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十八話

 晴れ渡る空、吹き渡る風にざわめく草原。ついでにざわめく男たち。

「……たいちょー、今日はなにするんですか」

 しかめ面の冬子が抑揚の無い声でたずねる。

 日曜日の朝、カノに呼ばれるまま隊長のテントにやってきた冬子は、説明もないまま付いてくるように言われて隊長の後を追った。道中で聞いてみれば、カノも付いてくるように言われただけで、何をするかは知らないらしい。

 連れて行かれた訓練場には、討伐隊の隊員たちが集まっていた。

 二十人くらいいるだろうか、集まる男たちからの視線とひっきりなしに交わされる話し声。それらすべてが冬子とカノに向けられており、冬子はとても気分が悪い。カノも居ごこち悪そうに小さな体をさらに縮めて、隊長と冬子の間に立っている。

「今から説明するから、ちょっと待っとれ」

 不機嫌な冬子と困ったような顔のカノ、二人からじいっと見つめて説明を求められても、隊長は気にする風もなかった。

 冬子に運んで来させた巨大な布の塊を叩きながら、隊員たちに向けて声を張る。

「昨日も言うたが、今日はマイを捕まえに行くぞ。そのために、この二人も一緒に連れて行く」

 そう言って、隊長は冬子とカノの背中を叩いた。

「勇者カノとその召喚獣フユコじゃ。どっちも新人隊員として扱うように」

 ざわめく男たちにそれだけ言って、隊長は後ろで草をついばんでいたニワトリ魔獣ユウにまたがった。ちょいちょいと手招きでカノを呼ぶので、冬子が抱えて隊長の前に座らせる。

「お前さんはその網を忘れずにの」

 そう言って布の塊を指差したことで、冬子は自分が運んできた物が網だと知った。

「で、結局なにをするんですか。こんな網を持って」

 歩きはじめたユウの隣に並び、布にくるまれた網を背負って冬子が問う。自分の体よりも巨大な塊を軽々と運ぶ冬子に後ろに続いて歩き出した隊員たちからどよめきが上がるが、そんなものは無視する。

「マイという魔獣を捕まえるんじゃ。風に乗って移動する魔獣でな、ちょいとこいつを使って試してみたいことがあるんじゃ。どんなのかは今から見るから、説明せんでいいじゃろう」

「はあ」

 説明とも言えない隊長の説明に、冬子はあきれてため息とも相づちともつかない声を出す。このおっさん、ワンマンてやつなんだろうな、と冬子は思った。上司にはしたくないタイプだ。

 ついでのように、カノの騎乗練習にもちょうどいいからな、と付け足されて、緊張していたカノの肩にさらにチカラが入る。乗馬すらしたことがないであろうカノは、まだまだ魔獣の背中に慣れないようだ。

「マイの群れが一昨日、目撃されとるからな、まだそれほど移動しとらんはずじゃ。さっさと捕まえに行くぞ」

 一人だけ楽しげに隊長が言い、少しだけ速度をあげるのだった。

 どれくらい歩いたのだろうか。カノが少し騎乗に慣れて、景色に目をやる余裕が出てきたころ。

 青い空にぽかりぽかりと浮かぶ小さな白い物が見えた。

 雲だろうか、と冬子は思ったが、どうにも位置が低いように見える。

 遠くに見えるその物体を見定めようと冬子が目を凝らしていると、それに気がついた隊長が手でひさしを作って同じ方向を見やった。そのころには、空に浮かぶ小さな物体の下方に白い塊が見えはじめる。

「おお、見えてきたな」

 塊を見つけたのだろう隊長の言葉に、カノが反応した。冬子と隊長が向いている方向に目をやり、魔獣の背中にまたがったまま背伸びをして空を見ているが、わからないのだろう。一生懸命に首を伸ばしている。

 見かねた冬子が口を開いた。

「カノちゃん、もうちょっと下だよ。白い雲みたいなのが浮いてるの。見える? 」

 冬子が言う間も討伐隊一行は止まらないため、白い浮遊物はどんどん近くなる。

「あっ、見えたよ! 白い、雲……? 」

 ようやく見つけたカノは嬉しそうに声をはずませるが、その声は尻すぼみになり最後は疑問系になる。横で同じものを見ていた冬子は、カノが微妙な反応になる訳がよくわかった。

