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二十話

 めぇ〜めぇ〜。

 網の中で、ヒツジたちが鳴いている。ヒツジでふくらんだ網を担いで歩く冬子の横では巨大なニワトリがひょこひょこと歩を進め、そのニワトリの背中には少年とおっさんがまたがっている。

 なんとも平和な絵面だわ、と冬子は思う。後ろに続く帯剣した男たちはこの際、視界に入れないことにする。

「それで、こんなふわもこ捕まえてどうするんです? 」

 のどかな空気に浸りながら、軽い調子で冬子が聞いた。背負っている巨大な荷物の重さなど微塵も感じさせない力の抜けた声音であるが、実際に荷物が軽いのだから力みようもない。

 馬鹿みたいに大量に捕らえたおかげで、持ち帰るのに難儀するかと思われたヒツジの魔獣だったが、試しに持ち上げた冬子はひっくり返った。

 と言っても、重たすぎて転んだのではない。重たいことを覚悟して挑んだところ、あまりの軽さに網ごと振り上げてしまい転んだのだ。

 召喚獣の最強補正によるものかと試しにカノに持たせたところ、苦労する様子もなく持ち上げることができたため、誰にでも持てる軽さなのだと判明した。しかし、風に煽られたヒツジの群れと共に飛んでいきかけたため、用心して冬子が持っている。万一飛ばされたとしても、冬子ならば飛び降りて無傷で着地することが可能だからだ。

 そんなわけで、はた目にはあり得ない大きさの荷物を担いでいる冬子は、ヒツジの使い道を隊長にたずねた。

 声をかけられた隊長は手綱をカノに持たせて、自由になった腕を組んで言う。

「ふわもこって何じゃ。この魔獣はマイ。ユウと並んでおとなしい魔獣じゃ」

 ここにきてようやく、ヒツジの現地名が判明した。

 呼称がマイならば、数えるときはヒツジが一マイ、二マイか。いや、マイが一匹だな、などと冬子はくだらないことを考える。

「おとなしいが、マイが風に流れてやってくると、その土地に生えとる草木が異常に生長する。伸び切るまで放っておけばマイが食べるから、害というほどの害はない魔獣じゃな」

 隊長の説明に、何ともよくわからない魔獣だと冬子は思いながら相づちを打ち、話を促した。

「そこでな、こいつを使って畑の作物を育てられんかと思うたわけじゃ」

 曰く、ナバギの人々が野営地にしている草原の一角に土地をひらき、畑を作っているらしい。だが、土地神の守護がないためか生育が悪く、獣害もありうまくいっていない状態だという。

 そこで、駄目で元々。マイを使って作物を生長させ、食べられる前に移動させていいとこどりをしようと考えたのだ。

「お前さんのおかげで、大した労力も費やさずに捕まえられたしな。うまくいけば儲けものよ」

 あまり期待もしていない様子で言う隊長に、このおっさん深く考えずにやってみたんだな、と冬子は呆れるのだった。

 野営地のテント群がある広場に着くと、すでに帰ってきていたネスクが冬子たちを出迎えてくれた。

「おー、おー。また何か面白そうなことしてるのな」

 冬子の背中にある荷物を目にして、ネスクはにかっと楽しげに笑う。

 畑に向けて移動している一行に並んで歩きだす彼は、もう用事を終えて自由時間になっているのだろう。お前も手伝え、と隊長に言われて抗議の声をあげているが、その顔は笑っており本気で嫌がってはいない。

「もう一人、誰か手伝ってくれんか」

 隊長が隊員たちに声をかけ、手をあげた一人を残してあとの隊員は解散していった。物資調達に出かけていたらしいネスクから嗜好品を調達した旨を伝えられ、喜んでテントに帰っていく様子を見るに、陽も高いうちから久々に一杯やるのだろう。

「ウコットか……」

 男たちがにぎやかに去っていく傍ら、手伝いに残った青年隊士を見てネスクが微妙な顔をする。

 ウコットと呼ばれた青年はイーラやネスクと同じくらいの年だろうか、冬子より二つ三つ年上だと思われる顔は笑顔を浮かべているのだが、なぜだろうか。どこか胡散臭い。

 こざっぱりとまとめられたオレンジに近い茶髪はすっきりした短く、白い服に濃紺のマントを合わせた格好が似合っている。

 一つ一つ見ていくと爽やかな好青年であり気になる点はないのだが、全体的にまとめるとどこか信用のおけない空気を感じさせた。

「珍しいな、お前が自分から仕事するなんて」

 ネスクが言えば、笑みを深くしてウコットが答える。

「だって、こんな面白そうなことってなかなか無いじゃない。勇者がこんな子どもなのも、すっごく笑えるよね」

 そう言ってけたけたと笑われ、カノが居ごこち悪そうに視線をさまよわせた。

 その笑い声は楽しげでありながら人を馬鹿にしたような雰囲気をにじませていて、まだ一言も交わしていないけれど冬子はこの人苦手だ、と確信する。

 笑われたことに気がついたのだろう、カノの手綱を握る手に無意識に力がこもったのを見て、冬子はその手をとんとん、と叩き意識をこっちに向けさせた。

「お前、そういうところすごく感じ悪いぞ。やめろよな」

 空気の悪さを感じたのだろう、苦い顔をしたネスクが諌めると口をとがらせてウコットは反論する。

「なんだよ、ぼくは悪口を言ったわけじゃないでしょ。面白いって、ほめ言葉じゃない」

 悪びれた様子もなく言われてネスクは口を閉じた。

「ほれ、お前ら。喋ってばかりおらんで、しゃきしゃき歩け」

 見かねた隊長が二人を黙らせて、一行は静かに畑を目指すのだった。

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