表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

出会いが生まれた日

 「やぁ。……ここの中身を見るのは、初めてだったかな?」

 俺は目の前に広がる光景を、夢だと思った。いや……思いたかった。


 某駅の構内。

 田舎でも都会でも、どこにでもある様なコインロッカー、そのひとつ。

 そこには、手のひらサイズの小さな子供が入っていた。

 最初に目に飛び込んだのは、白髪頭。しかしただ真っ白なだけではなく、毛先に行くにつれて黒くなる不思議な髪をしている。両目は血の様に赤い。アルビノか何かだろうか。中性的な顔だからよく分からないけど、柔らかそうな頬と小さい手をしているから、多分女の子だろう。服は駅員の制服に似せた感じの、黒いスーツを着ていた。


「……どちら様?」

 ライブハウスに向かう前に荷物を預けようとしたのだが、目の前のこれは一体どういう事なのか。

 というか、先客がいる状態で預けても大丈夫なのか。

 この子、保護者はいるのか。

 何でもいい。疑問を口に出さないと、頭の中が爆発してしまいそうだった。

「さぁ?ボクも長い間考えてるけど、よく分からないんだ」

 隅っこで三角座りしていたその子は、ちょこちょことこちらに歩いてきた。

「キミは人間だね。それはボクもキミ自身も分かっている事だ。片やボクは、ボクの事が分からない。キミもボクの事を知らない。「知らない」は「分からない」に結びつけられる。すると、キミとボクは正反対の存在という事の証明になる訳だ」

 ……そして、なんだか難しい話をし始めた。

「ボクはここに来た時、一度だけ「ホムンクルス」と呼ばれた。さよならの言葉と共にね。ホムンクルス……の意味は教えてもらえなかったから、分からない。多分、名前ではないだろうね。キミはどういう意味か知ってる?」

「いや……聞いた事はあるけどよく分からんす……」

 そう、とだけ言ってホムンクルスらしい女の子は俺の顔を見上げた。なんだか、寂しそうだ。ずっとここに一人でいたからだろうか。

「色々と疑問があるんだね。ボクも同じだ。毎日毎日、ここで疑問に悩まされてるよ。自分は何者なのか。何のために生まれて、何のためにここにいるのか。……ああ、これは疑問じゃないか。自分の事ばかり考えてるよ」

「普通に疑問だと思うっすよ、それ」

 俺が教えてあげると、女の子は小さく笑った。

「そうか、疑問か。……ああ、キミ。荷物を預けてもらう前に、ひとつ頼みがあるんだけど」

「何でしょう」

「ボクに名前をくれないか。「ちび」とか「パンダ」とか、変な言葉で呼ばれるのは落ち着かないからね」

「……俺が付けたらもっと変なのになると思うんすけど?」

「ボクが欲しいのは身体的特徴から導き出される様な安直な「あだ名」ではなくて、何かしら意味の込められた「名前」だよ。キミが変だと思っても、ボクは面白いと思うかもしれないじゃないか」

 名前は生まれてきた事の証明だ、と思っていた。

 でも、生まれてきたのにまともな名前を付けられなかった女の子が、目の前にいる。生まれずに、生きている。


 俺は考えた。今までの人生で一番深く考えた。


「……じゃあ、ルーペで」

 「ルーペライト」。かつて絶望と怠惰の底に沈んでいた俺を救ってくれた、人生の灯台の様なバンドの名前である。そしてちょうど、ルーペはドイツ語で虫眼鏡。

 とても小さなこの子が、ちゃんと自分を見つけられる様に、救われる様に……そう願って付けたけど、気に入ってくれるだろうか。

「ルーペか。確か、ドイツ語で虫眼鏡という意味だね。ルーペ……うん、気に入ったよ」


 女の子は笑ってくれた。

 ルーペはちゃんと、この世に生まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