第4話
「何度やり直してもあんな人と上手くいく訳がありません!!」
私が人生で初とも言える、憎悪の籠った睨みを利かせると、女神シルフィ様はその愛らしいご尊顔を引き攣らせた。
「いやぁ・・それだけ愛されてるってコトだからっ。羨ましいなぁ〜」
「羨ましい訳ないでしょう!?」
家に戻った私は悩みに悩んだ末、女神シルフィ様を祀るアポロトス神殿───縁結びのご利益があると評判の女子に大人気のスポットでもある───に大量のお供えを持って参上した。あの時シルフィ様は確かに「随分と沢山の貢物を貰ったから」と言ったのを思い出したのだ。
「こちらをお納め下さい、そしてどうぞ、今宵夢でお会いしたく存じます・・」
そう熱心に唱えた結果、夢での邂逅が実現したのである。
「私の学園での不遇の原因は、全て殿下のせいではありませんか! おまけにオーウェンを左遷したり、うっかり親切を受ければその相手が疎まれてしまうんですよ!? いくら好きだという気持ちからなのだとしても、許されませんよ、そんな事!」
「クローディア一旦落ち着こう。ほら、アタシの肉球ぷにぷにしていいからさぁ?」
シルフィ様はモフモフの手の裏の肉球を見せながら、愛らしく首を傾げて見せた。すっごくカワイイし触りたいけど、ここはグッと我慢し強い姿勢を保つ。
「とにかく! シルフィ様のお力でユリウス殿下にはどうぞ私以外の方とご縁を結んで下さい!」
「それがねぇ、私の力でもそれはできないのよ。アンタ達は一応、運命の番的なね。稀にいる攻略難度最高ランクの、神の腕試しっつーか、暇つぶしっつーか・・とにかくアンタ達をくっつけられないと、せっかく育てたこの国に酷い厄災が訪れるって訳」
「え? 酷い厄災ですか?」
「そう。アンタが死んだ後、ユリウスはどうなると思う? 完全に闇堕ちして、家臣の追放や虐殺を繰り返し国は荒れ、経済は停滞し、各地で反乱が起こり捉えた民衆を大量虐殺する・・稀代の暗君として歴史に名を残す事になるのよ」
・・・・。
「ん? どした?」
「いや・・心当たりがありすぎまして。私の幼馴染を辺境へ追いやるとか、殺す奴リストなんてのもつけてましたよ」
「ああ、デスノートね。あれほんとにヤるから」
「なんという事でしょう・・。ユミルの命が危ないです」
青ざめる私に、シルフィ様は心底哀れむ様な眼差しを向け、モフモフの愛らしい手でポンと私の肩を叩いた。
「分かったでしょ? この国の運命はアンタにかかってんのよ、クローディア・・」
「無理です」
あんな方は私の手に負えません。
「ユリウスも可哀想な奴なのよ。アンタだって知ってるでしょ? あの子の生い立ち」
むっ・・
「監禁中に随分酷い目に遭ったみたいでねぇ。それが王太子に返り咲いた途端、みんな手の平返してさぁ。そりゃ人間不信になるってもんよ。そう思わない?」
ぐっ・・
「ユリウスがあんななのは恐怖なのよ。ある日突然、また全てを奪われるのではないかっていう。大切なアンタを失わないよう、必死なんだわ」
────奪われる恐怖・・?
あの粗末な離宮の鉄格子から、じっと外を見つめる黒い瞳が脳裏に甦った。
あの中に閉じ込められて7年もの間、殿下は何を思って過ごしていたのだろう。きっとその景色は私の想像の及ばぬものであったに違いない。シルフィ様の言うとおり、つい最近までそんな生活を強いられてきた殿下に、正常な人間関係を築く能力がないのは当然のように思われた。長らく彼の世界で他人は、敵であり、奪うものであり、呪詛の対象であった筈なのだ。
「・・どうして私なのでしょう」
「それは本人に聞いてみたら。アンタ達はもう少し、お互いを知る努力をするべきだわ」
「────待って下さいシルフィ様・・」
シルフィ様を追って伸ばした自らの手が、天井を背景に視界へと映り込む。そこは実家のベッドの中だった。しばらくの後、コンコンコンコンとドアをノックする音が聞こえて、いつもの通りにマリアが顔を覗かせる。
「おはようございますお嬢様。今日もいい天気でございますね。さぁ、お支度を始めましょう」
「・・ええ」
マリアがカーテンを開けると春の強い光が差し込んでくる。窓から映る澄み切った青い空も風に揺れる広葉樹の深い緑も、その日の私には眩しすぎる様に感じた。
「私に何ができるって言うんですか・・」
「はい? お嬢様、何かおっしゃいましたか?」
「なんでもないわ・・」




