に誰にも心当たりがないことが分かった。
すると、教室の中央で椅子をガタンと鳴らして立ち上がる男子がいた。
「押してみろよ。」
大和だった。
茶色く染めた髪。
制服も着崩し、先生に注意されても気にしない。
運動神経抜群。
女子にも人気。
いわゆるスクールカースト最上位の存在だ。
「どうせ企業のキャンペーンだろ?」
「ビビってんの?」
その一言で空気が変わる。
「まぁそうか。」
「押すだけなら。」
「別にいいよね。」
一人が押す。
二人が押す。
気付けば教室中がリンクを開いていた。
俺は画面を見つめたまま、指が止まる。
昔からこういうのは苦手だった。
知らないURL。
怪しい通知。
不用意に押さない方がいい。
そう思う。
でも。
「蓮だけ押さないの?」
隣の席の女子に言われる。
「……。」
視線が集まる。
まただ。
みんなと違う行動をすると、それだけで浮く。
高校に入ってから何度も経験した。
空気を読めない。
ノリが悪い。
陰キャ。
そんな言葉を直接言われなくても、態度で分かる。
だから俺は、小さく息を吐いて画面へ触れた。
リンクを開く。
真っ白な画面。
文字がゆっくり浮かび上がる。
『参加しますか?』
YES
NO
「え、なんだこれ。」
ゲームみたいだ。
後ろではもう笑い声が上がっている。
「YES押した!」
「俺も!」
「なんも起きねーじゃん!」
俺は少しだけ迷った。
でも、ここでNOを押しても意味がない気がした。
YES。
指先が触れた。
その瞬間。
世界が真っ白になった。
◇
熱い。
最初に感じたのは、それだった。
エアコンの効いた教室とはまるで違う。
肌を刺すような日差し。
むっとする熱気。
耳を埋め尽くす蝉の大合唱。
「うぅっ!」
俺は思わず目を閉じた。
まぶしい。
ゆっくりと瞼を開く。
知らない街だった。
アスファルトはひび割れ、商店街のアーチは色あせている。
古いパン屋。
昔ながらの文房具店。
赤い郵便ポスト。
今ではほとんど見かけない店ばかり。
「どこだ……ここ。」
思わずつぶやく。
駅前のロータリーらしき場所。
だけど違和感があった。
自動販売機のデザインが古い。
駅名の看板も見たことがない書体。
そして何より。
人がいない。
昼間なのに。
車も。
自転車も。
通行人も。
誰一人いなかった。
風だけが吹く。
商店街の旗がぱたぱたと揺れる。
その静けさが逆に不気味だった。
「お、おい!」
後ろから聞き慣れた声が飛ぶ。
振り向くと、大和だった。
さらに翔太、陸もいる。
「蓮!」
「お前もいたのか!」
三人とも制服姿のまま。
俺と同じように辺りを見回している。
「ここどこだよ!」
「テーマパーク?」
「映画のセット?」
翔太が笑いながらスマホを掲げる。
「ライブ配信しよ。」
しかし次の瞬間、その笑顔が固まった。
「圏外?」
画面にはアンテナが一本も立っていない。
「Wi-Fiもない!」
「マジ?」
大和もスマホを見る。
「検索できねぇ!」
「SNSも更新できない!」
陸は何度も画面をスワイプしている。
「え、嘘だろ……。」
通知も来ない。
動画も開かない。
ネットにつながらない。
俺は三人の様子を見ながら、少しだけ違和感を覚えた。
そんなに困ることだろうか。
もちろん不便ではある。
でも今は、それよりこの状況の方が異常だ。
知らない街。
誰もいない。
どうやって来たのかも分からない。
普通なら、まず警察を探すはずだ。
けれど警察署も、人影もない。
「なぁ。」
俺が口を開こうとした、その時だった。
商店街の街灯に取り付けられたスピーカーから、ザーッというノイズが流れる。
まるで古いラジオのような音だった。
そして、少し音の割れた女性の声が響く。
『ようこそ。お盆限定イベントへ。』
四人とも息をのむ。
