変わる世界
「何で……どうして……っ」
わなわなと震えたリベリアは、ぐっと唇を噛み締めて立ち上がったかと思えば、真っ直ぐにレイラへと走っていった。
普段は見せない様子に、周囲の生徒もぎょっとしてリベリアを見ている。
「レイラ!!」
「リベリア……、っ!?」
がし、と腕を掴まれたかと思えば、ぎりぎりととんでもない力が込められていく。痛みに顔を顰めていると、リベリアは怒りの表情で口を開いた。
「何で!? どうしてこんなことになってるのよ!」
「……は? いやちょっと、それよりも腕が痛いんだけど……」
「何で貴女が!」
「は?」
「トップなんて許さないから!」
意味がわからない、と顔をただ顰めているレイラには、リベリアの発言の意図が分からなかった。
しっかり勉強をしたから念願だった首位を取ることができた。
リベリアが学校に来ていない分、授業を受けていない人にも分かりやすいように、注意点もきっちりと書き込んだノートを作成した。暗記科目だけなら、これで大丈夫かもしれないが、今回のテストの注意点も書き込んでおいた。
自分の勉強の復習も兼ねていたけれど、それでもリベリアを助けてやれ、と両親に命令されたから従った。
親の言うことを、子供としてきっちり守っただけ。
普段から、自分の時間を犠牲にして、ひたすらリベリアに時間を割いていたのに、何でこんなことを言われなければいけないのか。
「嫌、こんなの認めない!」
「貴女に認めてもらわなくても良いし、私は今回のテストできちんと結果を出した。それだけなのに何が、どう悪いの?」
「いつもなら、私の勉強にだって付き合ってくれて……それで!」
「寝込んで拒否したのは誰?」
「それ、は」
熱が出た。
咳が酷い。
だるい。
つらい。
体が思うように動かない。
体調最優先だから、大人しく寝なきゃいけない。
ありとあらゆる理由を持ち出して、勉強を拒否しているのだから、レイラにはそれをどうにかするなんて出来ないし、そこまでしてやる義理もない。
やる気を出させるようにしよう、と思ってみたこともあったが、リベリアのやる気は一切見られなかった。
ならもう良いか、と諦めただけ。
そもそも、レイラは親から『勉強しろ、家のためになるように知識を身につけろ』と常日頃言われているのだから、それをきちんとこなしただけ。だから、今回は結果がついてきた。
はぁ、と溜め息を吐いてからレイラは口を開く。
「お父さまやお母さまに泣きついて、無理をさせるんじゃない、って私の行動に苦情を入れてきたのに、テストで思うような結果がえられなかったからって、私に突っかかってこないで」
冷静に、淡々と言い返してきたレイラに、恐らくリベリアはとてつもなく腹が立ったのだろう。みるみるうちに顔を真っ赤にして、だん、と大きく足を踏みならして、力任せにレイラのことを思いきり突き飛ばしたのだ。
「わ、っ……!」
「レイラ!」
「レイラ、危ない!」
それを見ていた女子生徒からはきゃあ、と悲鳴が上がる。
男子生徒は何人かが先生を呼びに行ったのか何なのか、バタバタと慌てている。
レイラは、突き飛ばされるがままに思いきり後ろに転んでしまい、尻もちをついた。いたた、と呟いて立ち上がろうとしたが、ふっと影がやってくる。
あぁ、どうせまたリベリアがあれこれ文句を言ってくるのか……と少しだけ重たい気持ちで顔を上げれば、自分の前にリッドとチェスカが立っていたのだ。影は、この二人のものだったらしい。
「リッド……チェスカ……」
「な、何よアンタたち!」
「……体が弱い割に、よくもまぁここまでやってくれるじゃない。私の大事な親友に何してくれてんのよ、エセ病弱女!」
「……っ!」
普段、人に怒鳴られることのないリベリアは、チェスカの怒りに大袈裟なほど体を震わせた。がたがたとわざとらしいほど震えながら、恐らくレイラに対して助けを求めているのだろうか。何やらリベリアが動いているような気配も感じ取れる。
リッドとチェスカによって、しっかりガードしてくれているからあまり見えないのだ。
「レ、レイラ! 助けてよ! ねぇ、レイラ!」
「こんな奴助ける必要なんかないよ、レイラ」
「う、うるさいぃぃぃ!!」
冷たいリッドの声に、どうにか反論したもののリベリアはまた震え始める。
「(怒られたことがないんだもの……まぁ、この反応は当たり前だけど……なんて情けない……)」
「ねぇ、レ、レイラ!! レイラってばぁ!!」
叫んで助けを求めてくるリベリアのことを、きっと今までのレイラならすぐに助けていた。だが、もう良い。見放す、と決めたのだ。
だから、何の感情も動きはしなかった。
