後始末はお早めに
合同授業で起こった騒動は、あっという間に学年全体に知れ渡ってしまっていた。
騒ぎの中心であり加害者のリベリア、そして被害者であるルミエナ。
まさか侯爵家ご令嬢に対して授業中に掴みかかったこともそうなのだが、ルミエナも反撃をするとは思っていない生徒が大多数だったのだ。
「まさかルミエナ様が……」
「でも、あんなふうに掴み掛かられては……ねぇ?」
「犯人って病弱すぎる、っていうことで有名な、いつも色んな意味で話題の中心にいるリベリア嬢だろう?」
くすくす、ひそひそ。
あっという間に噂は広まっていき、更には子から親へ。親から他の大人へ。
貴族の輪というものは、思っているよりも狭い。
いつしか話はリベリアの両親までにも伝わってきてしまったどころか、グロネフェルト家にも届いてしまったのである。
話の詳細を聞いたグレッタ、そしてシルヴィオは思わず爆笑してしまった。
「あっはははは!! はー、……いやはや、何とも猿のような令嬢だ、面白い」
「そうねぇ、お猿さんはきちんと飼い主に繋いでいてもらわないといけないけれど、あの雌猿を、うちの馬鹿は御しきれるのかしらねぇ。ほほほ」
ぱたぱたと扇で己を扇ぎながら、とても愉しそうにグレッタは微笑んでいた。
「さぁて、どうするのかしらね。あのお馬鹿は」
「俺に泣きついてきたら、俺の思うがままに遠慮なく突き放して良いですか?」
「ええ、好きになさいな」
ほほ、とまた笑ったグレッタは手元の書類に決済印を押してから近くに控えていた執事に手渡した。
「はい、これよろしく。あぁそれから、ジェレミーが持ってきていた自分の予算の書類だけど、突き返しておきなさい。わたくしが容赦しなかった、といえばあの馬鹿は何も言えないから」
「かしこまりました」
深く頭を下げた執事は、書類を持ってグレッタの執務室を出ていった。
残ったままのシルヴィオを見て、グレッタははて、と首を傾げる。
「で、どうしたのシルヴィオ。貴方、余程のことがないとわたくしのところになんて来ないじゃない」
「えぇ、まぁ」
「?」
この子は一体どうしたんだ、と思っていると、シルヴィオは手にしていたファイルからすっと一枚の用紙を取り出して、グレッタに手渡した。
「……これは……」
「婚約者が、コッソリくれました」
シルヴィオの婚約者である、リーシェ王女はとてもレイラのことを気に入っている。
それはもう分かりやすいくらいに依怙贔屓をしているし、一部の貴族の中では『リーシェがその内にレイラを自分のお抱え侍女として召しあげるのではないか』などという噂が広がるくらいだ。
リーシェとレイラに共通しているのは、二人とも揃って魔法の制御がとても繊細かつ上手であるということ。
更に、魔法学の授業にとても強い興味を持っていることから、読む本の種類も似ている。
だから、二人揃ってしまうとシルヴィオそっちのけで話が盛り上がってしまうことが、最近のシルヴィオの悩みのタネだったのだが、今やそれは叶わなくなってしまった。
また、リーシェもそれが残念でならないから『少しでも以前のように会話を楽しむためにはどうすれば良いのか』を彼女なりに考えてくれたのだ。
「まぁ、今年度の王宮の職員採用試験の申込用紙……。ええと……って、まぁまぁ! 今年度は久しぶりに魔術職員の募集があるのね! レイラにぴったりじゃない!」
「そうでなくとも、彼女であれば王宮の職員試験には合格するでしょうからね。職種が違えど、入ってしまえば配置転換を望んでくれれば良い。それだけの話だ、ということです」
才能があって、活かす場所がないのであれば、相応しい場所へと行くべきである。
これが、リーシェの出した結論だった。
あの家に捕らわれているままだと、きっとレイラはいつまで経ってもリベリアの尻拭い係になってしまう。
それが何より怖いことではあったが、リーシェの立場からすれば一人の令嬢に肩入れしすぎることはできなかった。
「レイラ嬢ならば、合格してくれるに違いありません。あの家から逃げるためなら、王宮の職員は一番都合が良いでしょうし……それに」
「それに?」
「馬鹿には手の届かない存在だった、と公言もできてしまう。なので母上、これをレイラ嬢に是非とも教えてあげてください」
「貴方、本当にリーシェ様が大好きね」
グレッタの言葉に、少しだけ目を丸くしたシルヴィオだったが、すぐに笑顔になってから頷いた。
「勿論。当家と王家の繋がりのためとはいえ、リーシェと俺は見合い結婚の皮をかぶった恋愛結婚なので」
にこー、ととても機嫌良さそうに笑うシルヴィオを見ていると、グレッタは『我が子ながらリーシェ様一筋で大変よろしい』と満足感に包まれたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……何だ、これは……」
