お茶会・改
「うふふ」
「グレッタ様、とってもご機嫌でいらっしゃいますわね」
「そりゃもう! 大好きな貴女とのお茶会なんだもの!」
うっきうきのグレッタ、にこにこと微笑んでいるレイラ。そしてどこからこのお茶会を聞きつけたのかやってきたリーシェ。
「リーシェ様も、ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいましたか?」
「ええ! レイラ……お元気そうで良かったわ」
「家を出てからというもの、自分のことに集中できてしまうので……何ていうかとっても楽しくて」
にっこにこで語っているレイラを見て、グレッタの表情は終始緩い。
更にリーシェもレイラに会うこと自体が久しぶりなため、とても嬉しそうに微笑んでいるし、先日リベリアがうっかり突撃してきた時とは全く異なった平和な空気しかない。
「……レイラ様、さすがよね」
「ええ、あのリーシェ王女殿下もあんな風に嬉しそうに……」
お茶会の支度をしているメイドたちは、前回突撃してきたリベリアとの違いをまざまざと見せつけられて、唖然としていた。
リベリア相手ではあんなにも冷たい態度だったのに、と思っているとメイド長がすっとやって来て、会話をしていたメイドたちを窘める。
「当たり前でしょう。奥様がお気に召したご令嬢で、レイラ様ありきで進められていた事業もあったほどなのですよ」
「え!?」
「あの人、そんなにすごいご令嬢なんですか!?」
「声が大きい」
ぴしゃりと言い放ったメイド長は、ゆったりと会話を楽しんでいるグレッタに視線をやり、小声で話を続ける。無論、手はそのまま動かしている状態で。
「レイラ様は、魔法の才が飛びぬけているのですよ。コントロール、魔力量は当たり前のことながら、魔法の構築式にも無駄がない。……だから、ジェレミーぼっちゃまとの婚約は『レイラ様を手放したくないがため』のものでしかなかった」
うわぁ、と唖然としているメイドたちだったが、彼女たちもグロネフェルト家のメイド。手は止めないままにお茶を入れてから各々の前に持っていく。
「貴女達、面白そうなお話をしていたわねぇ」
クス、と悪戯っ子のように笑っているグレッタの言葉に、メイドたちはさっと顔色を悪くした。
「す、すみません!」
「大変失礼なことを……!」
「良いのよ、最近入ってきたからあの無能女とジェレミーの芝居しか知らないし……無理もないわ。あら、この茶葉……」
「わたくしからの差し入れですわ、メイド長にこれを淹れてほしいとお願いしておりましたの」
「まぁまぁ」
グレッタの顔には『いつの間に』と書いているが、それほどまでにリーシェの行動が滑らかすぎて、気付いていなかっただけのこと。
なお、リーシェは到着して出迎えてくれたメイド長ににこやかに挨拶をしながら手土産を渡しつつしれっと紅茶を渡して『淹れてちょうだいな』とお願いをしていたが、あくまで挨拶の流れだったから、誰も気付いていなかった、というか何というか。
出迎えにシルヴィオも来てくれていたので、きちんと婚約者に挨拶をしたのだが『お茶会は男子禁制ですわ』とシャットアウト。
「今日はグレッタ様とレイラと、色んなお話をしたかったんです。だから、いくら愛しい婚約者のシルヴィオ様といえど、ちょっとだけ出禁です」
まるで語尾にハートマークが付きそうなほどに可愛く言ったリーシェを見たレイラはポカンとしているものの、咎めはしていない。咎められるわけでもないし、咎めたとしてもリーシェは恐らくケロッとしていることだろう。
「あ、ちゃんとお茶会が終わったらシルヴィオ様とお出かけいたしますわ! お父さまとお母さまにもそうやって許可をいただいておりますもの」
「それを聞けて安心いたしましたわ、王女殿下」
ホッとしているグレッタとレイラを見て、リーシェはにこにこと笑いながらお茶を一口飲んだ。
「婚約者ですし、それは当たり前です。……ああ、でも……そうではない愚か者が、わたくしの大好きなレイラ嬢を蔑ろにしてしまったんですものねぇ……愚か極まりないこと」
冷たい口調と、冷たい目。
己が内側に入れた者に対してはどこまでも甘くなるが、そうでなければ容赦はしない。それがリーシェの基本スタイル。
「そもそも、顔が同じだからと……そんな理由で婚約者を交代するだなんて!」
「リベリア嬢の顔と声、そして心はレイラとは似ても似つきません」
フン、と息を吐いたグレッタとリーシェは、レイラのために怒ってくれている。
こんなにも大事にしてくれている人がいたのに、どうして自分はあんなにも卑屈なままだったのか、とレイラはお茶を飲んで、ケーキも食べる。
当たり前のように、自分を大事にしてくれる人がいることがこんなにも嬉しいだなんて、知らなかった。知ることが出来なかった。
これこそが不幸なんじゃないか、と今なら思えるようになった。
