正論パンチは強烈だった
「あ、あれ、えっとぉ、これはその……っ」
招待状を、今ここでようやくまともに見たリベリアにとっては、青天の霹靂、というところなのかもしれない。
だがしかし、最初に誤解……というより思い込んだままここまで突っ走ってしまったことが、そもそも間違えている。
「だから聞いたでしょう。お前は文字が読めるのか、って」
「あ、あの、あの、あ……」
「いやだ、次はこうやって聞かなくちゃいけないのかしら」
「……?」
一体次は何を言われるのだろうか、と冷や汗だらだらなリベリアだが、グレッタは心底呆れ返った視線を向けながら問いかける。
「言葉、理解できて、その上で喋れているかしら?」
「っ!!」
理解もできているし話せているじゃないか、と反論したいが、今リベリアが話しているのはあわあわと狼狽えながら単語にすらならない、音だけの『何か』でしかない。
「……困ったものねぇ……レイラが可哀想だわ。あ、でもレイラはこれで自由の身なのだから、あの子は思いきり好きなようにできる、ってことなのよね! あぁ、良かった!」
「そん、な。でも、でも、あの、レイラはずーっと私を助けてくれ……」
「どうしてレイラがそんなことをしなくちゃいけないの?」
きょとんとして問い掛けてくるグレッタに、返せる言葉が見当たらなかった。リベリアは、何故かずっと、レイラが自分の助けになってくれる、と思い込んでいるらしい。
レイラはそもそも、既に実家ごと見限る方向にシフトチェンジをしているのだが、それには気付いていないようだ。
「(レイラが逃げ切るまでは、黙っておいてあげなくちゃいけないわね、うん)」
すぐさま察したグレッタは、ぽかんと間抜けな顔で口を開け閉めしているリベリアを見ながら、小さく溜め息を吐いた。
だが、リベリアにとってはそれがとても大きく聞こえたようで、大袈裟なほどにびくり、と体を跳ねさせた。
「あのね、お前もレイラも、同じ歳でしょう? お前が年下、というわけでもないでしょう?」
「双子なんだから当たり前です!」
「なら何で、同い年の。それも家柄だって悪くない、もうすぐ学校を卒業もしようとしているような年齢の令嬢を、わざわざレイラが面倒を見なければいけないというの」
「え」
「貴女、自分でレイラの『お荷物』です、って公言している自覚がないの?」
クス、と完全にリベリアのことを馬鹿にしてグレッタが言えば、一気にリベリアの顔は真っ赤になってしまう。
馬鹿にされたことくらいは分かっているのだろうが、彼女はどうして自分がこんなに馬鹿にされるのか、は理解していないのだ。
レイラは自分の傍にいてくれる。
レイラは自分を見捨てない。
レイラは健康だから自分のために何でも我慢してくれる。
自分では何もしようとせずに、自分はレイラが与えてくれるものだけを享受して、幸せに暮らそうとしているんです。
言外にそうやって自分が宣言している、とようやく気が付いたリベリアだが、遅い。
レイラから招待状をもぎ取って、中身を読まずに自分にとってどこまでも都合がいいように解釈をして、勝手に公爵家に乗り込んできた礼儀知らずの大馬鹿者。
これが、『リベリア・ヴェルティ』という令嬢の認識である。
「……っ!」
恥ずかしい、どうしてこんな思いをしなければいけないんだろう。リベリアの頭の中を占めている思いは、こうしてどんどんと膨れ上がっていく。
ああそうだ、レイラがきちんと招待状の中身を読んでくれていたら、きっとこんな間違いは怒らなかったはずで、それを言えばこの目の前にいるジェレミーの母グレッタも理解してくれるに違いない。
そう思ってリベリアがぱっと顔を上げた先には、とても冷たいグレッタの目。グレッタの後ろに控えている使用人たちも、同じく冷たい目をリベリアに向けている。
「何で……そんな、目、で」
「だって……こんなのがジェレミーの婚約者、なんだもの。一応ジェレミーの母親としては、ショックもうけるし、どうしてあんないい子のレイラを差し置いて……」
そこまで言ったグレッタは、リベリアをじろりと見てから、場違いなほどに綺麗な微笑みを浮かべてみせた。
「……常識もマナーもどこかに捨ててきたような、こんなご令嬢を気に入ったのかしら、っていう疑問があるのよねぇ」
「だ、だって、私は体が弱いから。お父さまやお母さまが私を何よりも、そう、レイラなんかよりも、とても大事にしてくれていて、それで、私は」
「だからって礼儀も何もかも身につけなくて良いだなんて、極端な思考を持っていることが驚きなの。ご理解できて?」
いくらジェレミーが跡取りでないとはいえ、このグロネフェルト公爵家の正統なる血統である以上、生半可な令嬢を嫁にするわけにはいかない。
だから、レイラを、と望んだはずなのに。という文字がでかでかと書いてあるようなグレッタの顔をこれ以上リベリアは直視できず、わっと泣いて走り去ろうとする。
