出会いが生まれた日
「やぁ。……ここの中身を見るのは、初めてだったかな?」
俺は目の前に広がる光景を、夢だと思った。いや……思いたかった。
某駅の構内。
田舎でも都会でも、どこにでもある様なコインロッカー、そのひとつ。
そこには、手のひらサイズの小さな子供が入っていた。
最初に目に飛び込んだのは、白髪頭。しかしただ真っ白なだけではなく、毛先に行くにつれて黒くなる不思議な髪をしている。両目は血の様に赤い。アルビノか何かだろうか。中性的な顔だからよく分からないけど、柔らかそうな頬と小さい手をしているから、多分女の子だろう。服は駅員の制服に似せた感じの、黒いスーツを着ていた。
「……どちら様?」
ライブハウスに向かう前に荷物を預けようとしたのだが、目の前のこれは一体どういう事なのか。
というか、先客がいる状態で預けても大丈夫なのか。
この子、保護者はいるのか。
何でもいい。疑問を口に出さないと、頭の中が爆発してしまいそうだった。
「さぁ?ボクも長い間考えてるけど、よく分からないんだ」
隅っこで三角座りしていたその子は、ちょこちょことこちらに歩いてきた。
「キミは人間だね。それはボクもキミ自身も分かっている事だ。片やボクは、ボクの事が分からない。キミもボクの事を知らない。「知らない」は「分からない」に結びつけられる。すると、キミとボクは正反対の存在という事の証明になる訳だ」
……そして、なんだか難しい話をし始めた。
「ボクはここに来た時、一度だけ「ホムンクルス」と呼ばれた。さよならの言葉と共にね。ホムンクルス……の意味は教えてもらえなかったから、分からない。多分、名前ではないだろうね。キミはどういう意味か知ってる?」
「いや……聞いた事はあるけどよく分からんす……」
そう、とだけ言ってホムンクルスらしい女の子は俺の顔を見上げた。なんだか、寂しそうだ。ずっとここに一人でいたからだろうか。
「色々と疑問があるんだね。ボクも同じだ。毎日毎日、ここで疑問に悩まされてるよ。自分は何者なのか。何のために生まれて、何のためにここにいるのか。……ああ、これは疑問じゃないか。自分の事ばかり考えてるよ」
「普通に疑問だと思うっすよ、それ」
俺が教えてあげると、女の子は小さく笑った。
「そうか、疑問か。……ああ、キミ。荷物を預けてもらう前に、ひとつ頼みがあるんだけど」
「何でしょう」
「ボクに名前をくれないか。「ちび」とか「パンダ」とか、変な言葉で呼ばれるのは落ち着かないからね」
「……俺が付けたらもっと変なのになると思うんすけど?」
「ボクが欲しいのは身体的特徴から導き出される様な安直な「あだ名」ではなくて、何かしら意味の込められた「名前」だよ。キミが変だと思っても、ボクは面白いと思うかもしれないじゃないか」
名前は生まれてきた事の証明だ、と思っていた。
でも、生まれてきたのにまともな名前を付けられなかった女の子が、目の前にいる。生まれずに、生きている。
俺は考えた。今までの人生で一番深く考えた。
「……じゃあ、ルーペで」
「ルーペライト」。かつて絶望と怠惰の底に沈んでいた俺を救ってくれた、人生の灯台の様なバンドの名前である。そしてちょうど、ルーペはドイツ語で虫眼鏡。
とても小さなこの子が、ちゃんと自分を見つけられる様に、救われる様に……そう願って付けたけど、気に入ってくれるだろうか。
「ルーペか。確か、ドイツ語で虫眼鏡という意味だね。ルーペ……うん、気に入ったよ」
女の子は笑ってくれた。
ルーペはちゃんと、この世に生まれた。