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第141話 外道のエルフ

「ん……?」


 巨人の起こした地響きに反応したのは、チアの方が先だった。


「なんじゃ……?」

「グリム、離れるな」

「は、はい姉様」


 姉妹が近くに寄って、周囲に警戒を強める。

 飛び立つ鳥の方角、獣の鳴き声とその感情、周囲の空気の流れ、そして匂い……あらゆる森を構成する要素が彼女たちに莫大な情報をもたらして、最後にもう一度足音が響いたところで、姉妹は結論を出した。


「北に……」

「何か『現れた』な。巨大な何かだ。そして《《これだけじゃない》》」


 すると木々の間を闇が飛び立って行く。

 胸元から通信石を迷うことなく選んで、


「セイギ! 何か見えるか?」


 先ほどまでの『妹』の顔を消し去って、グリムは叫んだ。


『巨人が一体、こっちの仲間……っぽい球体が二つ。で、こっちを狙って飛んでくる球体が三つ……かな』

「そろそろ足止めが来る頃じゃろうよ」

『だろうね』


 そうして、彼女たちは覚悟を決めた。

 すると背後から気配がして、


「黙って寝ている場合でもないようですね。助太刀いたしましょう」


 槍を構えて、人間モードのジョンソンが合流した。


「貴様は……」

「ジョンソン殿。疲れは良いのか?」

「女性を戦わせて寝ているようでは、男の名が廃るのでね、微力ながら、加勢させていただきましょ……」

「上じゃ!」


 次の瞬間、『何か』がジョンソンの真上から着弾した。

 地面に大穴を開けた『それ』は、緑の球体。それがパリパリとと音を立てて割れ、崩れ、中から現れたのは、


「ンン~懐かしき娑婆の匂い。やはり実地調査から離れるものではありませんネぇ」


 白衣を着て、病的なまでに痩せたメガネのエルフ。しかしエルフと言うにはどこか違和感を放つ男だった。

 夜には目立つ白衣、縦に長い耳、長身痩躯、浅黒い肌……そこまではいい。だが、何故か全ての歯が犬歯のように尖っている。


「アア、これですか? 失礼。自分で『整形』したんですよ、私のもともとの歯では肉が切りづらくテね……」


 白手袋をつけた指で自分の歯を指さして、肉食獣のように笑う。


「貴様……『実験狂いのラーガ』か」

「おお、ご名答! まさかチア様がわたくしのような《《木屑》》をご存じトは。私の所業は耳にしたのですか? 目にしたのですか? どちらにせよ刺激が強かったでショう」

「ああ……反吐が出る、という言葉がお似合いの所業だった」


 その言葉に、ふ、と男のエルフは肩をすくめた。


「ちょっとした実験ですよ……貴女のお父様、ガルガン王に目を付けられなければ、あと何名かはもっともっとデータをくれたでしょうにネぇ」


 わざとらしく首を振って残念がるが、獲物を狙う視線は変わらなかった。


「児童誘拐、禁忌とされる薬物の実験、治療と称した犯罪者への過剰投薬……とうに死刑だったはずだろう、なぜ貴様が生きている?」

「死刑……ああ、あはは、死刑!そうでしたね、貴女たちはサジェノ草の大量投与を死刑と呼ぶ!そんなものは耐性と食事でどうとでも回避できるというのに!嗚呼嘆かわしい……何故そうも不勉強なのでスか?」

「耐性……だと?馬鹿な、死刑で使われるのは致死量の5倍だぞ!」

「ホラ、そんなことを公開しているから足元を掬われるのデす。5倍に耐えねば死ぬのであれば、耐えられる身体を『造る』まででスよ」

「……」


 腕を広げ、得意げに男は語る。


「姉様……こいつはなんなのじゃ?」

「……外道だ。白の森の面汚し以外の何者でもない……大方、姉様あたりの飼い犬だろう……離れるなよ」


 それにこくりと頷いて、グリムは身体を寄せた。


「おや、姉様?ティルティナ様でもない……おやおや、貴女がまさかのグリム様でしたか、御可愛いお姿だ……久々に『実験』が捗りそうデす」

「っ」


 ねとぉ……と欲に蕩けた笑顔がグリムに向く。それを受けて一瞬たじろぐが、すぐに睨みつけるような視線を返す。


「嗚呼、その目……なんて懐かしいんだ……まだ自分がまともでいられると信じたその目!実験を繰り返すごとに変化する表情!貴女は私と同じ肌でしょう!?これは素晴らしい材料だ、あはは、何から試そうかナあ!」

