09 ただの使い
「ちょっと、知った娘にやろうと思ったのさ」
「ごまかすなよ」
ティルドはむっとして言った。
「宝飾品なら世の中にいくらでもあるだろう。花の意匠も珍しくないって自分で言ったじゃんか。あんたは、〈風聞きの耳飾り〉とかって呼ばれるそれを手にしようとしてる。その理由は何だ?」
「理由なんて簡単だ。盗賊の意地だな」
ハレサはあっさりと答えた。
「狙った獲物がかき消えて、それじゃ諦めて次に行きましょう、なんてのは節操がないと思わんか?」
「あのなっ」
ティルドは呆れて声を出した。
「盗賊の誇りなんて持ち出されても困るんだよっ」
「ふむ。善良な一市民の暮らしを脅かす溝鼠なんぞは、それに相応しくこそこそと生きていろと言うんだな?」
「そこまでは言わないけど」
ティルドは口を歪めた。
「それに近い」
「正直だな」
ハレサは怒ることなく、むしろ笑った。
「まあ、他者から盗むことで利益を得ている以上、盗賊なんてのは悪党だ。間違いない。だが人間ってのはどんな形であれ、他者から盗むことなしには生きていけないもんだ」
「〈学ぶということは先人の知恵を盗むこと〉って言葉かよ?」
「……鋭いな」
先を読むなよ、とハレサは言った。
「意地、ねえ」
それはどこまで本気なのか。全くの嘘ではないかもしれないが、はいはいと全面的に納得することもできない。
「だいたい、そうだよ。何であんたはその耳飾りについて知ったのさ。狙うようになった経緯は」
「細かいことを気にするガキだな」
ハレサは嘆息した。
「たまたま知った。それで、女に贈ろうと思った。それじゃいかんのか」
「それと、盗賊の意地だっけ」
ティルドは先取った。
「それが、あんたが俺と組む理由」
「立派なもんじゃないか。『任務だから』『命令されたから』よりも理に適ってると思うがね」
「俺は」
ティルドは言い返そうとしたが、うまい言葉が見つからなかった。ハレサは、自分は自分の意志で自分の望みのために動くがティルドはそうではないと言ったのだ。
「……判ったよ」
負けたようで気に入らなかったが、仕方なしに少年は言った。
「冠がほしいとさえ言われなけりゃ、俺には不都合はないんだし。あんたの動機については、これ以上文句は言わないことにするさ」
「そうしてくれ」
盗賊はにやりとした。
「それじゃ建設的な話題に移ろう。お前さんは明日の朝いちばんで中心街区にある町憲兵隊の詰め所に行け。エディスンの制服を着て行けよ」
「そりゃ、言われなくたってやるつもりでいたことさ」
「上等。火事の原因、出火時刻、焼け残ったものはないか、その他何でも訊けることを聞いてこい」
「言われなくたって」
ティルドがまた言うと、ハレサは肩をすくめた。
「魔術師協会にも行った方がいいな。奴らは権威なんぞ気にせんから、城の使いであることは強調しても意味がないかもしれんが」
「協会」
ティルドははたと思い出した。
「七の刻に協会に行けと言われた」
「誰に」
ティルドは唇を歪めた。
「上官」
「魔術師か?」
「そうさ」
ティルドはまたも皮肉げに言う。
「それまで何か調べておくって。それから、あんたを頼れとね」
「俺?」
ハレサはびっくりしたように目を見開き、ティルドは少し満足した。
「あんたは何かを知っていると、魔術師閣下はそう仰ってね。俺に冠を探させ続けるってのは意味がよく判らないけど、あんたの協力を得ろと言ったことだけは、ほかの解釈の仕様がない」
「俺ぁ、魔術師なんぞに知られる筋合いはないと思うんだが」
ハレサは顎を掻いた。
「向こうは勝手に知るってことか。俺は知らんのに相手は知ってるなんてのは、虫が好かんな」
仕事柄、人に何かがばれてるってのは困る、などとハレサは言った。仕事柄ね、とティルドは繰り返した。
「どうして俺が頼られる?」
「それはこっちの台詞だと思うんだけど」
少年は苦い顔をした。
「俺だって知らないよ。でもローデン様は、あんたが知っているって。――〈風司〉を」
