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第139話 漂う霧と夜の森

 前線基地となっていた集落を抜けて、僕らは森を北へ進んだ。

 森の中には広めの街道が通っていて、人通りはないけれど、ビルみたいに高い木々の間に伸びる、黄土色の土がむき出しになった道を進む。


「変装した意味なかったですかね」

「一応続けておいていいんじゃないかな、ここはエルフの森なんだから、誰に見られてるか知れないしどういう風に情報が広がってるかわからない」

「……ですね」


 というわけで、僕はまだ包帯男の変装を解かないまま、馬車の後ろを開けて、森の木々を眺めていた。

 木々の間から見える空はやっぱり曇っていて、得体のしれない声を上げた鳥が飛んで行ったり、木々の間をリスみたいな小さい生き物がジャンプで飛び交う。


「あ、見てお兄ちゃん、アレ可愛い!」

「……ウサギ?」」


 もふんもふんと白い獣が、ボールみたいに跳ねている。


「巣かじりウサギか懐かしいな、近づかん方が良いのじゃ」

「巣かじりウサギ?」


 話していると、飛び上がったウサギ(?)が器用に木を跳ねあがって、木の間にあった鳥の巣に上からもふんとのしかかる。


「えっ」


 そして鳥のヒナの断末魔と一緒に、ボリボリという音の後にぽたぽたと血が滴ったかと思うと、血の付いた白いボールは木から飛び降りて茂みの中へ去って行った。


「腹に口がある恐ろしいウサギじゃ、耳をかじられないように注意するのじゃぞ。もちろん撫でるなぞもってのほかじゃ。最悪指を食いちぎられるぞ」

「……はい」


 やっぱ森をナメちゃいけないってことなんだろうな。

 そうこうしてるうちに日もだいぶ暮れてきて、かなり薄暗くなってきた。


「寒……」

「毛布を出そう。セイギ、お主も持っておけ」

「ありがと」


 毛布を受け取ったところで、何故か馬車が左によって停止する。

 けれど馬車の音はまだ続いていて、前を見ると、向かいからかなりの数の馬車がこっちへ向かってきていた。


「やあ旅のお方、失礼いたします! しばらくの間ご辛抱ください!」


 そう言って元気よく去って行く馬車の団体は、どう見てもこの森の軍。

 でもここの道幅はそこそこ広いのに、何で馬車を停めたんだ? という疑問の答えは、すぐに姿を現した。

 地を揺らす足音に加えて、ブフッ、と荒い息を吐いて僕らのすぐそばを通り過ぎて行ったのは……


「ト、トリむぐっ」

「静かに。騒がない方がいいよ」


 《《トリケラトプス》》、だった。

 香撫が先生に口を押さえられて、トリケラトプスに引かれた馬車が去って行くのを見送る。


「失礼いたしました、ご無事で!」


 最後尾のエルフが高らかに声を上げて、去って行く。


「今のは……キョルか?」

「一応、知ってるやつだね。アレも確かに有名だし……見るからに強そうだ」

「あの角……まるで破城槌じゃな」


 既に遠くへ去ったエルフの一団は、もう見えない。ここまで一本道だから、きっとあの集落、そしてあの橋へ向かうんだろう。


「……待って、あれ、まさかあの橋に行くんじゃない!?」


 少し遅れて、香撫が気が付いた。


「まあそうだろうな」

「まさかも何もそれしかないさ」

「だったら……」

「止めようとか邪魔しよう、ってのはナシだよ、妹ちゃん」

「……っ、わかって、ますけど……」


 ティラノサウルスでもあれだけの悲惨な戦況を生んだのに、あの角で突撃してくるトリケラトプスがどれだけの脅威になるのかはわからない。

 でも城壁が役に立つとも思えないし、もしアレに侵攻されたらかなりの被害が出ることは間違いないだろう。

 僕らが今朝関わったみんなが、あの恐竜の脅威にさらされる……考えたくはなかったけど、僕らには何もできないし、引き返していい状況でもない。


「ねえ……できることってないのかな」

「無理だ。本当に何もできないよ。あのトリケラトプスにどうにか勝てるように祈っとくしかない」

「怪我してる人もいっぱいいるんだよ!?」

「それは向こうも同じなんだよ、通り過ぎてきたけど、さっきのところにだっていっぱい怪我してる奴はいたんだ」

「わかって、るっ、けど、さぁ……! 何でそんな平気そうなの!?」

