どこまでも都合のいい思い込みと、捨てる覚悟をした令嬢
何で、どうして、とリベリアは泣く。しくしくと泣いて、げほごほと咳をすれば皆が『大丈夫?』とか、『あぁ、無理をしてはいけないよ』と駆け付けてくれる。
か弱い、だが愛嬌はあって可愛らしいリベリア。それがリベリアを構成する全てであり、リベリアにとってのステータスであった。
だが、それはあまりにも簡単にぶち壊されてしまった。
グレッタにとって、いいや、そもそもグロネフェルト公爵家にとってはそんなものどうでもいいのだ。
愛嬌が良いだけでは何も出来ないし、ご飯を食べていけるわけではない。
「……何で……どうして……? 私、は……ジェレミー様と結婚するから、この家の人間になるのに……っ」
「リベリア、どうか泣かないでおくれ……。あぁ、何と可哀想な……!」
しくしくと泣いているリベリアを慰めるジェレミー。
何も知らない人が見れば、恐らくとても美しき光景に見えるのだが、如何せんここはまだグロネフェルト家。
グレッタが居なくなったお茶会の場所である、中庭で未だ茶番劇にしか見えないような二人を、使用人たちはとてつもなく冷めた目で見ている。
「おい、誰かリベリアに何か飲み物を!」
「……はぁ」
面倒くさそうに返事をしたメイドは、『え、持っていくの?』『仕方ないでしょう、ジェレミー様が仰ってるんだから』などという会話を繰り広げているのだが、リベリアを心配しているジェレミーには気付かれていない。
距離があったのもそうだが、小声で会話をしていたのが幸いした。
「どうぞ」
「遅いぞ! 全くもう……!」
怒りながらも、メイドが持ってきてくれた果実水を、そっとリベリアに飲ませる。
喉が潤ったおかげか、ずっと咳き込んでいたリベリアは、ようやく落ち着きを取り戻す。
泣きながら咳をして、ついでにグレッタにあれこれ言われていた事柄について文句を言い続けるだなんて、器用だなぁ……と使用人たちに思われているとは露知らず、リベリアは果実水の入ったグラスを両手で握って不満そうに唇を尖らせた。
「……お義母さま、酷いわ。レイラ贔屓ばかりして!」
「仕方ないよ、レイラはあれでも成績優秀で、マナーなんかも完璧だったから……その、母上みたいな人には気に入られやすい、というか」
「だとしても、酷いわよ!」
もう、と怒っているリベリアのことを見ているジェレミーは、可愛いなぁ、と何故だかご満悦な様子で呟いている。
それを通りすがりにうっかり聞いてしまったメイドの一人が、『何が可愛いんだ』と嫌そうな顔をして、めちゃくちゃ小さな声で呟いているのは、これもジェレミーには聞こえていない。
「ジェレミー様、私ジェレミー様と結婚できるんですよね!?」
「あぁ、それは勿論だとも!」
「でも、さっきお義母さまがもっと勉強しないと、とか何とか……」
「……まぁ、それは……」
そうだろうなぁ、とジェレミーが呟くと、それにショックを受けたらしいリベリアが顔色を真っ青にしている。
「リ、リベリア?」
「わ、わた、し……そんな、辛いことを……!?」
「だが、一応……その、うちは公爵家だから……」
「それは……そう、なんですけど……」
今更そんなことを気にしているのか、と溜め息をついていたメイドが、すっとジェレミーに近寄って、小声で耳打ちする。
「ジェレミー様、お連れ様の体調が優れないのでしたら、ここから移動された方がよろしいのでは……?」
「は?」
「気温も下がってまいりますし、ご配慮された方が……」
そういえば、とジェレミーは屋敷内に入ろう、とリベリアを促せば、すぐに機嫌を直してにこにこと笑いながら立ち上がる。
確かにリベリアは体が弱いようだが、今診てもらっている医師ではない、他の医師に診てもらって薬を変えるなど、様々な手段が取れるだろうに……と使用人に思われている、とも知らずに屋敷内で二人はとても仲良くその後の時間を過ごしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「レイラ、お前の婚約者は無事にリベリアの婚約者となったぞ!」
「そうですか」
時は進み、夕食の席で嫌味としてその言葉を投げつけられたレイラだが、だからどうしたんだ、という淡々とした口調で返事をすれば、オルドーは目を丸くした。
「お、おまえ、そんな……」
