合格通知
そわそわとしているレイラと、レイラのことを心配してきてくれたチェスカ、そしてリッド。
いつもの三人組が寮の談話室でソファーに座り、待機していた。
「……大丈夫かしら……」
「大丈夫でしょ、何言ってるの」
「だ、だって」
「レイラ、落ち着いて?」
「落ち着けないわ!」
談話室は、寮監の先生に許可を取って滞在している。レイラの試験結果が今日届くから、不安を取り除いてあげたいんです、と舞台女優顔負けの演技をキメたチェスカのおかげで『今回だけですよ』と権利を勝ち取ったのだ。
勿論御礼を言うことはしているし、チェスカは寮監の先生がいなくなってから『……よっし』と小声で拳を握ったりしていたのだが、それはそれ、かもしれない。
「結果はこっちに届くんでしょう?」
「ええ……そう……」
「レイラ、何で失敗したみたいな顔してるの、笑って? はいジュース飲んで」
「……ありがとう……リッド」
どよん、としているレイラだが、チェスカとリッドからすればどうしてこんなにも浮かない様子なのかが分からない。
手渡されたジュースを一口飲んで、グラスを手にしたまま何やらうんうんと唸っている。
試験での話を聞く限り、絶対、間違いなくレイラはあの試験に合格しているだろうに……と二人揃って同じタイミングで同じことを考え、そしてまた二人同時にはっと思い当たることがひとつ浮かんで、慌てて顔を見合せた。
「(まさかレイラ……)」
「(たかがあれくらいのことしか話せない自分なんか合格になるわけない、って思ってる!?)」
同じことを考えていたせいか、双方頷きあって慌ててレイラのフォローを始めた。
「レイラ!」
「なぁに、チェスカ」
「いいこと、貴女はしっかり自分の経験からくる思いをお伝えしたのよね!?」
「……うん」
しょぼ、と肩を落として表情を曇らせたレイラを見て、予想的中だ、とレイラには見えないように拳を握ったチェスカにリッド。
ちなみにここ談話室は、男女共用。
寮監の確認さえ取れれば、誰でも問題なく使用できるのだ。
他の生徒もちらほらいるが、皆揃ってそわそわとしている。
「……私なんか……」
「レイラ、そんな言葉を使っちゃいけないよ。今の君は、何でも好きなように動けるだろう?だから……元気を出して。きっと大丈夫だから……」
「落ちてたら……」
「その時はその時で私がパーティーでも何でも開いて慰めてあげるし、リッドだって駆けつけてくれるわ」
「勿論」
すかさずフォローの言葉をつらつらと述べる二人に、一切の隙などない。
自分よりも遥かに自信満々な二人を見ていると、今はまだ合否が分からないにしても、きっと大丈夫なのでは……と思えてくるのが、レイラには不思議だった。
「……悪いことばかり、考えるのは良くないわよね」
「そうだよ、レイラ」
「万が一はここにいるリッドが貴女を嫁に貰ってくれるから大丈夫よ」
「リッドに悪いわ、そんなこと」
「…………大丈夫だよ…………そ、そんなこと……は、はは……」
あ、やべ。
声には聞こえないが、チェスカからは確かにそう聞こえた。
リッドは『何で今それ言うかなぁ!?』と顔にデカデカと書いて、チェスカを睨む。
「(……ごめん)」
「(許さない)」
にこ、と迫力のある笑みをチェスカに向けるリッド。
そこは友人といえど、更には女の子相手といえど容赦はしない。
「リッド?」
一体どうしたんだ、と首を傾げているレイラには、とびきりの彼女にだけ向ける優しい微笑みを向けた。
「何でもないよ」
「そう?」
「うん」
「(こいつ、レイラの前では猫かぶりを続けるつもりね……!)」
ぐぎぎ、と悔しそうな顔をしているチェスカだが、リッドは何となくそれに気付いているもののスルーしている。
ずっとずっと、幼い頃からレイラのことが誰より大好きで、大切にしたい思っていたが、二人とも貴族だからこそ、リッドは己の感情を気付かれないようにずっと封印し続けてきた。
ああきっと、いずれは家のためになる婚約をするんだろうな、と漠然と考えていたところに降ってわいたのは今回の婚約解消騒動。
「(チャンスがあるなら、俺は絶対に逃さない)」
