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「あー笑った笑った、君不幸すぎるでしょー。それじゃあ聞きたい事どーぞ。」
エキドナさんは笑いすぎて目にたまった涙を手で拭いながら、俺に質問することを承諾してくれた。
うーんなに聞こうかなー。
「なんもわかんないです。いちから全部お願いします。」
俺は正直に何もわからないことを告白して頭を深々と下げる。
その腰の角度は90度。
エキドナさんは机をバンバンと叩いて笑っているし、小夜さんはというと呆れた顔で俺のことを見る。
でも、ほんとのことだものしょうがない。
「イヤーほんとに君おもしろいね、気に入ったよ。何にもわかってないってことだからまずは私のことから、
改めまして、わたしは“黒魔女”エキドナ。
一応この世界で最強の魔法使いの一人といわれています。
そして元々は学園の教師。専門は“黒魔法”。ここにいる理由だけどねお嬢ちゃん。
学園をクビにはなったんだけど、実験た……おほん、失礼。私は生徒が大好きでね。
未練を捨てられずにここに居を構えて、迷える生徒たちを導いているのよ。教師の鑑よね。」
エキドナさんはそう言ってウインクして見せるが、
あのひと絶対今生徒のこと実験体って言おうとしたよね。
「まあ、最近の生徒は根性も、体力もないのに強大な力を求めるからすぐに壊れてわたしが学園に運ぶ羽目になるんだけどね。
もー、どんなに魔術の反動少なくしても結局耐え切れずに壊れちゃうし、最近に至っては生徒が来ることもないし、
さすがの私もやる気なくなっちゃってたのよねー。」
そういうと肩を落としてずーんと落ち込むエキドナさん、喜んだり落ち込んだり忙しい人だな。
「私が教師してた頃なんかどんなにぼこぼ……おほん、愛の鞭が捗っても堪え切れたもんなのにねぇ、いやー時代は草食系だな。」
エキドナさんは昔を懐かしんでぼやくがうん、それめちゃくちゃババアっぽい。
おっと、エキドナさんがこっちを睨んでいる
え、なになに、黒魔法って心も読めるの?
「それが原因で、学園を追放になってしまったのでしょうか?」
小夜さんが遠慮がちにエキドナちゃんに質問する。
ナイス、小夜さん。図らずとも話題をそらしてくれた!
「まあそれもあるかもしれないけど、一番は単純に授業を受ける生徒がいなくなったことかな。
“黒魔法”は基本的に代価を必要としていて、体の中にある魔力と生贄なり血なり肉なり、簡単にいうと自分ないしはいけにえの何かを犠牲にして使用する魔法なの。
だから術者の負担が大きいわけよ。
まあその分威力は白魔法の比じゃないのだけれどね。
そして君たちが知っての通り、今の学園には“黒魔法”の授業はなくなって“白魔法”の授業一本になってしまった。
“白魔法”で使用する魔力は大半が自然のエネルギーで残りは自分の中にある魔力だから安全面と燃費は黒魔法よりも優れている。
いまや安定志向の草食系生徒ばかりの学園では白魔法のほうがニーズに合っているってことね。」
エキドナさんは別段悔しがることなく平然と言ってのける。
エキドナさんなら悔しがってヒステリック起こしそうなもんだけど。
「じゃあエキドナさんは学園に戻りたいとかはないんですか?」
俺のその質問を聞くとエキドナさんはびくっと肩を震わせて静止。
俺はその瞬間自分がまたやっちまったと理解した。
「……戻りたい、、、?ええそうね、戻りたいわね。
でもそれは黒魔法が教えられずに廃れるのを防ぎたいとかいうしょうもない義務感でもないし、
私が優れているのを証明したいとかいう意味のない自己顕示欲でもないわ。
わたしは、
あの女が気に食わない、
あの、白魔法の女が、
だから、学園に戻って、再び黒魔法を復権させて、
白魔法を、終わらせてやる。
そのためにも私は学園に戻らなくてはいけないの。」
エキドナさんの周りからは黒い靄みたいなのが立ち上り、赤い目はその靄の中で不気味に輝いて、その口は三日月形に狂気で歪んでいる。
空気は震え、俺は建物全体が大きく揺れているような感覚に襲われる。
おそらく、それは感覚などではなく現実にそうなのだろう。
横の小夜さんは冷や汗を流しながら鋭い目で俺を睨む。