こんなにも気持ちを変えることが出来たのは、友人たちや学校の先生、そして目の前にいるグレッタとリーシェのおかげ。
「……ありがとうございます、リーシェ様、そしてグレッタ様も」
「貴女の才能ごと、わたくしは……わたくしの娘として、ここに迎え入れたかった。そうすれば、あんな家とも縁を切れたでしょう?」
「……ええ」
グレッタが欲したのはレイラの才能を含めた、『レイラ自身』。
結婚をした後、ジェレミーが外で浮気をしようが何をしようが、グレッタをはじめとするグロネフェルト家の皆さまは関与しないと決めていたのだから。
「でも、もう一つ道が見つかりそうなんです、だから……」
「そのことだけれどね、レイラ。もう知っているかもしれないから……これを」
リーシェが差し出したのは、グレッタも持っている試験案内。そして、申込用紙。
「どうして何枚もあるんですか?」
二人それぞれ、用紙を差し出してくれたのだが、申込用紙が複数枚あるのは何故なんだろうか、とレイラが首を傾げた。
「どうせ、あの女が邪魔をするでしょう」
「申し込みなんかさせないわ、とか言ってレイラからこれを奪い取るかもしれない。だからよ」
「…………」
その場面を想像し、納得するレイラ。
ああそうだ、リベリアはやるといったら本当にやる。
恐らくどうにかして寮まで潜り込んできて、用紙をめちゃくちゃにするかもしれない。もしくは、最後のお別れに……と口実を付けて会っている間に両親が寮に向かって、引き払うからとか何とか言って、隠していても探し当ててからめちゃくちゃにするかもしれない。
「……ええ、そうですわね……。ご配慮、ありがとうございます」
「時間はあるから、ここで最初の一枚目をお書きなさい」
「え?」
頭を下げてお礼を言ったレイラに、グレッタがすっと申込書を一枚差し出した。
何でだろう、と思っているとメイド長がいつの間にかペンを持ってきてくれている。ここまでのことを指示していたのかもしれないな、と思いつつレイラはペンを受け取った。
「もしもの時、わたくしの一存でこの書類を提出いたします。書類はリーシェ殿下に預けさせていただきたく……」
「勿論、協力いたしますわ。わたくしの部屋にまで、あの馬鹿は入れません。そして、いくら婚約者といえどもシルヴィオ様ご本人でなければ入室できないように侍女にも指示を出しております」
「リーシェ様……グレッタ様……」
この二人が味方だなんて、こんな幸せあっても良いのだろうか、とレイラは胸が熱くなるのを感じた。
ああ、自分はとんでもない果報者だ。
真面目に生きているだけなのに、いつまでもリベリアの尻拭いをさせられるだなんて、真っ平ごめんだったかから、友人たちにも協力をしてもらって、申し訳ないと感じていたのに、まさかこんなにも手厚く守ってくれるだなんて……と、表情を引き締めて申込用紙に必要事項を記入していく。
「……あ」
『特技』と書かれている欄を見て、レイラが視線を上げればリーシェがとても綺麗に微笑んできっぱりと言い切った。
「勿論、『魔法』ってお書きなさい! 貴女の知識、センス、何もかも誇っていいものよ!」
「……っ」
リーシェ自身も、魔法研究をしているからこそレイラのことを正式に欲していた。
グロネフェルト家に嫁げば、シルヴィオを経由して仕事を頼もうと思っていたがそれ以外にも手段があると理解すれば遠慮はしない。
己が持っているものを、最大限誇れ。
それが、リーシェの想いだった。
「レイラ、貴女は合格するわ。だから、自信を持っていてちょうだい。胸を張りなさい。そして、わたくしと一緒に働きましょうね」
「……ぷっ」
きっとあれは語尾にハートが付いているに違いないな、と思えばレイラからは自然と笑みが零れた、
それが皮切りになった、と言わんばかりに笑い始める。
声を出して笑うレイラを見て、グレッタもリーシェもポカンとした。この子は、こんなにも笑顔が可愛らしいのか、と目を丸くして見ていた。
「リベリアが霞むほどの可愛さね……あああああ娘に欲しかった!」
「グレッタ様お気を確かに! わたくしの縁者と婚姻させれば親戚権限でいつでも……」
「いいえ、いいえ。こうね、レイラはあくまで自然体でいることが一番かわいいのよ! そうではなくて、リーシェ殿下!」
「確かに!」
冷めてしまったお茶を新しいものに交換しながら、メイドたちは思う。
笑いながらも一生懸命に書類を書いているレイラはとても可愛らしいし、気難しいと言われているグレッタや、『冷たき蒼薔薇姫』という通り名を持っているリーシェからこんなにも溺愛されている上に評価も高いのであれば、この家のジェレミーと婚約破棄したところで、きっとすぐに新しい婚約者が見つかる……いいや、必ず見つかるに違いない、と皆揃って頷き合っていたのであった。




