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魔導學校第六十六期生活動記録〜常闇より降誕す〜  作者: 甘木人
第2章 せいぎのみかた
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2-4 せいぎのみかた

 隣の部屋は手術室を兼ねているという。今、芹沢は移植手術の準備をしている。

 その間、芹沢のゴミに埋もれた部屋にいる。六ヶ崎リョウトは淡々と部屋にある生ゴミを捨て、カビの生えた食器を嫌な顔一つせずに洗っている。


 ようやく顔を覗かせた、変色した畳の上に腰を降ろす。


「北条真人、一つ聞きたい。何故、貴方は窃盗を?」


「弟の病気がここまで酷くなる前だったから、ちゃんとした病院で診てもらおう思ってね。その為の治療費さ」


 ぽそりと窓の外に広がる街並みを見ながら口を開く。


「正直、治療費が高かったんだ。それでも僕は寝る間も惜しんで必死に働いた、弟のためだ、辛くなんてなかった。でも足りなくて。だから、実家の土地を売ったんだよ。まあ、都市部ではないからそれほどでもなかったんだけど、弟の治療費は賄えるくらいにはなる……はずだった。いや、参ったよ。まさか『土地は買ったが、家は不要。取り壊し代を間引かせてもらう』なんて言いだしてね」


「事前にそういったことは」


「ないよ。完全な後出しさ。でも、向こうは素早かった。瞬く間に契約を上書きして、書類上は合法的に済ませていたんだ。手慣れているだろう?」


 自嘲しながら続ける。


「僕はね、その時に間引かれた代金を取り戻したんだよ……分かってる。どんな理由があろうと、向こうに正当性はある。細工されてるとはいえ、正式な書類があるんだからね。だから僕は罪人だ。これは抗い様もない事実だ。ただ、捕まる前にせめて手術を、と思っていたんだけど……はは、運が悪いね、捕まっちゃったんだ。ただ、なんとか脱走してやった。きつかったけどね。それでも逃げ出してしまえば、芹沢先生のところに行ければって思ってたんだ」


「どうやってあの医者を?」


「懇意にしてくれた看護師さんが教えてくれたんだよ。変わり者の医者がいるってね」


 それでも八坂は広大だ。人を探すのは困難であっただろう。


「でも、いやあ、まさかあんな大々的に指名手配されるとはね。しかも囚人服だろ? 衣服を盗むにしても、その前に通報されるかもしれない。そうなれば終わりだ。夜な夜な行動するにしても、ここは八坂。昼夜関係なく人通りはある。諦めかけたよ。でもその時に、彼に出会ったんだ」


 悪臭漂う厠の掃除をする六ヶ崎リョウトに視線を向ける。


「最初は驚いた顔をしていたけど、事情を話したら何をしてくれたと思う? 服を買ってきてくれたんだよ。あと髪を切ってくれたりさ。そして、連れていくって言ってくれた」


 北条真人の口調は、まるで自慢話でもするかのような色を宿している。目は爛々と輝き、口調は軽い。


「警戒なんて微塵もなく、僕を信じてくれた。囚人だよ? 犯罪者だよ? それなのにさ、魔導官なのに、信じてくれた。弟を救うのだろうって言ってくれた」


「……だが」


「分かってる。正しいのは君で、彼が間違っている。それでも嬉しかったんだ。だって彼がいなかったら、きっと弟は助からないだろうからね」


 その言葉に小さからぬ動揺が生まれる。

 そう、彼の言う通りだ。もしもあたしが北条真人を見つけ、確保していたのならば、称賛を浴び、自身のなした正義に酔いしれていただろう。それは八坂に住まう人々にとって安寧を与えるものだろう。

 

 しかし。


 そうなれば、一人の人間が命を落としていた。咎人ではない、救うべき無辜の民であるというのに。


 もちろん、全てを救うことは出来ないことはわかっている。だとしても、あまりにも残酷な結末ではないか。たった一人、看取られることもなく、治療も受けられずに死んでいく。果たしてそれが正義なのだろうか。自らの為したことが正しかったと、胸を張って言えるのだろうか。


 否。


 『気づいてしまったからこそ』の苦悩だ。気付かなければ、誇ったに違いない。与えられる称賛に顔をほころばせていたに違いない。


「おお、随分と綺麗に片付いたじゃねえか」


 扉がの向こうから、壮年の男性が現れる。長い髪はひとくくりに纏められ、堀の深い顔立ちが際立っている。強い意志の宿る黄色い瞳ときりりと整えられた眉。


「せ、芹沢さん、か……?」


「おうよ、見違えたか?」


 おそらくは手術に備えた身支度程度なのであろうが、あまりの変容に唖然とする。浮浪者のような姿は完全に消え失せ、確固たる自信と確かな知性を宿した存在へとなっていた。


「なんだってあんな薄汚い恰好を……」


「面倒くさいだけだ、風呂に入るのも髪を切るのもな。片づけなんてもってのほかだ。さてと、おい、始めるぞ」


「わかりました……弟を頼みます」


「任せろ。完璧にこなすさ」


 多くは語らない。

 覚悟と、信念を宿した顔貌で頷きあう。


「ああ、嬢ちゃんと兄ちゃんは帰っていいぞ」


「む」


 確かにもうやれることは何もない。この期に及んでも警察に引き渡すという事も出来ない。

 事が済むまでは、手を出せない。せめて手術が終わるまでは。


「六ヶ崎君」


 一通りの掃除を終えたリョウトに真人が声をかける。


「ありがとう。君に会えて本当によかった」


「いえ、俺は……」


「僕は事が済んだら自首をする。だから、お礼を言っておきたかったんだ。今後会えるかどうか分からないからね」


 窃盗罪に脱獄。刑期が重くなるのは明らかである。それでも、北条真人の顔は穏やかだった。満足げですらあった。


「……ですが」


「『僕は君を脅迫し、道案内を命じた』」


「!」


「僕は一人で脱獄し、ここに来た。その際、念のために少年を人質にした。誰の助力も得ていない。だから君に罪はない」


 あくまでも全ての責任を負うという覚悟が伝わってきた。

 六ヶ崎リョウトは瞼を降ろし、小さく頷いた。


「……わかりました。貴方の意思に従います」



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