「……リッドもチェスカも、私を助けてくれただけ。私の大切なお友達だから。貴女がこちらに対しての文句をぶつけてきて、あまりにも理不尽だったからこうなっているの。なのに、リベリア……貴女は反省もせずに、どうして自分を被害者に仕立てあげて『助けて』だなんて言うとか……。ねぇ、リベリア。貴女がどんな思考回路を持っているのか……ちょっとよく、分からないわ」
よいしょ、と言いながらレイラは立ち上がって反論をする。
あまりにもつらつらと反論をするものだから、リベリアはポカンとして目を丸くし、口もぱかっと開けている。恐らくいつもならこの辺りで喘息が出てきて大変なことになっていると思っていたが、驚きの方が上回っているのだろうか。
「な、何で、そんな、こと、言うの……?」
「貴女、被害者なんかじゃないわ。どちらかといえば私を突き飛ばしたりして……そうねぇ、加害者じゃない?」
「……っ」
加害者、という言葉に反応したリベリアはカッとしてまた反論をしようとしたらしいが、リッドにチェスカだけではなく、クラスメイト達がレイラのところに駆けつけた。
「いい加減にしなよ、レイラの何が悪いの!?」
「私の面倒を見なかった!」
「だーかーら、レイラ嬢がお前の面倒見続ける事なんてできないだろうが!」
「怒鳴らないでよ、体調が悪くなっちゃう!!」
わっと泣き出し、その場にしゃがみこむ。
だが、リベリアのことを助けてくれるような人は見当たらず、リベリアは『あ、あれ……?』と困惑してきょろきょろと周囲を見渡した。
「あ……れ……」
「アンタ、そういえば友達いるの?」
ハン、とチェスカに鼻で笑われたことで、リベリアはまた更に顔を真っ赤にする。
リベリアの周囲にいる人たちは、『病弱なリベリアの傍に居て、助けてあげている優しい自分』に酔っている人の方が多かったようだ。
あれだけ暴れ、文句を吐き散らかし、レイラのことを突き飛ばすこともしてしまったのだから、今までのように病弱な一面を見せたとはいえ、恐らく助けてくれる人はほぼいないだろう。
「……う、うぅ……」
「……リベリア、私……もう貴女の面倒は見ないからね」
「ひどい……ひどい、よう……」
くすんくすんと泣いているリベリア。
今、この光景だけを見たら、恐らく皆がレイラを責め立てることだろう。だがしかし、今は皆がほぼレイラの味方。
順位の確認をしに来てからここまで、今この場に残っている人達は全て目撃しているし、全て聞いていた。
「あ、そうそう。リベリアに精神的負荷をかけるわけにはいかないから、私は卒業まで家を出るわね。お父さま達には私から言うから、お気になさらず」
「……あ、え?」
「それじゃあね。あぁそうだ、今回のテスト結果、貴女の今後にも色々関わってくるだろうから、色々気を付けなさい」
「え!?」
こんな成績をとった、とジェレミーに知られたら、恐らく叱られるだろう。
それに、グロネフェルト家に嫁ぐのであれば、それ相応の知識も要求される。これは以前リベリア自身に突き付けられた事実ではあるが、『まぁどうにかなるだろう』くらいの感覚しか無かったらしい。
まさかこんな所で災いするなんて、とレイラはほんのちょっとだけジェレミーに同情するが、助けてあげようと思うわけはないし、ここでまた手を貸せば今後もずっと手を貸し続けることになってしまう。
「さて、と。話は終わった?」
「お待たせ、チェスカ、リッド」
「いいよ、レイラ。あ、そうだ。今日の放課後、三人でお祝いのお茶でもしない?」
「良いわね、私は賛成!」
「私も!」
レイラもチェスカも嬉しそうに笑いながら同意すると、その場で呆然としているリベリアを放置して立ち去る。
勿論、レイラのクラスメイトたちもわらわらと解散していっているし、リベリアに付き添っていた友人も『ちょっと用事が……』と言いながら逃げるように立ち去ってしまった。
「何で……っ」
わなわなと震えているリベリアだが、残っている彼女を見て、誰かがぽつりと呟いた。
「……リベリア嬢って……本当に病弱なのかな……。あんなに怒鳴ったり色々できるのに……」
その呟きを聞いた人は、『あぁ、確かに』と心の中で同意をする。
実際、リベリアは酷い喘息を患っているが、今は興奮していて咳が出ない、というだけ。
恐らくメンタルが落ち着いて、今の状況をきちんとリベリア自身が把握したらまた咳が出始めてしまうだろう。
そうすれば、また寝込んで学校には来ないことも容易に推測されてしまうが、単位は課題を提出することで出席しているという判定をしてもらうのだろう。だが、色々な人の目があった場所でのこの騒ぎが、先生たちの耳に入るのも時間の問題である。
――更に、レイラがリベリアと同じ病に罹っていた、という事実はすっかり忘れ去られたまま、歯車は回っていくのだ。




