テストの結果は『天国』と『地獄』
レイラが平和に学校生活を送っている中、リベリアはげほごほと咳き込み、主治医の診察を受けていた。
当たり前だが主治医はリベリアの咳の原因、そして前日に出かけていたことを聞いて、苦虫を噛み潰したような顔になってしまった。
その理由が分からず、リベリアとオルドー、グレースは首を傾げてしまったのだ。この三人、本気か? と溜め息を吐いた主治医は、げんなりとした様子で口を開く。
「リベリア嬢……普段は自分の身を案じて出かけたとしても早めにご帰宅されたりしているのに、どうして昨日はそんなにも遅くご帰宅なされたのです?」
「そ、それは……婚約者が……」
「婚約者が?」
「レイラから私に代わったから……そのお祝いだ、って……色々と配慮をしてくれて……えぇっと……」
まるで子供だ、とまた溜め息を吐いた主治医は頭を抱えてしまった。
「それが理由ですか?」
「ま、まだあります!」
「はぁ、そうですか。それで、その理由は?」
「レイラです!」
「…………」
医者の目は、『コイツ本気か?』と語っている。それを見たオルドーは、リベリアが口を開く前にきちんとした理由を話さなければ、と思ったらしいが、それよりもリベリアが早かった。
「レイラが学校を休んで私の世話をしてくれないって言ったからですわ!」
「……失礼、レイラ嬢はリベリア嬢の専属メイドか何かですか?」
無論、この医者はレイラのこともよく知っている。
だから、尚更おかしい、と感じているのだ。
「レイラ嬢はすっかり喘息が治っているというのに……」
とてもとても小さく呟かれた言葉に、誰も問い返さないままだったが、医者は声のボリュームを少しだけ上げてからまた口を開いた。
「あのですね、それが理由だと言うのであれば貴女はかなりよろしくないことを言っているのですが……ご自覚はおありか?」
「へ?」
自覚って、何の自覚だろうか。だってレイラが自分のそばに居てくれれば、自分はとても快適に過ごせるし、そこにお世話係のメイドまで加われば一石二鳥。
……と、考えているリベリアには、医者の言っていることは意味が分からなかった。
ええっと、ともごもご何かを言っているのだが、それには一切構わずに医者は更に続ける。
「大体なんですか……それくらいでストレスがかかる、って……。ご両親もご両親です、もう少しご令嬢に貴族としての自覚をお教えになってはいかがですか!?」
「えっと……でも先生、うちの子は体が弱くて!」
「それを免罪符にしていいのはもっと幼い子ですよ! いい加減に己の体との付き合い方をきちんと教えてはいかがですかね!?」
ぐうの音も出ない言葉の内容に、オルドーもグレースも、気まずさから目を逸らす。
そもそも、今日はテスト前だからとレイラはさっさと登校していった。それも予め知らされているから、リベリアを見た医者は『何でこの人学校行かないの』と呆れ返っている状態で診察を始めたから尚更あれこれ言いたくなってしまうというもの。
「大体、レイラ嬢が登校した理由も至極真っ当でしょう。テスト前だから。それ以外に何があるというのですか。というか、学生の本分は勉強です! 貴女は貴族だからそれ以上にやらなければいけないことがあるでしょうが、それをほぼしていないのだから、勉強くらいきちんとしなさい」
「…………」
もう少し体調と上手く付き合えるように両親が色々と教えていれば、リベリアはもう少しだけマシだったのかもしれないが、もう無理だ。
甘やかすだけ甘やかされ、レイラよりも常に優遇され、婚約者でさえ本来の相手よりもリベリアのことを優先していた。
これほどまでにベタ甘な生活を送ってきていれば、自然とレイラのことを下に見ていてもおかしくなんかない。
チヤホヤされることが常であるリベリアにとって、この医師の言葉はとてつもない破壊力を有していた。
「……とりあえず、いつもの薬は追加で出しておきます。ですが、もう少し考えて行動をしてくださいね」
「せ、先生!」
「それから、レイラ嬢は貴女と同じ病に罹っていたにも関わらず、あんなにも元気になっているんですから、少しはどうやったのかを聞いてみればいかがです?」
「…………え」
オルドーは、ようやく医師の言葉に食いついた。
それはどういう意味だ、と問いかけようとしたものの、既に医師はさっさと荷物をまとめているし、薬はメイドに渡されているし、どうやって話しかけたら……、と大慌て。
グレースは呆然として咳をすることすら忘れているらしいリベリアに寄り添っているから、恐らく医師の話していた事など覚えてはいないだろう。というか、耳に入っているかどうかすら危うい。
「あ、あの先生!」
「寝ている暇があって、レイラ嬢を罵る時だけはやたらと元気があるなら、それをテスト勉強に向けたらどうですか?」
「ひど、い」
「何が酷いというんです。先程も言いましたが、学生の本分は勉強。それを蔑ろにしていて、どうしてこの先まともな人生を歩めると思っているのか……理解に苦しむ」
トドメのひと言ともいえるものを遠慮なく突き刺してから、医師は頭をさげてから退室してしまった。
オルドーは結局のところ『レイラが同じ病に罹っていたのに治っている』ということは聞けないまま、リベリアの部屋に取り残されてしまったのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なお、帰宅したレイラは『勉強がありますので』とさっさと部屋に引きこもってしまい、リベリアと顔を合わせることは無かった。