さぁっ、と血の気が引いていくオルドー。
彼の手にあるのは、ルミエナの家から届けられた抗議文。内容は先日の合同授業の時に、リベリアから受けた暴力行為について、というもの。
簡潔だが、どう足掻いたところで逃げることができない内容のそれを見て、オルドーは真っ青な顔のままガタガタと震えていた。
「賠償金……だと」
リベリアからは、クラスの女子から暴力を受けた、ということだけは聞いているが、相手がどんな家柄なのか、とかは全く聞いていない。
オルドーたちからすれば、可愛い愛娘を傷つけるような輩に対して、こちらから抗議文を送り付けてやろうと思っていた矢先の出来事だった。
「あの……」
そこから先を続けようとしたものの、オルドーはハッとした。
自分は一体何を言おうとしてしまっていたのか、と考えてまた別の意味で震える。
リベリアはとてもとても可愛らしく、愛らしくもあり、この家の天使なのだ。
だから、尚更今自分が考えていたようなことを、口に出してはいけないというのに……と思ったところで、どくん、と心臓が跳ねる。
「……」
どうしたらいいのか、と口にしたところで良い答えが与えられるわけではないし、良い案をくれる人も恐らくいない。
がしがしと乱暴に頭をかいたオルドーだったが、いつまでもこうしているわけにはいかないのだ。
家に対して抗議文が届けられてしまったのだから、正式に対応しなければならない。まして相手は侯爵家。生半可な対応をしていては、家名にまで傷がついてしまうかもしれない。
「……おい、リベリアを呼べ」
「は……しかし、お嬢様は今体調が……」
「いいから呼べと言っているんだ! 何をしてしまったのか、きちんと聞かなければならん!」
「……かしこまりました……」
主が言っているのだから、まぁ従っておくか。それくらいの軽い感覚で執事長はリベリアの部屋へと向かう。
扉の向こうから、けほこほと咳が聞こえてきたが、オルドーがあのように怒り狂っていては『体調が悪いそうなので』なんかは通じないだろう。
最初から、きちんとしておけば良かったのに。
今更そう思っても誰も、どうしようもないことだ。
レイラがいなくなってから、何となく家の歯車が狂ってきている。
些細なことではあるのだが、何となくうまく回っていかないのだ。
「……お嬢様は……何をなさっているのだろうか」
廊下を歩きながら呟く執事長だが、彼自身もレイラを知らない内に蔑ろにしていたから、何を言っているのやら……というもの。
居なくなった人に対して何をどうして、どういう神経で縋ろうというのか、意味不明である。
――あの日、あっという間にレイラは荷物をまとめて、さっさと出ていってしまった。
レイラが持っていた荷物はとても少なく、ほとんどの物が部屋に残されていたが、持っていたもの以外はいらない、という明確な意思表示だった、ということだろう。
どうせ、すぐに音を上げて帰ってくるに違いないと声高らかにオルドーは叫んでいたが、レイラは全く帰ってこようとしない。
レイラを匿っているのは彼女の大親友であるチェスカだし、もしチェスカの家がダメになったとしても、まだリッドの家がある。
何せレイラの大親友二人の家は、揃ってレイラのことが大好きなのだ。頑張っている人が馬鹿な思いをするのを、黙って見ているだなんてできるわけがない、とはっきり公言している彼らが味方なのだから、万が一の不幸なんてありえない。
更に、入寮の手続きさえ完了してしまえば、学園の寮に入るので衣食住は問題なくなってしまうということを、オルドーたちはきちんと理解していない。
「リベリアお嬢様、失礼いたします。旦那様がお話があるそうなので、至急旦那様の執務室までお願い致します」
入室してからそう告げただけで、とんでもなく暴れ始めてしまったリベリアを『これのどこがか弱い令嬢なのだ』という気持ちでじっと見ながら、執事長をはじめとした世話係のメイドたちは重い溜め息を吐いた。
その頃。
レイラは思っていたより早く入寮許可証が手元に届いたことで、チェスカの家から出ていくための準備をしていたのだが……。
「チェスカ離して、私は寮に……っ」
「ダメよ!! いーーーや!! このままうちに居ればいいのよぉぉ!!」
「貴女どこからそんな馬鹿力を……!」
ぐぎき、とどうにかチェスカをひっぺがそうとしているレイラと、意地でも離れませんからね!な気持ち満々のチェスカとのやり取りが、繰り広げられていたのだった。
なお、メイドたちは『まぁチェスカお嬢様ったらお茶目さん』と笑っており、後日リッドがお茶に誘った時のレイラ曰く『あの人たち敵にしか見えなかったわ』らしい。




