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第143話 死ねない巫女の独白

 ――倶利 せきなは不老である。


 どういう理由かは知らないし、現代医学においてもその謎は解き明かされていない。ただ突然変異的に、細胞のテロメア……生物の『寿命』を決める要素が、およそ人類のものと異なるだけだ。


 だから正確には、彼女は人類ですらないのかもしれない。

 けれど彼女は、人類を愛している。


 ――彼女が生まれたのは、小さな漁村だった。

 はるか昔、まだ日本中が無数に分かれて戦争していたころの、鉄砲すら無い時代。

 成人する前に半数が死ぬ、貧しい漁村。

 嵐が来れば人は死に、日照りが来れば人は死に、戦があれば人は死ぬ。

 そう言う世界で、彼女は運良く、巫女として十七歳まで生き延びた。

 そしてある日、大勢の野盗が彼女の村を蹂躙した。

 戦で得るもののなかった悪党たちが徒党を組んで村を襲う、良くある話。

 あっさりと村は焼かれ、滅び、女子供は売られ、男は殺され、そして村は滅んだ。

 お逃げくださいと言われ、一人夜の海辺を、走って逃げた。

 逃げた先は、禁忌の洞窟。


 注連縄の奥、手探りで進んだ明かりのない洞窟の奥で、彼女は野盗に怯えながら、数か月をそこで暮らした。


 ――そしてその時、『何か』を食べた。


 元より飢饉の時世で、一人きりで逃げた少女が、食料を手にすることは容易ではない。しかし彼女が逃げ込んだ明かりのない洞窟の奥には水場があり、そしてそこには『何か』がいて、彼女はそれを手探りで捕まえて、食べていた。


 そして季節が変わり、実りの春が来た頃、彼女は洞窟の外に出た。


 ――村はもうどこにもなく、あったのは、村とも呼べない残骸。


 全ては破壊しつくされ、何もなかった。

 人が生きた営みの証はどこにもなく、ただ地形だけが残り、彼女はそこで数か月ぶりに、声を上げて泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いて……そしていつしか、歩き出した。

 死ぬことを考えなくもなかったが、一人逃がされた自分が死を選べば、それこそ何のために村の人間が自分を逃がしたというのか。

 豊漁を祈り続け、魚を殺し続けた自分たちに罰が当たったのか……などと考えながら、自然と足は都に向いた。


 ――当時の世もひどく荒れてはいたものの、都においてそれは程度が多少マシになる。


 季節は春、小さな村の巫女とはいえ、立派に祝詞を唱えられる巫女が一人、故郷を失って落ち延びて来たとなれば、都の神社はそれを受け入れるだけの余裕はあった。

 皮肉な話だが、村では決して食べられなかったような多彩な食事を、彼女は逃げ込んだ先の都の神社で初めて味わうこととなる。

 そして自然と住み込みで働くようになり、幾年かが経った。

 その間、彼女の風貌は一切変化しなかった。

 髪や爪は伸びるものの、その肌に一切の皺はなく、瑞々しい十代の肌を維持したまま、老いることがない巫女……当然、その存在は時の権力者に話が広がり、邪法に手を出した巫女という噂と、神通力により見目麗しさを維持する超常の巫女という噂が同時に立った。


 ――しかし当の本人からしてみれば、どうでもいいことだった。


 漁村と違って市から食材を買い付ける日々となっては、かつて村のみんなで豊漁を祝ったころとは全てが異なる。

 日々で多少の違いはあれど、毎日似たような食事が出来上がるのは、彼女にとって不思議以外の何物でもなかった。

 そしてそんな折、彼女のもとに『縁談』が舞い込む。


 巫女に縁談というのもおかしな話に聞こえるが、歴史をさかのぼればむしろ巫女の処女性は現代以外で特に重要視されておらず、『お手付き』のない、超常の力を持った噂の巫女は、ひそかに時の権力者の噂となっていた。


 ――どこでどういう噂が立ったのか、自分への貢物が増え始める日々。


 村では見たこともなかったような鎧姿の男が自分に頭を垂れ、これこそが自分の力だと持ってきた貢物をひけらかす様は、始めこそ戸惑いはしたものの、慣れてくれば神社の食事を潤す娯楽になった。

 半ば遊び半分、もう半分は男たちが持ち込んでくる米や珍味目当てのからかいの日々は一年ほど続き……


 ――かつての野盗の頭が彼女の前に姿を現した時、その遊びは終わった。


 そしてそこから現代にいたるまで、彼女の名前は歴史から消えている。

 どこかの歴史書に彼女の昔の名前があったとして、それはある日還俗した巫女の名前でしかないし、野盗の長の名前は、どこかの誉れ高き武士の名前でしかない。


 いずれにせよその誉れ高き武士は『病死』し、不死の巫女は姿を消し、それから何百年の時の果てに、彼女は社会の裏で名を馳せる不死の存在になった。

 時の権力者はいつだって変わらず、超常の存在を世間からひた隠しにしてくれる存在だったし、彼女は彼女自身がそこでしか生きられない存在だと気づいていた。

 そして今は学園長という立場を得て、異世界に飛び……


「あっはは、長生きはしてみるもんだねえ!」


 ……そして今、悪魔とその身一つで殴り合っている。


「くっ!」


 小さな湖の中心で、一本歯の天狗下駄で水面を走り、その腕で悪魔を殴りつける。

 悪魔も両腕でその攻撃を受け止め、翼で体勢を維持したが、先ほどから防戦一方だった。


(なんなんだ……? 何なんだいこいつは!)