「黙れ!」

「オっ?」


 ラーガの左目の手前数十センチで放たれた矢が止まり、ぺきりと折れる。

 ラーガの背から伸びた触手が、粘液を滴らせながら蠢いていた。


「お止めなさい、こんなものでは私に……」

「もういいでしょう」

「っと!!」


 更にそこへ、真横からの激突。

 チアと同じく鎧姿のジョンソンが、巨大な槍を構えてラーガに体当たりし、その体を数メートル弾いた。


「貴方は存在自体が女性に毒のようだ。騎士として、貴方にこれ以上好きにはさせません」

「かっは……おお痛い。好き放題言いますね、騎士と言うなら名はなンと?」

「生憎、外道に名乗る名は持ちませんのでね」

「上等……デす!」


 次の瞬間、戦いは始まっていた。

 振り下ろされた触手は正確にジョンソンの頭を狙い、ジョンソンはそれをギリギリのところで躱す。


「ジョンソン殿、気をつけろ!その触手、何かあ……」

「グリム!」

「えっ」


 視界が流れた。次の瞬間、ガッ!と音がして、自分の後ろにあった木に穴が開く。

 だらりと冷や汗が流れ、グリムは自分が姉に助けられたことをようやく理解した。


「あ、ご、ごめんなさい……」

「大丈夫だ、とにかく距離を取るぞ!」

「させると思いまスか?」


 片手間にこちらを狙ったラーガの声。更に数本の触手が迫るが、


「させませんよ……『雷』!」


 落雷の音とともに槍が触手を刺して、千切れた部分が粘液を撒き散らしてビチビチと暴れる。


「ほほう……?しかし甘い」


 体側の触手も断面を振り回していたが、ジュルルと音を立ててすぐに再生した。


「ジョンソン殿、大丈夫か?」

「貴女たちが見ている前で、負ける気がしませんね」

「行きまスよ……!」


 5本の触手がジョンソンたちへ向かって伸びて、粘液を撒き散らしながら先頭のジョンソンに肉薄する。


「『雷』……」


 電撃を纏った槍が光り、くるりと回転する動きの間で難なく触手が弾ける。


「かかりましタね!」

「何にですか?」


 ゴボッ、と地面が盛り上がり、地中を潜っていた触手が迫る。

 しかしジョンソンが地面に突き刺した槍はその接近を止めて、纏った電撃をラーガへ流し込む。


「ガっ……!」


 髪が逆立ち、ラーガの体が痙攣する。

 戦いにおいて致命的なその隙は、ジョンソンたち全員が全力を溜めるのに十分すぎる時間だった。


「姉様!」

「応!」


 左右からジョンソンをすり抜けて二本の矢がラーガの眼球に刺さる。

 そして後頭部から木々が炸裂するように花開いて、


「ガ、ア……」


 そこへ、槍の一撃が首を飛ばした。

 ドン、と地面に落ちて転がる頭は苦悶に満ちて、首を失った体は触手に支えられて倒れないが、これ以上は……と全員が僅かに油断した瞬間だった。


「むぐぅっ!?」

「姉様!?」


 突然地面から湧いた触手が、チアを拘束して腕を絡め取り、口を塞いで木に押さえつけた。両腕を拘束され、無防備に胴を晒して抵抗するが、チアを拘束した肉の塊は木に接着するようにへばりついて動かない。

 そこへ先端が針と化した触手が迫り、


「あはは、油断しまし……え゛っ!?」


 肉の塊がラーガの顔の形を取って現れた直後、その体が触手ごと地面に吸い込まれる。

 そしてその地面は盛り上がり、巨大な人の形を取った。


「こ……これはゴーレム!?ああそうか、貴女は黒の森の……あがががアっ!」


 土で作られたゴーレムが、その剛腕で土の体に取り込みきれなかった触手をブチブチと引き千切って放り投げる。


「い、いくらやってもムダでスよ、それに私は今あなダっ」

「聞こえんぞ……何が言いたい?」

「オゴッ、オオ……」


 ゴーレムの腕が顔面を潰し、くぐもった声しか聞こえなくなる。

 ゴーレムの体からは逃げるように触手が伸びるが、その全てがゴーレムが湧き出す触手ヲ叩く動きのついでで振り回されて、地中へと逃げられずにいた。


「ゴッ、ごバァっ、だずっ、やべっ、やべでぐだざイイイ!」

「ならば早く姉様を離せ!」

「モお゛ヤッでバズ、ユルジデ、お願ゴッ」


 モグラたたきのように、触手が変化した側から肉塊を殴りつけていたゴーレムの動きがピタリと止まり、垂れ下がった触手はピクリとも動かない。


「ならばこの辺にしておいてやろう」


(ククク、バカめ!)


 ゴーレムの体内で、ラーガはほくそ笑む。

 このままゴーレムの体内でやり過ごし、あの得意げな幼い顔を恐怖に歪めるのを想像するだけで、生きる希望が湧いてくるというものだ。


(まずは姉に投薬して楽しむか……?いやあえて血を吐く妹を見せて懇願させるのも面白いかもしれませンね……)


「よくやったぞ、グリム。助かった」

「ああ姉様、ご無事ですか!?」


 ゴーレムの外からは声がする。

 とどめを刺すのは後回しにするとして、今は回復を優先するか、とラーガは思考を続けた。


(いややはりここは……どうする?いや、たしか……あれ?なにか……そう……とにかくまずだっしゅつ……を?いやそのまえに……あれ、なにか、なにかおか……し……)


「全く、気味の悪い出来栄えだ」


 その言葉を最期に聞いた稀代の犯罪者、ラーガの精神は闇に沈み、そして二度と浮かび上がることはなかった。


 ――一方、外から見ていたチア達は、あらゆる木や花が咲き乱れるゴーレムを呆れた目で見る。


「しかしこれがエルフの魔法ですか……」

「ああ、過剰にすればこの通り、土の中の魔力も吸い尽くす……中の生き物の生気ごとな。あいつにはお似合いの末路だろう」

「森に帰れただけ感謝して欲しいのじゃ」


 干からびた触手が夜の風に揺れて、やがてひび割れたゴーレムは崩れ、小さな花畑となる。


 ――もちろん、その『中』に誰の亡骸があろうと、そこに花は咲き乱れるのだ。

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