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02 きちょうめんな人たちの村(後)

 ロンリたちが入れられた部屋の鍵は、翌朝まで開かれることはなかった。

 建物はしっかりしていて、体当たりをしてもまるで手応えがない。

「オッケーdoogle、この建物から出る方法は?」

『外から鍵を開けてもらうと良いでしょう』


 ロンリはふとんの上にひっくり返った。すると、ロンリが自覚していなかった疲れが体を覆って、たちまち立ち上がる気力がなくなった。

 ロンリはそのまま目を閉じた。



『ロンリ。朝です』

 耳元で何度も声がして、はっきりと聞こえたのはしばらく経ってからだった。

 ロンリは体を起こした。

 ふとんの上に眠ってしまったので、体が冷たかった。

 壁の間からうっすらと光が差し込んでいたが、窓はなく、部屋は薄暗い。

「目覚まし機能?」

『目覚ましを解除しますか』

「しない」


 しん、と静かだ。

 外から規則的な音が近づいてくる。足音だ。

 ロンリが思ったとき、ドアからガチャガチャという音が聞こえた。鎖をじゃらつかせている音は、とても大きな音に聞こえた。


 ドアが開く。

「おはようございます」

 男は言った。


「どういうつもりですか」

 ロンリが言う。

「おやすみいただいただけですよ」

 男は堂々としていて、すこしも引け目を感じていない。


 ロンリは、はっとした。

 男の背後には、数人の男がいたからだ。足音では気づかなかった。

「オッケーdoodle」

 いつでもAIスピーカー反応が得られるようにした。

「なにを?」

 男は言った。

「別に」

「我々は、ただ、与えたものを受け取ろうとしているだけです」

 男は言う。


「我々はあなたの猛毒を取り除き、食事と寝床を与えました。ですからあなたは我々に対する、なにかの利益を返すべきだ」

 ロンリは、男たちの言っていることと、言っていないことを理解しようとした。

「強制的に、ですか?」

「それが正しい人間というものです」

 男は言った。

 ロンリはある程度の覚悟をした。

「なにをすればいいんですか」


 ロンリは、足首に金具をつけられた。そこから鎖がのびていて、その先はロンリにいろいろ提供してくれた男の足首につながっていた。


「我々の畑仕事を手伝ってもらいたい」

「畑仕事?」

 農具を持って畑に移動した。

 この村の畑は、どれが誰の畑、としっかり区分けされているという。

 

「今年は作物が不作で、食べ物に困っているのです。最低限の蓄えはありますが、子どもたちにひもじい思いをさせてしまっている」

「それで?」

「ロンリさんには新しい畑を作り、作物を育てる手伝いをしていただきたい」

「いつまでですか?」

「来年のいまごろまでです」

 ロンリはすぐに言葉が出なかった。


「さすがにそれは、こちらの負担が大きすぎます」

「ロンリさんには、魔物の毒を消す貴重な薬草を使いました。足を失えば獣のエサになっていたでしょう。命がかかっていました。一年でも短いくらいでは?」

 男は言う。


「オッケーdoodle。あの薬草はどれだけ貴重なものだ」

『価値の示し方とは多様なものです。金額でよろしいですか』

 異世界の貨幣価値で言われても。

「この村の労働で換算するとしたら?」

 AIスピーカーは三十秒ほど黙っていた。

『難しいですが、一年間の労働は適切でしょう』

 AIスピーカーの声に、男は笑顔を見せた。

「ロンリさんの魔法でも同じ結論が出たようですね。それにしても面白い魔法だ」

「この近くで食べられる植物はないのか。村の人が知らないものがあれば」

 ロンリは男を無視して、AIスピーカーに言った。

『森に木の実はありますが、可食部がすくないです。また、獣と戦う必要があります』

「獣は、開けた場所には出てきませんが、森にはたくさんいます」

 男は言った。


 爪の毒をのぞくための薬草が貴重品だというのなら、さらに負担が増えてしまう。

 いや。ロンリは考えた。

「この村では動物を食べる風習はありますか?」

「ありますが」

「あの獣は食べられますか?」

 男は、一緒に来ていた男たちのうち、一番年をとっている白髪の男を見た。


 白髪の男は首を振った。

「かつて、いまより人の数も多く、勇猛な男がおったころは、そうして食料の調達と安全の確保をしていたこともありましたが、やはり獣の毒は強く、いまはもう歯が立たん」

「獣を殺す方法があったとしたら、どうですか」

 ロンリは言った。



 ロンリと、男たち五人で森の中を歩いていた。毒を消す薬草を用意し、もし使うことがあれば、その責任はすべてロンリが負うと説明した。

「本当にいいのですね?」

 男は言った。

「はい。オッケーdoogle、獣はどこにいる?」

『あと二十メートルです』

 AIスピーカーが指し示した方向、木の陰から、あの獣が出てきた。


『横の木の近くをまわりこんで、もう一匹がやってきます』

 AIスピーカーが言うと、男たちはそわそわとまわりを見る。


「では行きましょう」

 ロンリと男の足はまだ鎖でつながっている。

 ロンリが進み、男がついてきた。鎖の長さは三メートルほどある。


 獣まであと五メートル、というところまで近づく。


「かなり近いぞ」

 男は言った。

 ロンリは咳払いをし、声を出す用意を整える。

「来た!」

 獣がこちらへ飛び出した。


「アウア!」

 ロンリは、獣が止まる例の言葉を叫ぶ。

 走っている途中だった獣は、おかしな体勢で急停止したため、倒れた。

 一秒刻みでロンリは叫ぶ。

 何度も叫んだ。

 獣は地面に倒れたまま、動けない。

 そこへ男が近づき、手にした槍を獣の頭に突き刺した。


 致命傷を負わせた、と見てわかったが、男が何度か槍を刺すまで叫び続けた。




「本当に行ってしまうのか」

 村の端で、男は言った。

 男の後ろには村の男たちがいた。

「僕は、元の場所にもどる方法を探したいので」

 ロンリは言った。手には布袋があり、中にはイモと野菜、それからいくらかお金を入れてくれた。

 男たちは、アウア! という叫び声の価値を、ロンリが命を救ってもらった恩を補って余りあると判断し、解放するだけでなく、手土産を持たせてくれた。


「もしもどってきたいと思ったら、いつでも来てくれ。歓迎する。ロンリさんには娘との結婚を考えてもらってもいい」

 男は言った。

「旅をがんばります」

 ロンリはそれだけ言うにとどめた。男たちの常識において、結婚、がどのようなものなのかわからないと、いい加減に返事をするのも危険な気がした。



 手を振って、ロンリはまた森に入った。

「オッケーdoogle、獣の位置を教えて」

『五十メートル以内に獣はいません』

「次の村の案内をしつつ、二十メートル以内になったらすぐ教えて」

『はい』

「他の危険な動物がいた場合も、その度にすぐ教えて」

『はい』


 ロンリは、AIスピーカーの案内で歩いた。

 まずは、ふつうに滞在できる村や町に行きたかった。

「このお金はどれくらいの価値?」

『低価格な宿なら一週間程度泊まれるでしょう』

 ロンリは、意外とたくさんもらえたと思いつつ、いまの自分は一週間先はどうなるかわからない程度のお金しか持っていない、非常に危険な状態だと感じた。そんな状況、人生で初めてだった。


 ただ不思議と、不安な気持ちはなかった。どちらかといえば、すこし浮き立つような気持ちだった。








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