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永遠の冬  作者: 朱鷺田祐介
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【4】雪狼

運命の劇場へようこそ


北原のグリスン谷に住む少年ウィリスは、冬の神「冬翼とうよく様」と出会い、新たな道を歩みだす。


拙作ダーク・ファンタジーTRPG「深淵」の世界観を元に描き出した幻想物語。

 暖かな日差しの中でしか咲かぬ花があるように。

 川辺の水の中でしか生きられぬ魚がいるように。

 雪狼は冬の寒風の中でしか生きられぬ。

 そして、それゆえに彼らは飢え、獲物を殺す性を背負う。


 9歳の冬。

 ウィリスはゼルダ婆の家で薬草を擦る日々を過ごすことになった。

 婆に預けられたウィリスはまず、婆と山を歩いて薬草の名前を教えられた。雪の降る前に、野草と薪を集めておかねばならないから、背負子を背負い、籠を腰にぶら下げての山野行である。

「あれが野蒜、あれが大蒜。いずれもうまいし、精がつく」

 食べられる草、食べられない草。

「紅天幕は食べられぬ毒茸じゃが、干して粉をひとかけ溶かした茶は、吾郷あごう病の発作を止める」

 毒々しい赤い茸。父には近づくなと言われたが、婆は厚手の手袋でそれをすいと掴み取る。

「吾郷病?」

 ウィリスは初めて聞く病気の名前だった。

「流刑地に多い、心の病じゃ」

 ゼルダ婆は腰の籠に茸を入れながら答える。しかし、これまたウィリスには分からない言葉だらけ。

「るけい?」

「悪いことをするとな、その地から追い払われ、遥か遠い鉱山や山野で働かねばならぬのじゃ。

 戻ることもできぬ者の中には寂しさに負けて、気狂いになってしまうものもいる」

 ゼルダ婆は曲がった腰をぐいっと伸ばし、山の斜面の向こうに見える峠を指差した。

「峠の向こう側、ミネアス様の荘園もそうじゃ。

 あちらを流れるゴズ川は砂鉄が出る。流刑の者はひなが一日、河で砂鉄掘りじゃあ」

 砂鉄掘りが何をどうするのかは分からないが、ずいぶんと怖そうに聞こえた。

 谷を出たことのないウィリスにとって、峠の向こうは見知らぬ土地だった。ミネアス様の荘園すら、このグリスン谷からは歩いて三日はかかるが、ウィリスはそこに通じる峠にさえまだ行ったことがない。

「峠の向こうは……」

 言いかけたウィリスの頭を婆の手が優しくなでた。

「怖がることなどない。いずれ、お前もあの峠を越える」

 ゼルダ婆の言葉は獣のうなりにさえぎられた。

 婆はさっと周囲を見回しながら、ウィリスの腕をつかみ、近くに引き寄せた。

「熊かね? 獣避けのまじないはしたんだが……」

 婆は呟き、懐から小袋を取り出す。

「ラージェレ様のご加護のあらんことを」

 うなり声のした藪のあたりから、ぞっとする寒風が吹きつけてきた。急に寒くなって、ウィリスはがたがたと震えた。

 しかし、その寒風に、ゼルダ婆は微笑んだ。

「……そこまで……」

 婆は呟くと、ウィリスに振り返った。

「ご挨拶の用意を。御使いじゃ」

「御使い?」

「冬翼様の御眷属様じゃ」

 婆は籠と背負子を地面に置き、自らも地面に座り込んだ。

 ウィリスも慌ててそれに習う。

 その間も藪から吹き付けてくる寒風はさらに冷たいものとなり、ちらりちらりと雪の欠片を含むようになった。

「御顕現を」

 婆が叫ぶと、藪から吹き出ていた寒風はすっと渦を巻き、白い風雪が一頭の巨大な狼に変じた。白い、白い雪のような狼であった。

「雪狼だ!」

 ウィリスが驚いて叫び、婆の袖にすがった。

 雪狼は恐ろしい冬の魔性である。雪狼は吹雪とともに村に忍び込み、人を凍らせてしまう。グリスン谷の子供たちは皆、親から聞かされて知っている。

 しかし。

 ウィリスは婆の袖にすがりながら、雪狼から目を離せないでいた。

 その毛皮は雪のような純白、その瞳は空の青。

「綺麗だ」

 ウィリスは婆の袖を離し、一歩、前に出た。

 吹き付ける寒風はさらに厳しくなり、顔に雪片がはりついたが、気にせず、雪狼に近づいた。

「ようこそ、お出で下さいました」

 婆が後ろからささやく。お迎え役の口上だ。

「ようこそ、お出で下さいました」

 ウィリスがつっかえつっかえいうと、雪狼もまたお辞儀をするように頭を上下に振った。

 そして、雪狼も一歩前に出た。

 冷たい吐息がウィリスの顔にかかったが、もう気にならない。空の青に染まった雪狼の瞳がウィリスの目を捕えて離さなかった。

「お出迎えを感謝する」

 澄んだ、そして、同時に重たい声がウィリスの頭に響いた。

 そして、次の瞬間、雪狼は冷たいつむじ風に代わって消えた。ウィリスの全身を冷たくもやさしい手が何本もなでていき、最後にぎゅうと抱きしめていった。それは氷のように冷たかったが、ウィリスは気にならなかった。まるで母の抱擁のように優しいものに思えた。


 最初の冬はそうして始まった。

 永遠の冬がやってくるのはまだまだ先の話である。



拙作ダーク・ファンタジーTRPG「深淵」の世界観を元に描き出した幻想物語。


朱鷺田祐介の公式サイト「黒い森の祠」別館「スザク・アーカイブ」で連載され、64話で完結したものを転載いたします。


http://suzakugames.cocolog-nifty.com/suzakuarchive/

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