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王子様と村人D  作者: 十束万里
23/23

ホリデー。

 パンが焼ける匂いがする。

大好きな匂いだ。

少し前まではいつも嗅いでいた。早起きして、父が仕込みをしている間に私と母とで店内の掃除をして、終わったら朝ごはんの用意。

 食べ終わったら片付けて、焼きあがったパンを店頭に並べる。

開店時間になったら店先に看板を出してお客さんを待つ。

それが私の日常だった。



 ホリデー前に課せられた全百五十ページの課題を終わらせるべく、家に帰ったその日から取り組んだ。

 両親に説明して、数日間だけ自室で課題の消化に勤しむ事になった。

 二人はせっかくの休みなのだからお店の事は気にするなと言っていたが、人手は多い方が良いに決まっているので、いつの間にか授かっていた記憶能力をフル活用して問題を解いていく。


 結果、三日で終わった。

今までに習った所の総復習みたいな問題集で、設問の言葉の言い回しが少し難しく感じるだけで内容はただの復習だった。

 キースが敢えて意地の悪い笑顔を見せたのは多分あの人なりの洗礼なのだと思う。



 家に帰って来て四日目にはお店に立って接客を手伝った。

 焼きたての美味しいパンと、母の愛嬌とこの辺りに競合店が無いのが幸いしてとても繁盛するのだ。パン一つはお手頃価格だが、お客さんはいつも多めに買って行ってくれるおかげで家族三人が暮らしていけるだけの稼ぎがある。

 今日も近所に住んでいるおばあさんが朝食用に買いに来たり、これから仕事に行く人達が昼食用に買いに来たり。

割とひっきりなしに人が来るのだ。


 「リズ、悪いんだけどこれ届けに行ってくれる?」

「良いよ!どこまで?」

「広場を通り過ぎた先のマチルダさんなんだけれど、分かるかしら?」

「大丈夫」

「お代は届けに行った時に払ってくれるって言ってたから、受け取ってね」

「はーい。行ってきます」

「うん、気をつけて!」


 電話で配達の依頼があれば受けている。

足腰の悪い高齢者とか、良く利用してくれていて、配達人は専ら私だ。

 高齢者の家にはいまいち使い方が分からないという理由で、魔法版宅配ボックスが無い家も多く、こうして足で届けるしかないのだ。

 私が学校に行っている期間は父が請け負っているらしいのだか、その間のパン制作が滞ってしまう為アルバイト募集を考えているのだとか。

 移動手段も基本徒歩な為、往復で三十分程度の所までしか行けない。

 (自転車があれば便利なんだけど…あとは移動販売車とか。車が運転出来ればもう少し距離を伸ばせるし…)


 しかし、基本的にはやはり宅配ボックスがあるので、少数派の為にわざわざ車を買えるほど余裕がある訳でも無い。

 要はもう少し効率化が出来れば良いのだ。

歩いて配達をするのでは無く、例えばローラースケートの様なものを履いたり、スケートボードに乗ったりなど思いつくものは多々ある。

 しかし車はあるが、他のものはこの世界には存在しない。

 私も車輪が付いているものがどういう原理で動いているかまでは知らないので、作る事も不可能だ。

 (何とかして魔法で再現出来たら一番良いんだけどな)



 宅配方法について考えを巡らせている内にマチルダさんの家に着いた。

 ドア横のベルを鳴らして、彼女が出て来るのを待つ。

 数分してドアを開けて出て来たマチルダさんは、私が学校に行く前と比べて少し痩せた様に見える。優しい笑顔なんかは以前と同じだが、顔も服から覗く手首もほっそりしていた。


