第8話
私が逃げ出せばユリウス殿下は暗黒の帝王と化しこの国に厄災をもたらすという。それでなくても元々私には、国や家に背いて逃げ出す勇気などない。どうせ逃れられぬ運命だというならば、なるべく快適に過ごせる環境を手に入れる為の努力をしなければ。
ユリウス殿下に、鎖を着けなくても私は逃げないという事をわかってもらうにはどうしたら良いか。なんとしても監禁されて性奴隷になるという未来は避けたい。
食事を摂る気になれなかった私は、ユミルと別れた後、カフェテリアとは別方向の校舎裏へと向かっていた。お昼時にこんなところへは誰もやって来ないだろう。溜息をつきながら校舎の間を抜けて裏へと差し掛かると、不意に視界の端に「心を読む」というボタンが浮かび上がる。
ん? これ、ユリウス殿下の────?
私は高速で建物の陰へと身を隠した。何故ならそこには、道端に生えた草の中に、埋もれる様に体育座りで膝を抱える、ユリウス殿下の姿があったからだ。
あ、あっぶな! ボタン出なかったら絶対気付きませんでした! というか、何故こんなところで体育座りを??
ボタンを押すと、例のごとくユリウス殿下の声が頭の中へと流れ込んでくる。
【・・最悪だ。絶対嫌われた。クローディアに】
え?
【やっぱり無理、って言ったよな。手に触れる事すら無理。生理的に受け付けないって事。やっぱり俺ってめちゃくちゃ気味の悪い奴なんだろうな。髪も目もこんなに黒いし】
え? え? いやいや、殿下はめちゃくちゃ見目麗しいですよ? 女子もキャーキャー言ってますし、その濡れた様な黒い髪も目も妙な色香がありますし、むしろ美形なのを鼻にかけて周りを見下してるタイプの人かと思ってましたが。
殿下って本当に、見た目と考えてる事が全然違うんですね。アレをそういう風に捉えるとは・・これは流石に申し訳ないです。
【こんな事ならやはり近づくんじゃなかった。今まで通り遠巻きに見ていた方が良かったんだ。終わった俺。あーあ、もう何もかもがどうでもよくなってきたな。幸せな奴とか死刑。カップル死刑。顔のいい奴もコミュ力高い奴もみんな死刑。あー、なんか虐殺してやりたくなってきた】
落ち込み方が闇!!
ま、まずい。誤解をちゃんと解かなくては・・!
「ユリウス殿下!」
殿下のあの温度の無い黒い瞳がこんなにも見開かれるのを私は初めて見た気がする。彼は呆然と膝を抱えたまま、突如現れた私の姿を凝視していたわけで。
「こ、この様なところでお会いするなど、奇遇でございますね殿下。食欲が無くて散歩をしておりまして・・殿下はもう、お食事は取られたのですか!?」
「いや・・俺もあまり、食欲が無くて」
【君に無理って言われたショックで】
そ、そうですよね! すみません!
「もしよければ、お、お隣よろしいですか?」
ユリウス殿下の黒曜石が、再び見開かれた。
「ああ・・どうぞ」