十九話
「説明はあとじゃ。これ持ってあの魔獣を捕まえてこい」
隊長に急かされ、冬子はとりあえず網をつかむ。
「上から網を被せればいいんですか。それとも下からから包む? 」
冬子はヒツジ魔獣の情報をまったく持たないため、どのような動きをするのか想像もつかない。
つかんだ網の端に左右の偏りがないか確認しながら問えば、隊長は眉を上げて冬子の顔を見る、
「いや、下からは厳しいじゃろ。あいつらは風に流れるからな。囲う前に地面から切り離せば、移動してしまう。普通に網を被せるのがいいじゃろう」
あごをなでながら少し考えて、隊長が口を開く。
「あいつらの上を飛び越えられるか。網で包みながら、こう」
言いながら、隊長は足元の地面に図を描く。
拾った枝で記された図を見ると、横から見た図なのだろう。ヒツジの魔獣は丸で表されており、その丸を矢じるしで描かれた網が包んでいた。上から下に向かう矢じるしの先には線で描かれた人の姿がある。
「ぐるっと網で包んで、隊員全員で引っ張るつもりですか? だったら、両端の人は魔獣より向こうに行ってもらわないと」
冬子が言うと、隊長もうなずいた。
丸い図形をV字で囲う図を書くとV字の折れ曲り部分を枝で叩いて、ここがお前さんじゃ、と言い隊長は空を見上げる。
「これでやってみよう。もうすぐあいつらが移動し始める。その前に、急ぐぞ」
そう言うと、隊長は図のとおりに網を配置するべく、隊員たちに指示を出しに向かう。
ニワトリの魔獣ユウにまたがって移動する隊長の背中を見送り、冬子は空を見上げた。網の準備が整う間にもヒツジはもこもこと移動して、もうほとんどが塊の上の方に集まってきている。
「用意できたぞ、フユ! 」
ユウに乗って駆け、指示を出していた隊長が大声で促した。
冬子はそれに頷いて返し、カノが網から離れて安全な位置にいることを確認する。
目があったカノに行ってくるよ、の気持ちでまばたきを一つ。冬子は二、三歩助走をつけてからぐんっと地を蹴った。
とたんに強く吹き付ける風。耳元でうなる音がする。
ほんの一呼吸の間に、眼前に迫るヒツジの魔獣。柔らかそうな毛玉を視界に映しつつ、冬子は白い塊の上を跳び越える。
白いマントをはためかせる姿が一瞬、魔獣の群れに混ざり込んだ。
青々とした空に浮かんでいるかに見えた小さな人影は、つぎの瞬間には跳躍の頂点に達して落下をはじめる。
冬子の軌跡に従い、手にした網も魔獣の群れを越えその姿を覆っていく。
すたんっと軽い着地音がしたときには、ヒツジ魔獣の群れはすっかり網の中に入っていた。
捕らえれば暴れるだろう、と覚悟をしていた冬子だったが、白い塊はもわもわめえめえ動いては鳴くのみ。
拍子抜けした冬子であったが隊長の合図で我に帰り、隊員たちと共に網を引くのてあった。
ヒツジが一匹、ヒツジが二匹……数えようにも、網の中にみっちり詰まっていて数えられない。
「たいちょー、こんなにいっぱいどーすんですか」
数えるのを諦めた冬子が、捕まえた魔獣を眺めながら言う。
「少ないよりはいいじゃろう。……まあ、ちょっと多い気もするけど」
開き直ったように応えた隊長であったが、やり過ぎた自覚はあったのだろう。ぼそりと付け足した。
並んで立つ冬子、隊長とカノの前には、ヒツジがぎっしり詰まった網がある。
隊長の指示のもと、冬子と隊員たちが協力してヒツジの魔獣を捕らえたのだが、予想以上にうまく捕獲できてしまった。いくらか取りこぼす予定だったものが、言葉どおり一網打尽にしてしまったのだ。
「てか隊長。この魔獣どうするんですか」
言いながら、冬子は辛抱たまらず目の前のもこもこに手を突っ込む。雲と見紛うように白く綿菓子のようにふわふわした見た目を裏切らず、ふんわりやわらかな羊毛が冬子の手を包み込む。
触っても暴れることなく攻撃もしてこないことを確認し、冬子はカノに大丈夫だよ、と声をかけた。
うずうずと待ちわびていたのだろう、カノは瞳をきらきらと輝かせて手を伸ばす。
本物のヒツジよりも軽くやわらかい毛が自分の手を優しく受け止めるのを感じ、カノは頬を紅潮させて声にならない喜びを表した。
「おー、こいつは気持ちいいのう。皮を剥いで使うのもありか」
その横でいつの間にやら魔獣の毛を撫でていた隊長が呟くのを聞き、カノの顔色は一気に青くなる。
「まあ、傷つけたらしぼんで消えるらしいから無理じゃが」
冗談じゃ、と意地悪く笑う隊長にカノはほっと安堵の息を吐いた。
いらぬ茶目っ気を見せる壮年男性を横目に冬子があたりに視線をやれば、やはり気になっていたのだろう隊員の一人がそっと手を伸ばし、魔獣を撫でている。それを見た他の隊員たちが我も我もと網の周りに群がり始めた。
放っておけば収拾がつかなくなりそうな気配を感じ、冬子は隊長に声をかける。
「隊長、そろそろ野営地に戻りましょうよ。何する気なのかは道中で聞きますから」
そう言われて顔を上げ、白い塊を前に盛り上がる男たちに気がついたのだろう。隊長は大きな声で号令をかけた。
「隊列、整え! 」
すぐさま出来上がるきれいな列に、冬子は感心する。そして、自分の横でどうしていいかわからずあわあわしているカノを抱えてニワトリ魔獣に乗せてやった。
その手綱を隊長に渡し、自分は魔獣の詰まった網をしっかり持ち直しす。
「準備、完了ですよ」
冬子の言葉に隊長が頷き、一行は帰路に着くのだった。




