第138話 いともたやすく行われる簡単な交渉
「さて、それではこれより『裁判』を始めようか。お前らタダじゃ済まさんぞ」
門をくぐって集落の真ん中の広場まで馬車を進めて、縄でぐるぐる巻きにしたチアさん暗殺の実行犯たちを、馬車の前に投げ出す。
広場は運動場のように広くて、そこには今朝の橋の戦いから撤退したらしい多くのエルフがテントを張って、治療や食事をしていた。
そんな中へいきなり表れて縛ったエルフを投げ出すから、当然野次馬が何事かと駆けつけてくる。
「し、失礼します、チア様とお見受けいたします!」
そして野次馬の後ろからエルフをかき分けて、青年って感じのエルフが現れた。
磨かれた鎧がピカピカと反射して妙にまぶしい。
「誰だ?」
「はっ、先日こちらに派遣されました、第18防衛部隊カチュー班所属、ディガーと申します!」
「18……ああ、二つ南の集落の隊か。何の用だ」
「お、お見受けしたところ、そちらに縛られているのは今朝から門を任せていた者たち……そして貴女様のような高貴なお方がこちらにおられるとなりますと、我々になにがしかの説明がありませんと、その、影響が大きすぎます! せめて何かご説明を頂けませんか?」
さっきまでの下品な連中とは違って、まじめな軍人風のディガーさんは、敬礼したままそう言った。実際もっともな話なので、チアさんが顎に指をあてて考えるそぶりをする。
「……結構。では今ここを指揮する責任者は誰だ?」
「そ、総指揮者はフルメルン様で……」
「そっちじゃない、この現場の方だ、誰がここを仕切っている?」
「それは……」
「私ですよ、チア様。これは何事ですかな?」
さらにエルフの輪をかき分けて、大柄な中年のエルフが一名、黒い鎧に身を包んで、僕らの前に現れた。
「チライか。そう言えばカチューはお前の息子だったな」
「末席の私めなどを覚えておいででしたか。光栄にございます」
「世辞はいらん。そして混乱させて済まなかったな。改めて説明をしたいのだが……とりあえずこいつらは私達を暗殺しようとした不届きものだ。処罰してもらう」
恭しく頭を下げた黒い鎧の中年エルフは、その言葉を受けて地面に転がる縛られた連中を見る。
「チライ! 騙されるな、こいつはチア様の名をかたる偽物だ!」
まだ往生際悪く叫ぶゲスエルフ。しかし中年エルフ・チライの目は冷ややかで、
「……なるほど、その旗、鎧の紋章、そして何よりそのお顔立ち……ここの責任者として、貴女が本物のチア様と認めましょう。そこのエルフの面汚しはいかように?」
「誰から命令されたか吐かせたい。まぁ、おそらくは……」
「……その名を私が口にはできませんな。心中お察しいたします」
「今に始まったことじゃないさ」
と、どうやら話はまとまったようだ。
「話は分かりました! こ奴らは王族に弓引いた反逆者! 誰か! こ奴らを牢に入れろ! 門番は代わりに7班が入れ!」
「なっ、騙されるな! 頼む、信じてくれ、俺とお前の仲じゃ……やめろ、はなせー!」
そうしてゲスエルフはずるずると引きずられて、奥の方へ消えていった。
しかし雰囲気は全然和やかじゃなくて、まだチライの顔は険しい。
「しかし……あのゲスはともかくとしても、貴女が、そちらの方々を引き連れてここにいる理由は聞かねばなりませんな。私共は、貴女が『捕らえられた』と聞いている。何も説明なしに、部下を失ったあなたをもてなすわけにはいきません」
「ああ、わかっている。説明が長くなるのだが……話はできるか?」
「ここの方々も一緒に、ですか」
「ああ、それに、妹もいる」
「妹……ま、まさか」
と、その時、僕らの脇を通り過ぎて、グリムさんが馬車から降りた。
チライの前で被っていたフードを取って、その顔を晒す。
周りにざわめきが伝播して、口々に何かを言っている。
聞こえてくるのは、『黒の森の』『棄民の』『なぜここに』『チア様がまさかあのような小娘と棄民どもに』……あまり耳にしたい声じゃないな。
「……わらわがグリム、黒の森の長じゃ。お主を見かけたこともあるのじゃがな、記憶にないか?」
「も、申し訳ございません……確かに幼くして『黒の森』へ追いやられた王族の方がいらっしゃるとは噂に聞いておりましたが、それがまさかチア様の妹君とは……」
「……妾腹の扱いなど、そのようなものじゃよ。それで? どこか場所は用意できるか?」
「か、かしこまりました、直ちに! ピッチ、いるか!」
「はい、おじさま! ここに!」
ざわめくエルフの輪からぴょんと手が伸びて、甲高い声の後、鎧の音とともに誰かが走ってきた。
(ちっさ)
子供かと思うくらい小さいそのエルフは、小さいながらもちゃんとした鎧を着て、チアさん達のところへ駆けつけた。
「本部テントへ行ってすぐ全員をよそへやれ。これは命令だ、急げよ」
「はい、わかりました!」
そう言って、現れたのとは別方向に去って行く。
「ではご案内いたします。こちらへ」
「うむ」
