第四章 「すれ違う帰り道」
七月も半ばを迎えた。
街には夏休みの広告が並び始め、商店街には風鈴の音が涼しく響いていた。
それとは対照的に、遥と葵の毎日は少しずつ忙しさを増していた。
◇
「上乃園さん、このフェアの平台お願い。」
「はい。」
書店では夏の読書フェアが始まり、新刊や話題作が次々と並ぶ。
問い合わせも多く、気づけば時計は午後七時を回っていた。
「今日は残業になりそう……。」
休憩時間、遥は葵へ短いメッセージを送る。
『ごめん、少し帰るの遅くなる。』
数分後、返信が届く。
『了解! 夕飯は私が作っておくね。無理しないで。』
その一文を見て、遥は自然と笑顔になった。
◇
一方、雑貨店でも閉店前まで来客が絶えなかった。
「神原さん、このラッピングお願い!」
「はい、今行きます!」
プレゼント用の商品が立て続けに売れ、レジには長い列ができる。
ようやく店を出られたのは午後八時近くだった。
「今日はさすがに疲れたな……。」
空を見上げると、濃い藍色の夜空に一番星が輝いていた。
◇
マンションへ帰ると、部屋には明かりがついていた。
「ただいま。」
玄関を開けると、キッチンから遥が顔を出す。
「おかえり。」
「え?」
葵は目を丸くした。
「遥の方が遅いと思ってた。」
「私も急いで帰ってきた。」
二人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。
「じゃあ今日は一緒に仕上げよう。」
「うん。」
◇
キッチンに並んで立つ。
葵が味噌汁を温める間に、遥がサラダを盛り付ける。
「今日は何があった?」
葵が尋ねる。
「フェアの準備で大忙し。」
「そっちは?」
「ラッピング祭り。」
二人は思わず吹き出した。
「お互い大変だったね。」
「うん。」
◇
夕食を終え、食器を片付けたあと。
二人はベランダへ出た。
夜風が昼間の暑さを少しだけ和らげてくれる。
「最近、忙しかったね。」
遥がぽつりと言う。
「そうだね。」
葵も頷いた。
「一緒にいる時間が少し減っちゃった気がする。」
少しだけ寂しそうな声だった。
遥はそっと葵の隣へ立つ。
「でも。」
「帰ってきたら、ちゃんと会える。」
「それだけで安心する。」
葵は優しく微笑んだ。
「私も。」
静かな夜風が二人の間を吹き抜ける。
◇
その週末。
二人は久しぶりに少しだけ遠回りをして帰ることにした。
川沿いの遊歩道を並んで歩く。
夕焼けが水面を赤く染め、蝉の声が夏の訪れを知らせていた。
「高校の頃も、こんなふうに歩いてたね。」
葵が懐かしそうに笑う。
「うん。」
遥も頷く。
「毎日がすごく長く感じてた。」
「今は?」
「毎日があっという間。」
そう言って笑う遥の表情は、高校時代より少し大人びていた。
◇
帰宅すると、二人はソファに腰を下ろし、冷たい麦茶を飲んだ。
「来月、お互い休み合わせられそう?」
葵がカレンダーを開く。
遥も隣から予定を書き込む。
「この土曜日なら大丈夫。」
「じゃあ決まり。」
「どこへ行こうか。」
「まだ決めない。」
葵は笑う。
「行き先を考える時間も楽しいから。」
遥も小さく笑って頷いた。
「それもそうだね。」
◇
忙しい日々はこれからも続く。
思うようにいかない日もきっとある。
それでも、疲れて帰れば迎えてくれる人がいる。
何気ない会話を交わし、一緒に食卓を囲み、明日の予定を話し合う。
そんな当たり前の日常が、二人にとって何より大切な幸せだった。
窓の外では、夏の夜風が静かにカーテンを揺らしていた。
(第五章へ続く)