誰も話さない。
『これよりゲームを開始します。』
ゲーム。
その言葉だけが、不気味なくらいはっきり聞こえた。
『制限時間は二日間。』
『条件を満たした参加者のみ、ログアウトできます。』
『失敗した参加者は、脱落となります。』
ブツッ。
放送はそこで途切れた。
再び蝉の声だけが街に響く。
「ログ、アウト?」
翔太が苦笑する。
「VRゲームってこと?」
「じゃあ脱落ってゲームオーバー?」
大和も肩をすくめた。
「なんだよ、ビビらせやがって。」
しかし、その笑い声はどこか引きつっていた。
俺は自分の手を見る。
汗がにじんでいる。
頬をつねる。
痛い。
夢じゃない。
風の匂いも。
アスファルトの熱も。
全部、本物だった。
その時。
突然、俺の制服のポケットで音が鳴った。
ピリリリリ……
今まで聞いたことのない、電子音だった。
ピリリリリ……
聞き慣れない電子音が、静まり返った商店街に響く。
「なんだ!?」
反射的にポケットへ手を突っ込む。
入っていたのはスマホではなかった。
黒くて厚みのある、小さな機械。
「……え?」
恐る恐る取り出す。
二つ折りの携帯電話。
見たことはある。
テレビやネットの「平成特集」で見かけたことがあるだけだ。
「これ……ガラケー?」
思わず呟く。
銀色のアンテナ。
小さな液晶画面。
厚みのあるボディ。
スマホとはまるで別物だった。
「マジじゃん!」
大和も自分のポケットから同じ物を取り出した。
「親父が昔使ってたやつ!」
翔太は面白がってパカパカと開閉する。
「うわ、閉じるだけでカチッて鳴る!」
「懐かしーって俺、生まれてねぇけど。」
陸まで笑い始めた。
ガラケーを開くと、小さな液晶に文字が一行だけ表示されていた。
『メールを受信しました』
「メール?」
ボタンを押して開く。
差出人は表示されない。
本文だけが淡々と並んでいた。
『最初の試練』
『男女二人で行動してください』
『制限時間 三分』
『ペアを組め』
それだけだった。
「男女?」
俺たちは顔を見合わせる。
「女なんかいねぇじゃん。」
翔太が周囲を見回す。
その瞬間だった。
カラン……
どこかで風鈴が鳴った。
四人同時に音の方を見る。
商店街の向こう。
強い日差しの中を、三人の女子高生がゆっくり歩いてくる。
「……。」
誰も声を出せなかった。
制服が古い。
ブレザーではなくセーラー服。
スカートは長め。
一人はルーズソックス。
一人は黒髪を肩まで伸ばした文学少女のような雰囲気。
そして最後の一人。
少しだけ猫背で、小柄で、茶色い肩掛けバッグを抱えた少女。
髪は肩まで。
前髪は少し長い。
派手さはない。
けれど、どこか優しい空気をまとっていた。
三人とも不思議そうにこちらを見ている。
「うわーっ。」
陸が思わず呟く。
「平成って感じ。」
「ギャルじゃん。」
大和の視線はルーズソックスの少女に釘付けだった。
少女たちは俺たちの前で立ち止まる。
「……あなたたちも?」
黒髪の少女が静かに尋ねた。
「え?」
「連れてこられたの?」
その一言で空気が凍る。
「連れてこられた??」
俺が聞き返そうとした瞬間。
四台のガラケーが同時に鳴った。
ピリリリリ……
『残り二分』
『男女二人でペアを組んでください』
『未成立の場合は脱落候補になります』
「急げ!」
大和が叫ぶ。
さっきまで余裕そうだった表情が消えている。
「俺と組もう!」
一直線にルーズソックスの少女へ駆け寄る。
「えっ?」
少女は驚きながらも、小さく頷いた。
「し、仕方ないわね。」
「よし!」
翔太も黒髪の少女へ走る。
「お願い!」
「うん……分かった。」
あっさり成立。
残されたのは。
俺と。
地味な少女だけだった。
目が合う。
彼女は少し困ったように笑った。
「あの……。」