「……」


 僕はだんだんと取り乱す妹の前で、腕を晒す。

 まだ斬撃の傷が治りきってない腕を見せると、少し妹がおとなしくなる。


「強いよ、バルバラさんたちは。だからお前は、我がまま言わないでくれないか」


 辛いが、兄として、妹の目を見て言う。


「……」

「お前にまで何かあったら……僕はどうすればいいんだよ」

「ずるいよ、その言い方……でもごめん、我がまま言って」

「気持ちはわかるよ、気にすんな」


 そうこうしている間にも、馬車はどんどん森の中を進む。

 最初は遠くの方に広がっていた白い霧がだんだんと深くなって、夕暮れの森に白い霧が広がっていく。

 木々も進むにつれ太く大きくなって、月明かりが登る頃、グリムさんが言った。


「……このあたりで今日は野宿しよう、もう少し行くと小川がある」


 そう言って口笛を吹くと、ジョンソンさんが馬車を停めてくれた。

 各々馬車から降りて、前の方でジョンソンさんが人間モードに戻り、近くの石に腰を下ろす。


「無茶をさせたな」

「いえ……これくらいは軽いですよ。それより、合流はできそうですか?」

「そうじゃな……もう少し休息して、夜がふけたら連絡を取ろう」

「わかりました……すいません、しばらくここで座ってます」

「うむ」


 そう言うと、ジョンソンさんはうなだれて目を閉じた。相当疲れているんだろう、本当に良くしてくれて、ありがたいことこの上ない。僕もなにかしないとな。


「水汲みにでも行ってくるよ、川ってあっち?」

「ああ、案内するのじゃ。誰か一緒に……」

「じゃあ僕が行こうか」


 そう言って手を挙げたのは先生だった。

 僕らはバケツとタルを抱えて小道を進むと、水音をたてて小さな川が流れている。


「獣が来ないよう見ておるから、今のうちに水を汲んでくれ」

「はいはい」


 言われて、タルを置いた僕はバケツで小川の水をざばざばとタルの中へ移す。


「そう言えばなんですけど」

「ん?」


 だいたい3割くらい水を貯めたところで、見張りの先生とグリムさんに話を振った。


「合流する場所って決めてないんですよね?」

「ああ、しかし南に逃げろとは伝えてあるのじゃ」

「飛べるし、そろそろ連絡取れませんかね……」

「気持ちはわらわも同じじゃが、この時期の空はちとマズいのじゃ」


 マズい?


「龍がおる。雷龍ほどではないにしろ危険な『群れ』がな……」

「群れ!?」


 流石にヤバくないかそれは。

 今思い返しても一切勝てる気がしないあの龍の群れとか想像したくもない。


「そう慌てなさんなって。まさかキケンな龍の群れがうようよしてるところで、のんきに平和にエルフが何千年も暮らしてるってこともなかろうさ」

「あそっか……」


 いかん、僕もどこか焦ってるな……


「まあそう言うことじゃな。今は遠くに見えるこの霧じゃが、北に行くにつれもはや靄と呼べるほどに濃くなる。木々の葉が見えず、日光が直接届かない程にな。そしてそれは龍の産卵期の特徴なのじゃ」

「産卵期……そりゃメスの気が立つわけだね」

「それもあって、この時期エルフの森で煙は厳禁じゃ。火事で幼竜を燻して、大災害になったこともある」

「うへー」


 そりゃ恐ろしい話だ。


「だからよほどのことがない限り空からは逃げれんじゃろう。宗右衛門殿にも言い含めてあるから問題はないと思うが……」


 と、その時だった。

 ズン、と地響きがして、わずかに木々が揺れて、タルの水面に波紋。

 ギャアギャアと寝ていた鳥が飛び去って、森がざわめき始めた。


「……地震、じゃないよね」


 こういう時、頼るのはあいつしかいない。

 またズン、と地響きがして、そこへ脳内に声が響く。


(マスター良かったですね!たぶん合流成功ですよ!)


 多分ってなんだどういう意味だ、と思うだけで、返事が来た。


(あそっか見えないんですね……えっと、巨人が出ました!)


「巨人!?」


 叫ぶと、グリムさんが反応した。

 そしてマカをここに召喚して、


「そーです!あっちに、巨人が出たんですよ!」


 現れたマカは、心底楽しそうにそう叫んだ。


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