レイラの才能を考えれば、きっとグロネフェルト公爵家に嫁いで、夫人や周囲に大事にされながら過ごしていくのが最適だと考えていたものの、ジェレミーがあれほどまでに考え無しの馬鹿だとは思っていなかった。
だからこそ、ジェレミーは婚約を解消したのだろうから。
そのおかげで、レイラの能力を欲しがっていた人たちが動けるようになったのだから、ジェレミーに感謝をしなくてはいけないかもしれない。
彼が公爵家でどれだけ肩身が狭くなろうとも、己が招いた行動の結果なのだから、グレッタ夫人が何があろうともジェレミーを制御するのだろうと考える人が多いだろう。
「そろそろ届くんじゃない?」
何気なく呟かれたチェスカの言葉に、レイラはびくりと体を震わせる。
その少し後で、談話室に寮監の先生が入ってきて、レイラたちが座っている方に笑顔で歩いてきた。
「レイラさん、はいこれ」
「……はい」
「そんな緊張しないで、貴女なら大丈夫だって、皆思っているはずだから」
「…………」
うぐ、とレイラが言葉に詰まっているが、リッドもチェスカも、レイラより自信に満ちた目で彼女のことを見ている。
「……開けるわね」
ごく、と息を呑んで封筒を震える手で開き、中身を取り出す。
上質な紙が使用されていることは明白で、恐る恐るレイラは手紙を開いて内容を確認していく。文字を一つ一つ追いかけるように、じっと見つめて、そして何だかポカンとした顔でリッドとチェスカを見た。
「レイラ?」
「その顔もとっても可愛いんだけど、……ねぇレイラ、どうだった?」
こらチェスカ、と軽くリッドが勢いのままに質問しているのを諫めていると、レイラが珍しく勢いよく立ち上がって、二人に向けてがばっと抱き着いてきた。
「レイラ!?」
「どうしたのよ、レイラってば!」
「受かった!! 受かってた!! 合格だって!!」
きっと今までなら、聞くことがなかったであろう、レイラのとても嬉しそうな叫びにも似た声。
「……」
「……」
抱き着かれたまま、二人はそれぞれが優しくレイラの背中をぽんぽんと叩きながら優しく声をかける。
「だから言っただろう? レイラなら大丈夫だ、って。俺やチェスカの言う通りだったじゃないか」
「そうだけど……だけど……!」
「貴女は、とっても才能がある子なの! 今回はそれを思う存分発揮できた、ってことよ! おめでとうレイラ!」
「うん…………うん!」
感極まってしまったのだろう、レイラは泣きながら何度も何度も頷きつつ、二人のことをぎゅうぎゅうと抱き締めている。
こんなにも喜んでくれているレイラを見れるなら、いくらでも今後も協力しよう、と二人はそれぞれがこっそりと心に決めたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ほーらごらんなさい、レイラはやればできる子なんですからね!」
ほっほっほ、と職場のデスクで結果を知ったリーシェが高笑いしている中、科長がこっそりと近寄って『落ち着いてくださいね』と彼女のことを宥めている。
「学生の間にうちに合格する、ってすごいね」
「一年に試験が二回あるとはいえ……」
「レイラですからね!」
何でアンタがそんなにもドヤ顔なんだ、というツッコミを受けつつ、リーシェはにんまりとほくそ笑んだ。
「(さぁ、お馬鹿さんたち。お前たちが軽く扱ったものが、その辺の小石じゃなくて宝石の原石だった、って知った時の間抜け顔を披露する日が近いわよ……)」
王女という権力、そして王宮勤めの役人という立場など含めた諸々を、リーシェは余すことなく使う気満々だった。
グロネフェルト公爵家に嫁入りすれば、それはそれでレイラと仲良くしていけるが、今後は同じ職員同士として仲良くしていけるのだ。
これが嬉しくないわけがないし、何よりもレイラの父親も王宮に勤めているのだ。
いつ、父と娘が出遭い、真実を知るのだろうか。それを考えただけで、何と楽しみなことか。
とても上機嫌なまま、リーシェはその日の仕事をてきぱきとこなしていった。
――あとは、レイラが学園を卒業するだけのこと。




