停止と停滞
俺は荷物を預けるのも忘れて、ルーペの話に耳を傾けていた。最初はかなり難しい話だったけど、俺が何も分かっていない事を察したのか、彼女は途中で犬とか猫についての豆知識……の様な話に切り替えてくれた。
会話の途中で、ふと時計を見る。15時半を少し回っていた。ライブハウスに着くまでは20分ぐらい掛かるから、そろそろ行かないと開場時間に遅れてしまう。
「あ、ええと……これ、しばらく預かっててください」
「分かった。……それはそうと、荷物を預けたら早く行った方がいいと思うよ」
「なんでっすか」
「後ろを見たら分かるよ」
おばちゃん、お姉さん、子連れのおっさんなど、道行く人々のうち何人かが、不審な目でこちらを見ていた。
「……ゴメンナサイ」
コインロッカーにリュックを入れて、身軽になった俺はルーペに軽く頭を下げた。
「悪いのはキミではないと思うけどね……まぁ、任された以上はちゃんと預かっておくから、安心して行ってきなよ」
無言でもう一度ルーペに頭を下げ、扉をそっと閉める。格子の様になった所から、彼女がこっちを見て笑っているのが見えた。
「あの堅苦しい喋り方、次からはやめてくれると嬉しいな」
俺は三度目の会釈をした。また笑われた。
「コードフォレスト」は、小規模な街にある小規模なライブハウスである。しかし、その中の熱は凄まじいモノだ……と俺は思う。ジンジャーエールを飲みながら、数十人の観客と共にステージをじっと見た。
見慣れないバンドだ。パンフによると、わざわざ大都会からここにやって来たらしい。ご苦労様である。
最終確認の後、ボーカルと思われし金髪のお兄さんが声を発した。
「……えーと、どうもーこんにちは……あっ、思ったんすけど、こんにちはって言えるのは前半のバンドだけっすね。後半の人らはこんばんはになって……あ、なんか寒くなったんでこの話はナシにします。いつも来てくれる人には改めてごあいさつ!初めて見た人にははじめまして!僕は「新分子」ってバンドのボーカルやらせてもらってます、Sこと水素です!「あぁ~水素の音ォ!」のあれです!……んじゃ、前置きはここまでにして、と。最初の一曲「イオンエンジン」!聴いてくださーい!!」
……「新分子」と名乗った最初のバンドは、俺からすればかなりのイロモノだった。曲は嫌いじゃない。嫌いじゃないんだが……ボーカルのSがこんな所でアングラなネットスラングを使っているのがちょっと苦手だった。
……まぁあの人、SNSでやたら呟いてたしな……そうなるのも仕方ないよな……
嫌いにならない様に考え続ける俺の肩に、ぽんと手が置かれた。知り合いや友達を呼んだ覚えはない。酔ったおっさんだろうか。しかし、それにしては細いな……
恐る恐る振り返った俺は、思わず目を見開いた。
「やぁ、少年君。楽しんでるかい?」
数式がびっしり書かれたTシャツの上に白衣を着ている、黒髪の綺麗なお姉さんがそこにいた。