お前のせいだ何とかしろということなのだろう。
完全に俺のせいですね、はい、頑張ります。
「あのー、エキドナさん。エキドナさんは何としてでも学園に戻りたいと。」
俺が念を押すようにエキドナさんの顔を覗き込む
「ええ、私は復権しなければいけない。」
完全に地雷を踏み抜いてしまったようでエキドナさんは最初の不機嫌が可愛く見えるぐらいに今は暗黒面に落ちてしまった顔。
シュコーという音が聞こえてきそうなほどだ
そしてエキドナさんの心の中を表しているように周りの靄はさらに濃くなっていく。
「じゃあ、俺が広告塔になりましょう」
そんなエキドナさんに俺は満を持して提案する。
その俺を鋭くにらむエキドナさん。俺はその威圧に少したじろぐがここで逃げたら元も子もない。
俺は覚悟を決めて、エキドナさんを見る。
「その目を見るとあながち口から出まかせってわけでもなさそうね。で、何をもって広告塔というのかしら。」
こっわ、この人なんて人殺せそうな目してるんだよ
「これから俺は多くのランキング戦を経験することになるでしょう。信仰者にも目をつけられていますし、Aクラスに上がるっていう目標もありますし
そこで俺が黒魔法を使って勝ち進んでいけばみんなの黒魔法への注目は上がる。黒魔法の需要も上がってエキドナさんは学校に復帰できるかもしれませんよ?」
俺は内心ビビっているのを隠しながら俺に黒魔法を教えることの利点を説く。
怒り狂うエキドナさん、そしてなぜかそのエキドナさんに自分を売り込み始めた俺
小夜さんはこのカオスと化した状況を理解できずぽかーんとしてしまっている。
すまん、小夜さん。俺にもわからん。
俺の言葉を聞いて、エキドナさんは鼻で笑い、やれやれといった感じにため息をつく。
「あのね、はっきり言って君には黒魔法の才能は無い。
ここでの才能とは魔力保有量を指すわ。じゃあ魔力を増やせばいいって思うかもしれないけれど、魔力を増やすための方法はいろいろあるけれど、短時間で増やすとなるとそこには想像を絶する苦痛が伴う。
多くの魔術を志す者がそれで命を落としてきたわ。」
エキドナさんはあきらめろと言わんばかりの表情でこちらに言いかけるが、なぜだか俺は全くあきらめる気はない。
というかむしろここまで言われたら引く気は毛頭なくなった。
「なるほど、でも俺、昔から体の強さには自信があるんですよ。だからきっとその苦痛ってやつにもたえられるんじゃないですかね。」
「あのね、そういって今までここに来た生徒は命を落としていったわ。またそうなるのが関の山じゃないかしら。」
「ええ、ええ、そうかもしれませんね。それなら俺で最後にしましょう。俺が最後の犠牲者で、そしてエキドナさんが学園に変えるための協力者です。」
俺がそう言うと、少しの間俺とエキドナさんんの間に沈黙が流れる。俺もエキドナさんも決して目線をそらすことはない。
俺は半分やけくそである。
「ならいいでしょう、君がそういうならすこし試してあげる。」
そういうとエキドナさんはぱちん、とこ気味いい音を指で鳴らす。するとエキドナさんの手元に見覚えのある赤い液体が現れる。
「それって、能力が手に入る赤い液体じゃあ……」
「いや、似ているけれどそれとは少し違うんだよね。これは “悪魔の血”。
その名のとおり悪魔から採取した血で、悪魔の血はその者の体を変えて悪魔に近くするの。
昔の魔女は成長とともに薄めた血を少しずつ摂取して魔力を上げていったのだけど、今回君にはこれを原液で、かつ従来の5倍の量を飲んでもらいます。
まあすっごいつらいと思うけど、死ぬ手前ぐらいで助けてあげる。弟子の息子が目の前で死ぬのは私の寝覚めが悪いしね。」
エキドナさんは並々血が入った親指ほどの小瓶をこちらに投げよこす。
俺はそれを両手でキャッチすると、その赤い液体の入った瓶をまじまじと見つめる。
「どうしたの?やっぱりやめと……」
エキドナさんが言い終わるのを待たずに俺は小瓶を開けて赤い液体を一気に飲み干した。
なんかここで時間開けちゃうとまた俺決心揺らぎそうだし、飲まないと俺現状詰んだままだし。
瓶から落ちる一滴まで飲み干す。
そして俺の感想は
「うえー、鉄の味がする。」
悪魔でも人間でも万国、どの種族でも血の味は同じなようだ。