 「こんにちは、マチルダさん。パンのお届けです!」

「あら、リズちゃん、こんにちは。ご苦労様。これお代金ね」

「…はい、ちょうど。いつもありがとうございます」

「いいえ、私こそいつも届けてらって申し訳ないくらいよ。リズちゃんはお元気かしら?」

「はい、元気ですよ。マチルダさんは、少し痩せました?」

「うふふ、そうなの。最近あまり食欲が無くて。でもここのパンは食べたくなるから不思議よね」

「うちのパンは美味しいですから!でも食欲が無いのは心配ですね…」

「そうねぇ。でも来月には孫が産まれるから、孫の顔を見るまでは頑張るわよ」

「あ、そっか!いよいよ来月なんですね!」

「ええ、そうなの。初孫よ。とても楽しみなの」

「尚更楽しみですね!」


 痩せてはいたけれど穏やかな笑顔は健在だった彼女と少し話をしてから別れ、来た道を戻る。

 元々そこまでふっくらしていた訳では無いが、年齢を重ねた事により食が細くなったのだろう。痩せていたのが、痩せ細ったという印象に変わっていた。

 (無事に孫の顔が見られると良いな)




 ホリデーも折り返し。

 今日も今日とて私は朝から家の手伝いでパタパタと動き回っていた。

接客をし、焼きあがったパンを店頭に並べ、無くなりそうになれば厨房に行って父に作ってもらうよう頼みに行く。

 午後になって母と交代で休憩をとり、束の間のんびりと過ごす。母が作っておいてくれたご飯を食べつつ、休憩が終わったらやる事を頭の中で整理していると、店側から母の呼ぶ声が聞こえた。


 「リズちゃーん!お店に来れるかしらー!お客様よー!」

「はーい!今行く!」

 (…誰だろう?)


 わざわざ私を呼ぶという事は知り合いなのだろうが、全く心当たりは無い。街の人なら私を呼んだりはしないだろうから、一体誰が来たんだ。

 そう思って居住ゾーンから厨房を通って店に戻ると、この数ヶ月で見慣れた顔があった。

 黒髪、金髪、金髪、赤髪。

メアリー、リリア、ノアにメテオ。

庶民御用達のパン屋に貴族が四人も居た。

 メテオがこちらに気付いて手を振って来たので取り敢えず振り返しつつ一番この状況を答えてくれそうなメアリーに尋ねる。


 「こんな所で何してるの!?」

「あら、友人の家に来ただけだけど」

「いや、そうじゃなくて。なんで貴族の皆がわざわざこっちに居るのって意味なんだけど」

「だから、友人の家に来ただけよ。ついでに貴女の家で扱っているパンも買いに来たのよ。冷やかしに来た訳じゃないわ」

「別に冷やかしに来たとは思ってないけど、皆はもっと良いもの食べてるんじゃないかな…」

「ここのパンは美味しいんでしょう?」

「味に自信はあるけど…。本当に何で居るの?」

「実はね!この前のパーティーの時にこの二人からリズの家のパンは美味しいらしいって聞いて、じゃあ食べてみたいって思って!」

「メテオが皆で行ったら貴女が驚くのではないかと計画したんです。いきなり押しかけてすいません」

「流石にレオンハルトは連れて来れなかった!」

「いや、無理でしょう!」

「ねー。僕達この前のパーティーでレオンハルトに会えてすらいないからね、無理だった!」


 一国の王子をこんな場所に一瞬でも連れて来ようと思ったのが怖い。

 メテオと話している間に既にリリアはパンを選び始めて、メアリーはそれに付き添っている。

 ノアはメテオの横に居るけれどパンには目もくれていない。おそらく半ば強制的に連れて来られたのだろう。

 その戦犯も今はトレーとトングを持って選ぶ体制に入っている。

 取り敢えずパンを買う客としてちゃんと来てくれた様なので、私も母が居るレジに入ることにした。


 「皆お友達?」

「うん」

「良い子達ね〜。わざわざこっちまで来る貴族なんて他に居ないと思うわ〜」

「うん、私もそう思う」

「大事にしてね」

「うん」

 (学校に通ってる間の、期間限定の友達だろうけど)