「リベリアがそう望んで、お父さまとお母さまがそういう手続きをされた。それが貴族院に受理されたから、婚約者の変更ができた……というだけのお話ですよね。えぇ、どうぞ。お好きに」
「っ!」
ガタン、と勢いよく立ち上がったオルドーだったが、事実だから何も言えない。
ただ事実を言っただけなのに、どうしてこんなに叱られそうにならないといけないのか、とレイラは溜め息を吐いた。
「……お父さまとお母さまが、リベリアを大切になさっていることの証明、ということですよね。喜ばしいことではありませんか。……ねぇ、お父さま、お母さま」
「……っ」
「そう、だけど……でも貴女ねぇ、もう少し可愛げのあるお祝いの言葉とか、態度とか、そういう風に振る舞えないの!?」
「…………はぁ…………」
無表情で呟いたレイラは、心から興味の無さそうに呟いて、かたん、とテーブルにナイフとフォークを置いた。
「我が家のためになることなのですから、祝わないということはございません。でも、元は私の婚約者だったお人ですし……社交界的にこれが良しとされるのか、と問われれば……NO、ではございませんの?」
「!」
さすがにこの言葉にはカッとなったのか、思いきり立ち上がってやってきたオルドーにより、またもや頬を思いきり叩かれたのだった。
これは予想していなかったレイラは、受身を取ることができず、椅子から転げ落ちることになってしまった。
「……っ」
「この……忌々しい、可愛げのない女が、どうしてわたしの娘なんだ!」
「……知り、ません」
産んでくれ、だなんて頼んだ覚えなんかない。レイラは喉まで出かかった言葉をどうにか呑み込んで、レイラはゆっくりと口を開いた。
「おめでとう、という言葉はお伝えしました。それに、そんなにも忌々しい等と言われるのであれば……出ていきます。今後、この家に関することは愛しく可愛らしいリベリアと、リベリアの婚約者であるジェレミー様にお願いなさいませ」
「は!?」
あまりにも家族ごと突き放すような言葉に、オルドーもグレースも真っ青になる。
どうしてこんなにも、と一瞬だけ考えるが原因が自分たちの発言にあるということに気付いたようで、二人揃って顔を見合せている。
「あぁそうだ、学校はもう少しで卒業しますので、家を出るのはそれからにしますね。それくらいは許していただきたく」
「それは、まぁ……その、うん」
「そ、そうよね、あなた」
「ありがとうございます」
淡々とした口調のまま、笑顔を見せることなく、レイラは頬を真っ赤に腫らしてダイニングを後にする。
そういえば、リベリアは今日はグロネフェルト家で夕飯を食べてくる、と連絡があった。きっとレイラと違ってとても良い待遇を受けているに違いない、という根拠のない思い込みの元、オルドーとグレースは二人揃って愛しい娘の帰宅を今か今かと待つことしか出来ない。
何度だって、『リベリアは公爵夫妻にさほど知られていない、レイラ自身がジェレミーの婚約者としてきちんと公爵夫妻に認められている』とレイラは告げていた。いつだって声を上げていた。
信じなかったのは、オルドーとグレースを始めとした伯爵家の使用人たちとリベリア自身。
ジェレミーは、レイラが色々と連れまわされていることを『嫁いびり』だと都合よく変換していたようだし、どこまでも救いがないが、気付かないうちが華、というやつかもしれない。
なお、叩かれて、痛む頬を押さえつつ部屋に戻ったレイラは学園のスケジュールをじっと見つめていた。
「……ああ、そういえばもうすぐ秋休みがあるわね。そうだ、短期間でも良いから学生寮に入れないか、先生に相談してみないと」
善は急げ。
こうと決めたら全力でやり遂げるだけだ、とレイラは笑みを浮かべ、目を輝かせながら静かに決意した。
「――もう、私は好きに生きる」
今まで『手を貸して』と言えなかった友人を、学園の先生を頼ろう。
もし大人の手が必要なのであれば、確か後見人制度というものもあったはずだ。それにもし仮に、高等科よりも更なる高みを目指して進学をするのであれば、奨学金を申請しよう。
借金を背負うことにはなるが、知識は無駄にはならない。
「やれることを……思いっきり楽しまないと。人生は一度きりなんだから!」
これまで、きっと誰にも見せたことのない、きらきらとした目でレイラは一人決意する。
もう、誰にも遠慮なんかしない。