「風司だって?……聞き覚えがないな」
ハレサは首をひねった。わざとらしいところはなかったが、上手な演技であるのかどうかはいまひとつ判別がつかない。
「ポージルから、冠がエディスンで必要だって話を聞いてるんだろ。別に隠しごとじゃないから言うけど、冠は〈風神祭〉で使われるんだ。エディスン王家はイルサラの称号を持ってて」
言いながらティルドはふと思い出した。
「そう言や、ポージル家もかつてはその称号を持ってたとか言ってたな」
ではローデンの言うのはそう言うことか。ハレサはポージルを知ると。
「称号って何だ。魔術的なもんか?」
「知らないよ」
ハレサの問いにティルドは首を振った。
「俺は、ただの使いだってば」
「……当たりか外れか判らん奴め」
「あんたは、何を探るのさ」
盗賊の皮肉めいた呟きを無視して少年は問うた。
「俺は町憲兵隊の情報を。あんたは?」
「まずはタニアレスの動向だな。ポージルの客を獲るってのは、商人としちゃ当然のことだ。それに俺らとしては、乱暴な言い方をすれば、あいつがポージル邸に火をつけたんだろうとそんなことはどうでもいい。問題は冠と耳飾りだけだ」
「俺はそこまで、言いたくないな」
ティルドはぼそりと言った。
「別にその商人とは面識もないしさ、簡単なはずの仕事が何でこんなことに、とは思うけど、それでも火事が起きて人が死んだことを『どうでもいい』とは言いたくないね」
ハレサは目をぱちくりとさせた。
「そうか、そうだな」
盗賊はうなずいた。
「それが真っ当な意見ってもんだ。俺は少々、心が汚れていると見える」
親父と言われるも道理だな、などとハレサは嘆息し、少々ね、とティルドは繰り返した。
「ならば言い方を変えよう。問題は、例の人影の正体とその行方だ。タニアレスが雇った相手なら――」
「まさか本当に、そいつが冠と耳飾りを盗み出したとか、火付けの黒幕だとか思ってるのか?」
「判らん。だが可能性はあると言おうとしてるんだ。少なくとも町憲兵隊は疑うだろうね。だから急ぐんだ。万一、奴がブツを持っているなら、さっさと売り払うなり何なりしたいだろう」
「おかしいじゃないか」
ティルドは言った。
「あれら以外にもっと金目のものも、足のつかなさそうなものもあったんじゃないのか。なのにあれらを選んだなら──」
「そう、買い取り手がいるってことだ」
ぱちり、とハレサは指を鳴らす。
「『蒐集家』?」
「かもしれん」
「じゃあ、もうそいつの手に渡ってるかも」
ティルドは顔をしかめた。
「それならそれで、行き先を探るんだ」
「どうやって」
「それはお前の才覚で」
「……さぼるのか」
不満そうに言えば、ハレサは片目をつむった。
「町憲兵隊のあとは、タニアレスのところに行って正直に話すといい。エディスンで必要な冠をポージルが持っていたこと、蓮華と紫水晶がついていること、自分は『ただの使い』で現物は見たことがなく、よく似た冠を探して買って帰ることも考えている、とね」
「何食わぬ顔で、本物を差し出させようってのか?」
「もし本当に奴が持ってりゃ、何食わぬ顔をするのはお前よりもタニアレスの方さ」
盗賊はにやりとした。
「もし奴が冠と耳飾りを持ってるなら、いちばんいいのはそれが由緒ある、唯一のものだと教えてやることさ。買い取り手がほかにいるのだとしても、一商人が大都市エディスンの王を敵に回したいとは思わんだろう。たとえばこの場合にだったら、エディスン王に高値を吹っかけるのがいちばん早くてうまみがあるってもんだ」
「陛下やローデン様がそんな話に乗るとも思えないけど」
「さてね、そのあたりは交渉次第ってとこだろ」
「その交渉ってのは」
ティルドは嫌な顔をした。
「俺がやる、ってことか?」
「鋭いな」
ハレサはまた言った。
「そういうことになるかもしれん」
盗賊は真面目な顔をしてみせた。
「頑張れよ、少年」
 




