11 いまごろどこの空の下
「教えてやろう。掴んだばかりのネタだ、ハレサにもまだ話してないぜ」
「前置きはいいよ」
「はいよ。簡潔に言うとだな。タニアレスは魔術師を雇っちゃいない」
「――へえ?」
ティルドは片眉を上げた。
「そう、ハレサが目撃したのは確かに魔術師で、タニアレスとは少々の関係があった。ポージル邸にあるお宝についてはタニアレスから情報を得てたんだろうさ」
「何でそんなことが判るんだよ」
「おや、情報屋に情報源を尋ねるのはご法度だよ、少年」
グラカはわざとらしく目を見開いて言った。ティルドは唇を歪める。
「そんな決まりごとなんか知らねえよ、ただ、それがどうしたら口先の出任せじゃないって判るんだってことを訊いてるのさ」
「おや」
グラカはまた言った。
「情報屋によく回る舌は必要だがね、二枚は要らないんだ。ガセネタなんか掴ませるやつがいるとすれば、それは自殺志願者だけさ」
他殺というのかな、と〈黒鳩〉は耳障りに笑った。
「……ふん」
ティルドはじろじろとグラカを見た。情報屋の常識など彼は知らないが、言うことは確かにもっともだ。金を払って――場合によっては、大金だろう――得た情報がまったくの嘘だと判れば、その相手は怒って剣を抜きかねないだろうし、それに加えて評判も落ちる。嘘つきの烙印を押された情報屋など、二度と商売はできまい。
「でも別に、大した情報じゃないな」
考えてからティルドは言った。それは彼らが疑っていたことと大差ない。
「大盤振る舞いだと言ったろう。まだ先がある」
グラカは肩をすくめた。
「俺様がこんなに気前がいいことは滅多にないんだぜ?」
「前置きは要らないって言っただろ」
ティルドは眉をひそめた。
「せっかちなガキだな。いいだろう、続きは、だ」
グラカは声を潜めるようにした。わざとらしいと思ったが、ついつられて耳を寄せる。
「タニアレスは商売敵の殺害になんて関わっちゃいない。情報を利用されただけさ。魔術師は二度とタニアレスの前に現れなかった」
「――それってのはつまり」
「つまり」
グラカはにやにやした。
「その魔術師は、お前さんたちの目当ての品を持ってどこかへとんずら。いまごろどこの空の下、かね」
「な」
ティルドは目を見開いた。
「魔術師が、持ってっちまったのか? 誰であれ、依頼人のところに運んだんじゃなく?」
「その通り」
少年の驚く顔が面白いのか、情報屋は満足そうに言う。
「タニアレスとの駆け引きなんて無意味ってことさ、少年。ハレサと相談しなおすんだね。ま、俺様の話を信じないならそれでもかまわないが、信じる方が無駄を省けると思うね」
情報屋のにやにや笑いは、ティルドの目に入っていなかった。
火事のみならず盗みにも魔術師が関わっているという予測をハレサはしていたが、それはあくまでも何者かが魔術師を雇ったのだろう、という推測だった。誰が、どんな目的であるとしても、それを依頼した「魔術師ではない」人間がいると。
それが、どういう事情であれ、魔術師本人が冠を持って逃げたとすれば――。
(そんなもの、どうやって追えばいいんだ?)
相手が盗賊ならば、町憲兵にでも何にでも協力を頼める。商人であれば、交渉の余地がある。だが、魔術師では?
「魔術師が誰かのもとに持っていった」と「魔術師が持っていった」の間には相当の差がある。ティルドは、〈風読みの冠〉がどこに行ったのか判らないと思っていたけれど、それでもタニアレスや、誰であれレギスの人間が関わるのならば追いようがあると思っていた。
だが、当の魔術師が魔術を使ってどこだか判らない地に飛んでいってしまったのであれば?
(……ローデン様)
彼は宮廷魔術師を思った。
ローデンは冠を取り戻したがっている。当然だ。だが、直接に手を出すことはないのだろう。それが高位の術師というものだと協会の術師は言い、ローデン自身、ティルドには助言をするとしか、言わなかった!
(……まじで、恨みますよ)
どこへ消えたとも知れない〈風読みの冠〉。
それを追って、少年は「探索行」と言われるものに出なければならないのだろうか。
答えは、嫌になるほど歴然としているようだった。




