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第3話

「ど、どうした、クローディア・・?」


 まずい。思いっきり叫んでしまった・・。

 流石のユリウス殿下もちょっと変な顔してるわ。

 私は慌ててスカートの裾を持ち上げ、カーテシーをする。


「ご、ご機嫌よう、ユリウス殿下・・。これからお目にかかる機会も増えると存じますが、どうぞよろしくお願い致します」


 しかし心の中は動揺でぐちゃぐちゃになっていた。本当にこれがユリウス殿下の心の声だという事なの!? 確かにオーウェンは卒業後、騎士団に入隊して国境の辺境へ赴任になるんだわ。それで王都を出る前に、私を心配してあのカナリヤをプレゼントしてくれて・・。


 え? もしかして殿下がカナリヤを殺そうとしたのって、オーウェンからのプレゼントだったからだとか??


「・・クローディア。息災でなにより」


 ユリウス殿下は再び冷たい瞳で私を一瞥すると、短い挨拶だけを残して歩みを進めた。するとその後ろをついていた取り巻き達も歩き出す。その中の一人の女性に肩をぶつけられて、私は無様に体勢を崩して尻餅をついてしまった。


「あら、申し訳ありませんクローディア様。・・地味だからよく見えなくて」


 金色の髪の少女は、クスクスとそう笑ってみせた。アーシャ・ディアス────随一の美姫と名高い令嬢で、実家の伯爵家は事業で成功し莫大な財を成した成功者だ。財力だけなら我々公爵家を凌ぐ勢いという事もあり、若干天狗になっている社交界の花である。そしてユリウス殿下は彼女のこの態度を見て────いつもの通り、私に冷たい一瞥をくれただけであった。


 学園生活の二年間、私は常に彼女達のこうした心無い態度に晒されていた。しかし殿下はそうした彼女達の態度を前にして、それを咎める様な事はした事が無かった。私を庇わない殿下を見て・・彼女達は私を見下し、嫌がらせはエスカレートしていくのだ。

 そう・・私はいつもこうして、殿下から冷遇を受けていた。冷静に考えて、好かれているなどあり得ない事だろう。やはり先程の謎の声は、私の妄想で────。


【・・このアーシャとかいう女、彼女を敵視しているのか。まぁいい、その方が俺にとっても都合が良い】


 ・・ん?


【女と言えど仲良くなられては困る。女共の頭の中など色恋の事だけだ。奴等に感化されて着飾り始めでもして、それでもって俺の目の届かぬところで茶会など催されてみろ、すぐに男共が群がってくるに違いない】


 んん??


【彼女が孤立すればするほど良い。彼女に取り入ろうとする者がいれば、近づかぬよう排除せねばならん。そして彼女の孤独な世界で、俺だけが頼れる存在となるのが理想だ】


「・・はぁぁぁぁ!? 何よそれっ」


「クローディア、大丈夫かお前?」


 座り込んだままだった私を、オーウェンが心配して肩を支えた。心配は突き飛ばされた事になのか、一人で叫んでる事になのか、どちらかはわからない。


 しかし。


【・・その為に最も邪魔なのはこの男だ。また性懲りも無く俺のクローディアに纏わりつきおって。絶対オーウェン殺────】


「大丈夫だから私に構わないでオーウェン!」


 オーウェンが驚いてこちらを凝視した。そりゃそうだ。


 気がつくと、前方を歩いていた取り巻き達も私の声に気づいて、振り返ってこちらを見ていた。

 その中に・・もちろんあの、憎しみの込められた黒い瞳も。


「本当に大丈夫か? 変だぞ、お前・・」


 大丈夫じゃないかもしれないのはオーウェン、貴方の方です・・。


 



◇◆◇◆◇◆



 なんという事なの・・。

 オーウェンが辺境送りになったのは私のせいだったかもしれないなんて。

 彼は昔から国の精鋭である近衛隊に憧れて、剣の腕を磨いてきたというのに。その努力を私はずっと、見てきたというのに────。



「きゃっ・・」


 歩いていると不意に何かに足をとられ、私は手にしていた教本を床へと散乱させた。周囲の注目が集まり気恥ずかしさから拾う手が早まる。


「まぁ。地べたに這いつくばって、みすぼらしい事」

「どうしてあの方が殿下の婚約者なのかしら。アーシャさんの方が余程殿下とお似合いですわ」

「本当、生まれた家柄が全てなのよね。こればかりはどう努力しても無理だもの」


「・・・・」


 転んだ理由は分かっている。でも彼女達と喧嘩をしようなどという気力は生憎持ち合わせていない。だからこうしてただひたすらに理不尽に耐える事が、私に出来る対処法だった。私だって殿下の婚約者なんて望んでいないわ。許されるならばお断りさせて頂きたいのに。そんな悪態を心の中で呟くくらいしか。

 そんな私を見かねて、一人の眼鏡をかけた男性が散らばった教本を拾ってくれた。


「ありがとうございます」

「いえ、とんでもない。ユンヴィ公爵家のクローディア様ですよね。僕はガーベリア子爵家のユミルと申します。何かお困り事があれば何なりとご相談ください」

「あ、ありがとうユミル・・」


 その時、背中にぞくりとした気配を感じて私は後ろを振り返った。するとその先には、遠巻きに私の様子を監視する、あの黒い瞳が・・


「た、たまたま貴方の足元に落としてしまって申し訳なかったわユミル! 拾わざるを得ないものね! これを無視して素通りできる人ってなかなかいないわ!」


 ああ。ユミルが不可解だと言わんばかりの顔をしているわ。お友達ができる機会をまた一つ失ってしまったわね。

 まぁでも、そうでなくても私にお友達なんて出来ないし。いつもこうして親切に話しかけてくれた人も、しばらく経つと私を避け始めるのよね。きっと自分の気付かぬうちに余程失礼な事をしているんだわ。ため息をつきながら自席へと戻ると、その脇をユリウス殿下が通り過ぎた。彼との距離が近づいた時、またあの「心を読む」という謎の四角が現れたので、気になってしまった私はつい、あのボタンを押してしまった。


【ユミル・ガーベリアか・・クローディアに恩を売って近づこうというつもりか? ふざけた真似を】


 えー、まって!? 私が不審がられながら言った言葉、全然聞いてなかった!? 不審がられ損じゃないのぉ!


【とりあえず、俺が王位についたら殺す奴リストに記入しておこう】


 待て待て待て待てーー! 心せまっ!!

 というか、殺す奴リストって何ですか!?


【またクローディアに近づこうという気配がないか、しばらく監視だ。もしも性懲りもなく彼女に話しかけでもしたら・・然るべき処置をしなければ。もう二度と妙な気を起こせぬように、な・・】


 友達出来んかったのお前のせいかーーーーー!?


 然るべき処置って何!? 確かに私を避けてた人達、怯えた様な目をしていた様な? どんな脅し方してたの?? 


 つまり私の学園生活の二年間が最悪だったのは、全て殿下の差金だったという訳なんですか・・?


「いくらなんでも、酷すぎるよぉ・・」



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