「私でよければ。」
その言葉だけで十分だった。
「うん。」
俺も頷く。
「よろしく。」
初めて言葉を交わそうとした、その時だった。
「待て。」
低い声。
振り返る。
大和だった。
口元には、いつもの人を見下した笑みが浮かんでいる。
「蓮。」
「お前さ。」
「足手まといなんだよ。」
俺は意味が分からず眉をひそめた。
「何?」
「このゲーム。」
大和は肩をすくめる。
「どう考えても生き残り戦だろ。」
「だったら弱い奴はいらねぇ。」
翔太が笑う。
「蓮って運動できないし。」
「決断も遅いし。」
「こういう時、一番死ぬタイプ。」
陸も続けた。
「学校でも空気じゃん。」
「リーダーシップゼロ。」
「正直、邪魔。」
一言一言が胸に刺さる。
反論したい。
でも、できなかった。
全部、今まで何となく感じていたことだったから。
「だからさ。」
大和は俺の肩に手を置いた。
「悪いけど。」
「俺らとはここまで。」
「は?」
「追放。」
その二文字が頭の中で反響する。
「お、おい。」
「何言って……」
「ゲームなんだよ。」
大和は笑った。
「リアルでもゲームでも。」
「弱い奴と組むメリットねぇだろ?」
ドンッ。
胸を突き飛ばされる。
「っ!」
バランスを崩し、熱いアスファルトへ尻もちをついた。
制服が擦れる。
手のひらがヒリヒリ痛む。
見上げると、大和たちはもう歩き始めていた。
「じゃ。」
「頑張れよ。」
「生き残れたらな。」
三人の笑い声が遠ざかる。
振り返る者は誰もいない。
高校生活で何度も感じてきた疎外感。
「空気だから」「地味だから」と輪の外へ押し出される感覚。
それが、この得体の知れない世界でも繰り返された。
蝉の声だけがやけに大きく聞こえる。
俺は拳を握った。
悔しかった。
情けなかった。
でも、それ以上に怖かった。
もし、このゲームが本当に命を懸けたものだったら。
俺は最初の十分で見捨てられたことになる。
「あの……。」
小さな声がした。
顔を上げる。
さっきの少女が、少しだけ心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?」
彼女はバッグからハンカチを取り出し、そっと差し出す。
「擦りむいてます。」
手のひらを見ると、赤く血がにじんでいた。
「あ、ありがとう。」
受け取ると、少女はほっとしたように微笑んだ。
「私、あゆみっていいます。」
「蓮くん……ですよね?」
「え?」
「さっき、お友達が名前を呼んでいたから。」
友達。
その言葉が少しだけ胸に刺さる。
もう、友達じゃない。
少なくとも向こうはそう思っていないだろう。
「……蓮です。」
「よろしく。」
あゆみは嬉しそうに頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
その笑顔は、この不気味な街で初めて見る、心から安心できる表情だった。
だが、その穏やかな時間は長く続かなかった。
街中のスピーカーから、再びノイズが流れる。
ザーッ……
そして、機械的な声が響く。
『追放を確認しました。』
俺とあゆみは顔を見合わせる。
『追加ルールを開放します。』
嫌な汗が背中を伝う。
『真実の愛を知らぬ者は、必ず脱落します。』
ブツッ。
放送は途切れた。
商店街に再び静寂が戻る。
「……真実の愛?」
俺は思わず呟く。
ゲームなのに。
生き残りを競うはずなのに。
どうして、そんな曖昧な言葉が条件なんだ。
あゆみも不安そうにガラケーを握りしめていた。
そして、その小さな画面には、新しいメールが一件届いていた――。
『次の目的地 旧商店街中央広場へ』
俺たちはまだ知らない。
この街が「平成」で止まった世界であることも。
そして、「脱落」の本当の意味も。