両親に何を言われても『あら、私が顔を見せたらリベリアはまたきっとストレスで喘息を発症してしまいますし……そうなったら、あの子のお勉強にも支障が出てしまうじゃないですか』と、笑顔で遠慮なく反論をしてしまえば、オルドーも、グレースも、何も言えずに引き下がるしかできない。
「……私には勉強しろ、って煩いんだから放っておいていただきたいわね。迷惑だこと」
呟いたレイラは、ハッとした。
「本当だわ……独り言だとしても、不満を口にするとちょっとスッキリする……!」
クラスメイトやリッドからのアドバイスの元、こう言われたらああ言い返す、と頭の中でイメージトレーニングをしていたこともそうだが、『独り言でいいから、嫌なことは口に出せ。毒を吐け』と言われていたのだ。
言葉に出す、ということを今までしてこなかったレイラは、先程の反論も言い終わったあとでガタガタと震えてしまったのだが、同時にとてもスッキリした。
「……私は、私。リベリアはリベリア、だもんね。そうよ……私は、私のやりたいことをこれからやればいい。リベリアにはテスト対策ノートも渡しているし、これ以上何かをしてあげることは無理だものね、うんうん」
言いながら問題集を解きつつ、授業の復習もしていく。
テストに出るぞ、と追加で言われたところについてもしっかりと復習をしていき、間違えないように気をつけておく。
コツコツと、地道に勉強していくことでミスを減らす。一日二日でどうにかなるような範囲ではないのだから、日々の努力がこういう時に実を結ぶのだ、とレイラは自分に言い聞かせながらテスト勉強をすすめ、一先ずその日の目標を片付けてから、冷えきってしまった夕飯を食べる。
「……本当は、温かいうちに食べた方がいいのも分かっているけど……」
それでも、先に勉強をしてしまいたかった。メイドが何回か様子を見に来たようだが、レイラがひたすらテスト勉強をしていたのを見て、そのままにしておいてくれたらしい。
片付ける時間が遅くなってはいけないな、と思ったレイラは少しだけ急いで食べ、食器を持ってキッチンへと向かう。
「……ごめんなさい、遅くなってしまって」
「レイラお嬢様!」
レイラが顔を出せば、賄いを食べていたらしいメイドが慌てて駆け寄ってきてくれる。
そういえば、仕事の合間にキッチンの空きスペースで軽食を取っている……と言っていたような、と思い出しつつ、空のお皿と、それに載せた食器をメイドに手渡した。
「まぁ、ありがとうございます。呼んでいただければ……」
「私の我儘を優先してくれたんだから、私がこうやってお皿を持ってくるのは当たり前のことでしょう?」
「お嬢様……」
レイラが話している内容は至極当たり前ではあるが、リベリアは決してこんな事はしない。むしろ取りに来て当たり前だろう、と言われて終了、である。
「ご馳走様、美味しかったわ。それと、明日の朝食も部屋にお願い。終わり次第学校に行くから」
「か、かしこまりました」
「お風呂は自分でどうにかするから、リベリアを優先してあげてね」
「……は、はい……」
じゃあね、と言い残したレイラはまた部屋へと戻って行った。
それを見ていた料理長が『何だか……雰囲気変わった、か?』と呟いていたのだが、そこに居た使用人全員が頷いた、ということはレイラもリベリアも、彼女達の両親も知らないことである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そしてテストが行われ、結果が廊下に張り出されていた。
「レイラ、おめでとう!」
「やったねレイラ!」
チェスカが走ってきて、リッドも笑顔で祝ってくれる。
周囲の生徒はザワついているし、この時ばかりは登校してきたリベリアも、その光景を見ていた。
結果として、レイラは首位を獲得。
リベリアは百位まで掲載されている順位表には載ってすらいない。
なお、生徒数は一学年につき百五十人程度。
一クラスは二十五人とされているが、貴族も平民も交ぜられており、成績順でクラス分けされている。
今回のテストでクラスが変更されるとか、そういったことはないが、レイラが首位を取ったのはこれが初めて。
普段はリベリアの勉強に付き合っていたから平凡な成績で留まっていたが、今回は自分に集中できたからこその結果だろう。
「今回は思いっきり自分のために勉強できたの!」
「良かったじゃない!」
「ふふ、ありがとうチェスカ。リッドもお祝いの言葉、ありがとう」
「当たり前だよ」
レイラのクラスメイトも、レイラを囲んで微笑んでくれている。
本当ならば、レイラはもう少し上のクラスにいられたんじゃ……と囁く声も上がる中、リベリアはふらふらとよろめいて、へたり込んだ。
「…………今まで、レイラのくれたノートでどうにかなっていたのに…………うそよ……こんなの……」
あくまで、今まで暗記の割合が多かった、というだけ。
今回のテストに関しては前もって先生たちから『覚えているだけでは無理だぞ』と注意されていたから、レイラはノートにもそう書いてリベリアに渡している。
リベリアが、それを見ていなかった。あるいは、『今回もいつも通りでOK!』くらいにしか考えていなかったというだけの話である。
「うそ……よ。レイラは……何で、こんな……っ」
認めたくない、とリベリアの顔は次第に強ばっていく。
どうして、どうして、と頭の中を回る考えの赴くまま、リベリアはゆらりと立ち上がってレイラの所に駆け出したのだった。