 意味が分からないのは格好だけかと思っていたが、行動まで意味が分からない、と、悪魔の細胞を埋め込んだエルフ、エディは戸惑う。

『あの方』から『悪魔の細胞』を研究することを条件に釈放され、地下暮らしの日々となってから、『玩具』は沢山使い潰してきたが、こんな人間は一人としていなかった。昔は薬品を投与して弱らせてから遊んでいた玩具も、今ではこの体の力で正面からねじ伏せ、わざと殺さず、いつまでもいたぶるのが好きだった。


「ほらほら、考え事してたら負けちゃうぜ!?」

「だから……何で水の上を走れるのよ!」

「おいおい、強い力で早く足を動かしてるだけじゃないか」


 しかし触手が、当たらない。

 網のように伸ばした触手で突いているのに、せきなはそれをすべて紙一重で避ける。

 そしてその合間に再び飛び蹴りで襲い掛かられ、受け止めつつもエディは苛立ちがピークに近くなる。

 何故翼まで手にしてエルフを超越した自分が、こうまで追いつめられているのか。なぜ攻撃の隙が無いのかが、絶対的優位な状態でしか『遊んで』なかった彼女には理解できない。

 飛んで逃げればいいだけの話だが、その選択は彼女にとって屈辱であり、彼女の精神はその屈辱に耐えられないのだ。


「くっ……『炎』!」

「おっとと」


 火球が水面に着弾して、爆発音と水蒸気の水柱が上がる。

 それを水面を蹴る動きで避けて、ようやく蹴りの連続攻撃が止んだ。

 触手の先端から放てるそれらは、広範囲からの発射口となってせきなを狙う。しかしそれすらもせきなは躱していた。


「この……ちょこまかと!」

「うーん、流石にこれは防戦一方だねえ」


 当たらない。

 悪魔の細胞を自分と融合し、魔力も格段に上昇したのに、放つ炎の弾丸すらも一つとして水面を走る巫女に当たらない。


「仕方ない、接近戦は諦めるか」


 岸まで戻ったせきなは、炎の弾丸を避けながらも地面に落ちていた石を拾う。

 そして、


「せぇ……のっ!」


 炎の弾丸と投げられた石ころが衝突して、中空で爆発が起こる。

 それが何度も繰り返されて、夜の湖に爆発音が何度も響いた。


「おや」


 そしてその爆発が途切れたころ、水蒸気の流れる湖面に、悪魔の姿はもうない。


「いい加減に――」


 左からだった。

 その手には触手をまとめたこん棒。


「死ね!」

「断るよ」

「はっ!?」


 真上から触手の塊が振り降ろされ、巫女服をかすめる速度で通過する。

 しかし当たることなく、せきなの手が悪魔の羽にかかる。


 ――肉がちぎれる音がして、翼が落ちた。


「ぐへっ!」


 転ぶように地面と激突して、魔法で作成していたらしい剣は消える。


「あ、あが……つ、翼が……」

「なあんだ、出したり消したりできないのかい」

「で、出来るわけないでしょ!? アンタなんなの、何なのよぉ!」

「人間だよ。まあちょっと長生きだけどね」

「長生き、って……」

「君ももとはエルフなんだろ? 長生きってのは退屈だからね、400年くらい体を鍛えたりとか、まあ僕も身を守るためにいろいろやってるのさ」

「あ、アンタ人間じゃなかったの!? なに、何言って……」

「……ま、妹ちゃんも見てる前だからね。正当防衛の範囲で、キミを無力化してあげなきゃならない。……教育ってのは難しいねえ」


 そう言うとせきなは動けないエディの脚を掴み、ずるずると湖へ引っ張っていく。


「待、待って……何、何するつもり!?」

「何って、キミは僕らを殺しに来たんだろ? だったらそのお返しに何するかって言えば、決まってるじゃないか」

「くっ、じょ、冗談じゃない!」


 残っている翼の先端を、せきなの後頭部を狙ってエディが突く。


「ん」


 そしてそれは指二本で止められ、ぎゅっ、とそのまま手で握られ、ぐちゅりと潰れた。


「あぎゃああああっ!」

「うるさいなあ、正当防衛なんだから許してくれよ」


 そして湖の端まで来たせきなは、さてと、と言ってエディの脚を両手で持った。


「ま、待ってってば! 私今翼が……それに、お、泳げないの! ねえお願い、何でもするから殺さないで!」

「君がそう言われた時に……君はどういう反応を返したんだい?」

「あ……待っ……お、お願いします、もうしません、全部正直に話しますから……」

「ああそう? なら許してあげようかな」


 その言葉に、ほっ、とため息をつくエディ。

 しかし次の瞬間に視界が逆転して、


「気を失うくらいで、許してあげるよ」

「え?」


 バアン! と水面に叩きこまれた。

 そして衝撃で気を失ったその体をまた引きずって香撫のところにもっていき、


「いやあ紙一重の戦いだったよ、参考になったかな?」


 にっこりと笑って、そう言った。

 そして今までの流れにドン引きしていた香撫は、


「いえ……ぜんぜん……」


 ただ正直に、そう言った。


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