 皆がそれぞれ選んでいる様子を眺めていると、トレーにパンを山盛りにしてリリアがレジに来た。


 「これ下さい!」

「はい」


 目をキラキラ輝かせてパンが紙袋に仕舞われていく様子をじっと見ている。

 合計金額を告げて、リリアは肩から提げていたカバンから財布を取り出して自分で会計を済ませ、パンの入った紙袋を両手で受け取り大事そうに抱えて後ろへ下がっていた。

 リリアを筆頭に、メアリーとメテオもパンを購入してくれた。ノアは何も買わずメテオの後ろに立っているだけだったが。


 「ホリデーもあと少しで終わるけど、皆課題終わった?僕まだ残ってるんだよねー」

「私もあと少し残ってるから、帰ったらやらないと…!」

「ノアは?」

「まだ終わってないよ。最終日までには終わるように計画してるけど」

「流石〜!リズは?」

「もう終わった」

「えっ」

「は?」

「あら、流石ね」

「リズちゃんすごい!」

「メアリーは終わったの?」

「ええ。私は皆ほど難しいものでは無かっただろうし」

「Aクラスも十分大変だと思うけど」

「ふふ、私はSクラスを目指してるもの。このくらい出来ないとね」

「ね、ねえ、リズ。あれ全部終わったの?本当に?」

「うん、終わったよ」

「…因みに、どのくらいで終わらせましたか?」

「三日くらい?」

「は??」

「リズやっぱり頭良いんだね〜!僕なんて一問解くのに凄く時間かかるんだよ!」

「いや、頭が良いだけでは三日で終わらせられないでしょう!」

「こうしちゃいられないね!ノア、帰って早く残りもやっちゃおうよ!」

「…そうだね」

「じゃあリズ、また学校で会おうね!ばいばい!」

「あ、うん。ばいばい!」


 大きく手を振って、メテオとノアが退店していく。

その様子を見届けてからメアリーとリリアもそれぞれ挨拶を交わして、退店。

四人が居なくなった事で店内が一気に静かになった。


 「皆本当に良い子達ね〜」

「うん、そうだね。他にお客さん居なくて良かったけど、うるさくてごめん」

「あら、賑やかなのは良い事よ!でも一度お店の外見に行ってくれる?あの子達多分車で来ているから、他のお客様が入れないんじゃないかしら?」

「分かった!」


 店の外に出ると、丁度一台の車が走り去る所だった。

それを近所の人達が遠巻きに見ていて、結果的に凄く目立ってしまった。

 (あぁ、どうしよう!)


 思わず頭を抱えていると様子を見に外に出ていた隣のおばさんが話しかけてきた。


 「今の、貴族様の車よね?買いに来てたの?」

「あ、はい。同級生が来てくれました」

「同級生?」

「はい」

「そうなの!何人か居たけど皆買って行ってくれたの?」

「まぁ、四人中三人は買ってくれましたね」

「そうなのね!私も今から買いに行くわ!」

「えっ、はい。ありがとうございます…?」


 そのおばさんの一言を皮切りに、遠巻きに眺めていた人が何人も店に入っていく。

 慌てて店内へ戻ると、メアリー達は何を買ったのかとレジに居る母に聞いて皆同じ物を手に取っていた。



 時に、貴族と言うのは度々流行の元になる事があるらしい。

 社交界で名を馳せているなんとか伯爵令嬢が、あそこの仕立て屋に作らせたドレスが素敵だったから真似してみたとか、なんとか侯爵夫人が付けていた香水が良い匂いで、一時期皆同じような匂いをさせていたとか。


 基本的に話題になるのは高級品ばかりで、庶民には手が出せない代物ばかりなのだが、パンならいけると思ったらしい。


 こうしてホリデーの残りの日は毎日お店に出て大忙しとなった。

 皆のおかげで口コミが広がり、宣伝効果は抜群、売上は過去最高額となったのだった。

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