 先ほどより近づいたことでより鮮明に見えてきた空に浮かぶ物体は、雲よりもはっきりとした形を持ち、明らかな陰影が見てとれる。

 雲のように白い色をしているそれは、よく見てみるとなにやら小さな物がたくさん集まって出来ているようだ。一つ一つがもこもことした白い塊で、風に流れているのか自ら動いているのか、もわもわと形を変えながらそこに止まっている。

「わたがしみたいだね」

「入道雲……にしては地面から生えてるように見えるなあ」

「もこもこしてて、マシュマロみたい」

「泡風呂っぽいかも」

 冬子とカノがその正体を口々に推測する中、討伐隊を引き連れた隊長はそのまま進み、白い物体にほど近い場所で止まった。

 塊までの距離はおよそ二百メートル。地面から立ち上るようにしてできている物体は、見上げるほどに大きい。

 そして、近くまで来たことでその塊を形作っている小さな物の正体がわかった。

「白い……ヒツジ? 」

 見ている間にももわもわと形を変える塊を見上げて、カノが呟く。視線の先には、白くもこもことした毛に覆われたヒツジが浮かんでいる。

「ヒツジ雲、って言っていいのかな……」

 地上にほど近い部分にいるヒツジたちが、むしゃむしゃと草を食べているのを見ながらぽつりとこぼした冬子の耳に、メェ〜とどこか間の抜けた鳴き声が聞こえた。

 冬子とカノがヒツジ観察をしている間に、討伐隊の人びとは隊長を囲むようにして集まっていた。

 いつの間に魔獣から降りたのか、隊長は冬子の運んできた布の塊を解いている。

 それを見たカノが、自分一人で魔獣にまたがっていることに気づいて慌てて巨大ニワトリの首にしがみつく。その衝撃に驚いたのか魔獣がとっとっ、と足踏みしたため、冬子は急いで揺れる手綱をつかんだ。

 魔獣はすぐに大人しくなり、暴れなくて良かった、と冬子が胸をなでおろしていると隊長が呆れたような声で冬子とカノを呼ぶ。

「そこの小さい二人組、遊んでないで前に来い。説明するぞー」

 二人でばたばたしているうちに荷解きを終えたのだろう。いつの間にやら隊員たちの輪が二つに分かれて、隊長の所まで真っ直ぐな道ができていた。

 人垣の先で手招きする隊長を見て、冬子は彼女に手を貸し魔獣からおろす。身軽になった魔獣ユウは、ぶるぶると羽を震わせると地面をついばみ始めた。

 並んで立った冬子とカノは、左右に集まる全員からの視線を受けて緊張したように恐る恐る隊長の元に向かう。

 歩きながらちらちらと横目で見ていたが、列の中にイーラとネスクの姿を見つけることはできなかった。彼らがいれば少しは心強いのに、と冬子は落胆する。

「のんびりしとると、あいつらが逃げてしまうぞ」

 腰にカノをくっ付けた冬子がもたもたとたどり着くと、待ちわびていた隊長が白い羊の塊を指さして言った。

 その動きにつられるように羊の群れに目をやれば、地面から湧き上がるように集まっていた羊たちは、もこもこふわふわと流れるように移動をしている。一頭一頭はゆったりとした動きであるが、全体に目を向けると白い固まりは徐々に上方を大きくしているようだった。

 それに気がついた隊長が、隊員たちに指示を出す。

「お前ら、これを広げるんじゃ。マイが移動する前に、早く! 」

 隊長の声に従い、隊員たちが広げたのは網だった。冬子が背負って運ぶほどの布に包まれていただけあって、かなり大きな網である。

 大部分は畳んだままにして一端を広げただけなのに、その端を持つ隊員の姿は遠くに小さく見えた。

「さて、フユ。こっちを持つんじゃ」

 畳まれたままのもう一端を指して、隊長が言う。

 妙ににこやかで楽しげな姿に、冬子はこのおっさん面倒なことを言う気だな、と身構えた。カノも冬子にくっついたまま、不安げに隊長を見つめている。

「今日は、魔獣を捕獲するぞ」

 そう言って、隊長は空に湧き上がる羊の群れを見上げるのだった。

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