せめて帰るならきちんと挨拶くらい……と注意しようとしたグレッタの元に、何やら喧しい声が聞こえてくる。
「……まぁ、いやだ」
眉をひそめていると、案の定、とでもいうべきかジェレミーが息を切らして駆け込んできたのだ。
肩で息をしているジェレミーは、涙をぽろぽろと零しているリベリアを見て、次に何の感情も抱いていないような母グレッタを見て、どちらが悪いのかとすぐさま判断し、グレッタの方に、ずんずんと歩いてきた。
「どういうことですか!」
「何が」
「どうしてリベリアが泣いているんですか! ことと次第によっては……俺は、この家から出て行く!」
「出て行けば?」
「…………え」
手にしていた扇をパラりと広げ、グレッタは優雅に扇ぐ。そよそよと心地よさそうな風量で己自身を扇ぎながら、グレッタはとても冷静に口を開いた。
「そこのリベリア嬢がね、今日招待していたレイラから招待状をもぎ取って、無理やりこの屋敷に侵入してきたの」
「いやそんな……って、別に良いじゃありませんか! リベリアは、俺と結婚すればこの公爵家の人間として……」
「だってそこの子、レイラのお荷物でしょう? そもそも頭が悪いし体だって弱い、常識もなければマナーはどこかに置き忘れてきている。そんな人間が公爵家に嫁に来るというの?」
とてつもない言葉のストレートがジェレミーにお見舞いされ、ジェレミーはぐっと言葉に詰まってしまうが事実だから何も言い返せなかった。
むしろ、初対面でこんなにもリベリアを正確に言い表してしまうだなんて、とぎょっとしているジェレミーだが、そんな彼女を自分が婚約者にしている、という自覚はまだないらしい。
こんなお馬鹿たちを、そのまま公爵家に置いておくわけにいかない、と我が子に対しても容赦ない判断を、この時点でしてしまったグレッタは、こっそりと溜息を吐いた。
「それに、リベリア嬢をわたくしに会わせたいのであればジェレミー、お前が段取りをしないといけないんですからね」
「えっ」
「こちらは、レイラをお前の婚約者にしたかったのに、お前がそれを無しにして……ああそうだ、あちらの家からも書類が届いてしまったから、旦那様がさっさと貴族院に提出をしてしまったの。きちんと最低限のことをこちらはしているんだから、わたくしたちの予定との調整は」
そこまで言って、グレッタは扇を閉じて、ジェレミーの胸元に突き付けて、ぐっと押しながら言葉を続けた。
「お前が、やりなさい」
「……あ」
強い力で押されたわけではないが、ジェレミーはその場にへたり込んでしまった。
「まぁ、情けない子だこと。ああそうだ、お前たちに一応言っておきますけど……」
へたり込んだジェレミーを一瞥し、グレッタはリベリアのことも無視して歩いていこうとしたが、ふと足を止めて二人の方を振り向いた。
視線のもう少し先では、メイドたちが色々と察したのか、すでにお茶の片づけを開始している。ああ、とても仕事ができるメイドたちだ、とグレッタは満足そうにしながらも、ジェレミーとリベリアに向ける視線はとても冷たい。
「やっぱり婚約者を元に戻そう、だなんてことはできないように、こちらで色々させていただきましたので、悪しからず。リベリア嬢は、これから先……たぁっぷりお勉強をしていただかないと……我がグロネフェルト家の嫁になれるかどうか危ういので、お気をつけ遊ばせ」
冷たい目で微笑みを向け、そう告げればリベリアも涙が引っ込んだのか、恐る恐る首を縦に振った。きっと彼女が予想している以上の、ある意味での『地獄』が待っているとも知らず、ジェレミーとリベリアは手に手をとって生きていくしかない。
それに気付いていればいいけれど……と、グレッタは屋敷に向けて歩き出しながら考えつつ、レイラから届いた手紙の内容をもう一度思い出して、ふっと笑う。
「……それにしても、レイラったら……少しは吹っ切れたみたい」
「おや、それは喜ばしいことです」
「だって、以前のあの子なら、こんなことは書かないでしょう」
はいどうぞ、と歩きながらグレッタは執事にレイラからの手紙を見せる。
「おや、まぁ」
まるで孫から来た手紙を楽しむように、執事は目を細めて微笑んだ。
『きっと、リベリアは己が招待されたと信じ込んでグロネフェルト家に突撃かますと思いますので、そうなったら遠慮は無用でございます。後日改めて、グレッタ様にお会い出来ればと存じます。お手数ではございますが、再度日程調整をしていただきたく……』という書き出しの、リベリアとジェレミーにとっては、そこそこ容赦のない内容。
「こちらの都合で振り回しかけてしまったのだから、お詫びも兼ねて……ね」
これで正解だったわ、とグレッタは微笑んだままで己の執務室へと歩いていく。改めて、レイラへと手紙を書くために。
――取り残されたリベリアとジェレミーのことなんか、もう振り返ったりはしなかった。




