10 いい情報屋
町憲兵隊の話は、特に目新しいことはなかった。既に聞きかじったことと予想通りのことばかりである。
出火時刻は真夜中過ぎ、原因は相変わらず不明、魔術の可能性があるから魔術師協会の協力を仰いでいる、被害人数は正確には不明ながら、親戚を合わせたポージル一家八人と、使用人が十五名前後はいたのではないか、被害総額も不明、燃え残ったものは何もなし。
(見事なまでに、全部焼き尽くしたって訳だ)
改めてティルドはぞっとした。
世の中には、そんな魔術があるのだ。
そんなことができる人間がいるのだ。
強者揃いである町憲兵隊のなかにも、火事の片づけに関わったものは気分を悪くし、医者や神殿に通うものもいると言う話だった。遺体を片づけるのも楽しい話ではないだろうが、自分が誰かの灰を踏みしめているかもしれないと思いながら作業をするのも、きついことだっただろう。
ティルドはそこまで考えた訳ではなかったが――想像したくなかった、と言うのが正しいかもしれない――燃えた屋敷の情景は自身の母の焼死という記憶に繋がり、そんな話を事務的に聞かなければならなかった苦痛は、彼にローデンとハレサと、「運命」とやらへの呪いの文句を吐かせた。
「おお、いたいた」
言い飽きた罵り言葉に変化を与えられないか考えながら街を歩いていると、背後から小走りにやってくる足音がする。
「おはよう、少年」
「あんた」
ティルドは胡乱そうな目つきをした。
「今日も、俺の見張りかい、鳩さん」
「今日は助言者だ。昨日だって、同じだがね」
〈黒鳩〉グラカと名乗った情報屋は、朝の爽やかな光のなかで悪そうな笑いを見せた。
「タニアレスのところへ行くんだろう?」
「何でもお見通しって訳だ」
「まあな」
ティルドの皮肉を情報屋は受け流した。
「紹介してやる……必要はなさそうだな、そんな偉そうな制服を着てちゃ」
「偉か、ないさ」
ティルドは唇を歪めた。謙遜でも韜晦でもなく、彼のような下っ端の軍団兵に与えられる制服などたかが知れている。このたびは正式なる使いだというのでそれなりの制服が与えられていたが、旅路であることを考慮した素材でもって動きやすさを主体に作られているこれは、あまり上等のものだとは言えない。
「それじゃ、助言は何」
そう言うと、情報屋は手を出した。ティルドは数秒をその薄汚れた掌を見つめてから、手を振った。
「金を要求する助言なんて要らないね」
「おや」
グラカは目を見開いた。
「等価交換って言葉をご存知ないかね、少年。価値ある言葉にはそれだけの報酬が必要だ」
「けっこうだよ」
ティルドは情報屋に背を向けた。
「俺は、あんたらみたいなのとはつき合いたくないんだ。あんたの助言を知らずに何か失敗をするなら、それが俺の」
皮肉げに頬を歪める。
「運命ってやつさ」
「おいおい、もしやハレサと一括りにされてるかい、俺は?」
グラカはそのまま歩き出したティルドについてくる。
「あの親父に何か言われたのか? それなら、おまけであいつの操縦法も教えてやる」
「要らないって言ってるだろ」
ティルドはグラカを振り返りもせずに歩き続けた。
「あんまりしつこいと、町憲兵を呼ぶぞ」
「おおっと」
〈黒鳩〉は大仰に首をすくめてみせた。
「そりゃ嬉しかないがね、別に俺は指名手配なんか受けてないし、呼ばれたからってお縄を頂戴はしないぜ」
「逮捕させようとは思ってないさ。ただ、俺につきまとうのをやめてもらいたいだけ」
「つきまとうときたか。このグラカ様の親切心を」
「しつこいな」
まだついてくるグラカにティルドは顔をしかめた。
「そうしつこいと、女に嫌われるぞ」
「言うねえ、ガキのくせに」
「ガキから金を巻き上げようとしながら、よく言うな」
子供扱いは腹が立ったが、腹が立ったことを見せれば却って調子に乗ってそれを続けそうな手合いである。そう思ったティルドは簡単に返した。
「乞食だろうと王陛下だろうと、情報を求める人間は誰でもお客様さ。そして俺はお客様を大事にするいい情報屋だ。必要な情報を持たずに先へ進もうとするお前さんが心配で、黙って見ていられないんだよ」
「いい加減にしろよ。金目当てのくせに」
「当たり前だろうが」
情報屋は悪びれない。
「俺はこれで飯を食ってるの」
「そうほいほい金を出してたら、俺が飯を食えなくなるだろ」
「違いない」
不意にグラカは笑った。
「道理だな、少年。それじゃ今回はたったの銀貨一枚だけで大盤振る舞いしてやろう」
ティルドは天を仰いだ。情報など不要だと思うことに変わりはないが、一ラルでこの小うるさい鳩を追い払えるなら安いものだ。
「一ラル分しか喋らないとか言うなよ」
「お、その気になったね」
「面倒になっただけだ」
少年は小さな袋から銀貨を一枚だけ取り出すと情報屋に投げつけるようにした。グラカはそれを器用に受け取る。