チアさんが頷いて、グリムさんが僕らに視線を向けると、ジョンソンさんがピッチさんの去った方へ馬車を進めた。
「それと、妹様への無礼に関しましては、後で厳しく通達しておきますので……」
「ああ、ぬかるなよ。次期王権を競う我々に何か無礼があった場合、それなりの処罰を下すと伝えておけ」
「……心得ております」
そんな、どこか重い空気の中、色々な感情の混ざった眼を向けられながら、僕らは集落のど真ん中を馬車で進んだ。
そしてひときわ大きな黒いテントの前にたどり着くと、
「……こちらへ」
中へ促された。例によって太陽石のランプが白く点っていて、僕らも馬車から降りる。
遠巻きに広場のエルフがチラチラこっちを見てくるので、視線が気になることこの上ない。
「気にすることじゃないさ。この程度、まだ序の口だろ?」
「……そうでしたね」
先生に言われて、僕は気づく。
まだここは森の入口のすぐ近く、僕らの大仕事はまだ始まったばかりだ。
「気を引き締めて行こうぜ、いざとなったらキミが頼りだよ」
「はい」
僕なんかより、直にこの目に晒されるグリムさんの方がよほど辛いはずなんだ。
……ただ、それでも正直僕は、この現実をひっくり返してグリムさんが崇められる日が、とても想像出来なかった。
「では伺いましょう。チア様、貴女には何があったのですか?」
「それは……」
太陽石のランプで照らされたテントの中、地図の置かれた大きなテーブルを挟んで、チアさんは話し始めた。
「……私達はあの日、黒の森の制圧に失敗した。そして私以外……そうだな、私以外は全て森に還され、今は妹の虜囚の身だ。こうして前と変わらず振る舞ってはいるが、白の森にいるこちらの仲間に何かあれば、私の首が飛ぶ程度の身の上さ。撒かれた号外とやらは見たか?」
「確認しましたが、こちらの戦意を削ぐためのデマでは?」
「まず間違いなく事実だよ」
「まさか、白の森からそう簡単に逃げられるわけが……」
「そのまさか、は私も十分過ぎるほどに味わったさ」
「……」
そこまで言われて流石に効いたのか、チライは言葉を失って困惑している。
「……それで、虜囚の身でここを通過したい、と?」
「ああそういうことだ。迷惑はかけない。引き続き、戦争を続けていてくれ」
「っ……そういう、ことですか……」
何故か、チライが頭を抱えて、何かに悩むように突っ伏した。
「私にみすみす、貴女をこの連中から救い出すこともなく、見送れと……?」
「お父様の元に着くまでの同行者だ、私の安全は保証されている」
「はは……大人の判断ですなあ。よほど、よほどこの連中が恐ろしいと見える……おそらくは、貴女の部隊を全滅させたのもこの連中なのでしょう……」
「……」
悔しさと恐怖を滲ませながら、顔を上げずにチライは震える。
体は震えているのに唇は笑っていて、目は絶望に染まっていて、諦めたように口から出てくるのは皮肉。
「妹様……いえ、グリム様と呼ばせて頂きましょう、貴女は……何を手にしたのですか?何者になったのですか?失礼ながらあの悪名高き黒の森に、このような得体のしれない連中が揃う意味がわからない……」
「わらわにもわからんよ。それと」
コン、と地図にナイフを刺して、グリムさんは暗い声で言った。
「次にわらわとわらわの友を愚弄したら殺す」
聞いたこともないようなグリムさんの声が、闇に響いた。
「も、申し訳……ございませんでした……」
「許す。……では話は終わりじゃな。わらわ達はすぐにでもここを出る。あとは好きにするが良い」
「そ、その件なんですが……グリム様、チア様!お願い致します、どうか牙のキョルを失った事はご内密に!」
……は?
何言ってんだと一瞬思ったが、考えてみれば、前線でアレを失ったのは確かに責任者としては大問題かもしれない。
「こ、このことがフルメルン様に知られれば、私どころか家族までも罰を受けます!どうか、どうか今だけはご容赦を!」
「……」
それを、冷ややかな目で見つめるチアさんとグリムさん。
「わらわは構わん。そのような些事はどうでも良いのじゃ」
「私もだ。黙って通った、それで構わない」
「あ、ありがとうございます、ありがとうございます!」
土下座して震えるチライを見て、
「ねぇ……このエルフ、本当にここの偉いエルフなの……?」
「……言ってやるな、流石に可哀想だよ」
香撫に、声をかけられた。
キョルを失い、部下が王族に弓引いて、橋を奪えなかった指揮官は、色々と耐えられなかったんだろう。同情は、できなくもない。
「行くぞ皆の者」
グリムさんの冷たい言葉で僕らはテントから出る、その直前。ふと後ろを振り返ると、
「あぁ、どうしてこんな……どうして……」
土下座したまま絶望するエルフが震えていた。
「どうした?」
「いや、なんでも……」
珍しくチアさんに声をかけられて、なんとなくそう返す。
「あまり見てやらないでくれるか……頼む」
そして小声でそう言われ、
「アンタやっぱさ、」
「ん?」
「あ……いや悪い、何でもない」
いいやつだな、と言おうとして……止めた。




