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第132話 命散る橋の上

「……構わん」


 同胞を殺す、という宣言に、グリムさんは胸を張って答えた。

 馬鹿馬鹿しいくらい晴れ渡った秋の空に風が吹いて、僕らが何か反応する前に、


「では私は全身全霊でそれを信用しよう! あなた達には我々の国土を侵さんとする侵略者どもと戦っていただく! よろしく頼みますぞ!」


 ばっ、と身をひるがえし、ゴルメシアはテントの中に去って行く。

 そこへ鎧姿のバルバラさんが現れて、


「じゃ、あたしたちは遊撃部隊だから! 何人か戦力になってくれるかな? あ、もちろん全員じゃなくていいし、グリムさんとチアさんには護衛もつけるよ!」


 まるでテーマパークに遊びに来たみたいな、バルバラさん。鎧姿じゃなかったら、一瞬ここが戦場と言うのを忘れそうになる。


「で、何人来てくれる?」

「じゃあとりあえず僕と彼かな」

「ふーん?」


 先生が一歩前に出て、僕を指名する。

 巫女服の袖と先生の髪が風に吹かれて、ばさばさと揺れていた。


「いいだろ? 《《正義》》君」

「……はい」


 苗字じゃなくて名前なのは、まあそういうことか。


「じゃあそう言うわけでウチからは二人だそう。残りは全員護衛ってことで頼むよ」

「おっけー。ま、そんなもんだよね。杖持ってないみたいだけど、二人は魔術師?」

「ま、そんなもんだよ」

「じゃあ隅っこから魔法撃ってくれるだけでも十分だね。何が使えるの? 回復? 炎? あ、できれば強化系が使えると嬉しいなあ」

「ま、その辺はおいおいね。ところでジョンソンさん」

「はい?」

「君は休んでてね。夜通し歩いて疲れただろ」


 人間モードになっていた鎧姿のジョンソンさんを呼んで、そう言った。

 一瞬呆けたような顔をしたものの、何かを察した顔をして、笑顔でうなずく。


「かしこまりました、いつでも走れるようにしておきますよ」

「よろしくね。じゃあ作戦を教えてもらえるかな?」

「いいよー。じゃあ戦場を見に……」

「待って!」


 そこで、声が飛んだ。


「先生……私は?」

「香撫ちゃんは後詰めさ。君、回復魔法は使えただろ?」

「つ、使えますけど……私も」

「だめ」

「何でですか!?」

「君はあそこで現実を見た方がいい」


 指さした先には、大きめのテントがある。

 そしてその周りには、担ぎ込まれる獣身族や叫び声。木箱に座って包帯を巻かれる姿もあって、どう見ても野戦病院だった。


「……っ」

「あ、助かるねー。回復魔法なんて何人使えても困らないから」

「ではわらわ達も加勢しよう。何もせず護衛されているより良い」

「いいのー? 危ないよ?」

「今更じゃろ」

「ふーん、じゃあお願い。じゃ、そう言うことでよろしくね。行こっか!」


 そうして、バルバラさんは僕と先生をテントの向こうへ案内してくれた。

 その途中で、


「……ありがとうございます、先生」

「何がだい?」

「香撫を止めてくれて」

「何も止めてないよ? 適切な場所に行って貰っただけさ」

「え?」

「んー、あそっか、キミもあんまり知らないのかなあ。戦場で担ぎ込まれたけが人がどんな状態になるか、生で見たことはあるかい?」

「あ、いえ……」

「ははは、いい感じに世間知らずだね君も。ま、今日のところは君も彼女も無事に帰って、美味しいご飯を食べることだね」

「はぁ……」


 よくわからないが、言いたいことは伝わってきた。

 今日これから起こるのは、戦場の現実なのだ。

『探偵』が直面するのは、あくまで『事件』。

 カルト宗教の撲滅に協力したことはあったけど、今回のこれは国同士の戦争。

 何度も歴史上あったはずの、僕らが知ってるだけのそれの現実が……


「あ、見える見える。よしよし、まだ大丈夫そうだねー」


 ……眼下に広がる平原で、まるで映画のように広がっていた。


 ――僕らがいるのは小高い丘の上。

 戦場が見渡せる特等席から見下ろすと、向こうには森、平原を挟んで、水の濁った大きな河と、そこにかかる一本の大きな石の橋。

 そして橋のこっち側も平原が広がっていて、足元の丘まで同じ色の草が生え広がっている。


「ふーん、やっぱりティラノサウルスか。大きいねえー。でも橋を先に渡るのはエルフか。川が増水してて良かったね」

「でも逆茂木流されちゃいましたからねー。筏で渡河されたらヤバいっていうか」

「あー逆茂木があったのか。雨も善し悪しだねえ。ある意味裏をかかれることはないんだろうけど」

「ですねー」


 巫女服姿の先生と、鎧姿のバルバラさんが、なんてことないように言う。


「おや、大丈夫かい? 正義君」

「え、ええ、大丈夫です……」


 大丈夫、だけど、目の前の光景の意味が分からない。

 ……橋の上では、ティラノサウルスと抑え込もうとして、大勢の鎧姿の兵士たちがそれを食い止めていた。

 木の杭を束ねた車みたいなものを配置してるからティラノサウルスは橋を渡っていないが、その隙間には二種類の兵士がいる。

 エルフ側とこっち側。それらが武器を振りあって、一進一退……そう、一進一退しているんだ。


 ――《《その足元に、たくさんの死体を生みながら》》。


 幅の広い橋の上で、ぶつかり合う兵士はそこまで多くない。

 けれど、遠くからこうして見ている間にも、小さな鎧のシルエットが、ぶつかり合った部分でふっと沈む。そしてその上に新たなシルエットが重なって……


「っ……!」


 今、死んだのか。

 剣で切られたのか知らないけど、あの橋の上で、僕の視界で、誰かが死んだ。

 よく見ると橋のこっち側からはどんどん兵士が運び出されていて、何人かまとまったところで、荷台に乗せられてこっちの丘へ運ばれてくる。

 そしてそんな中でも、誰一人逃げようとしないのだ。


 怒号が飛んで、叫びが轟いて、金属同士がぶつかるような音が聞こえてくる。

 火薬が爆発する音もする。たまに橋の上で爆発が起きて、それで均衡が崩れることもある。けれどすぐそこを埋めるように、兵士が補充されていく。


「これが戦争だよ。みんな必死だろ?」

「ええ、そうですね……」


 まるで資源だ。

 資源をぶつけ合って、お互いに消費して、勝った側があの橋を突破する。

 あんな、元の世界じゃせいぜい観光名所程度のあの橋を、命がけで二つの国が取り合ってる。


 ――何やってんだかって、バカにするのは簡単だった。


 けれど、今目の前に広がる現実が、

 命がけの橋の奪い合いから目を離すなと、

 悪魔みたいに笑っていた。


「いやあー、壮観ですねえ!」


 そこに、マカが現れる。


「うお、精霊!?」

「ご挨拶がまだでしたね軍人さん、私がマカ、マスターの眷属です」

「ど、どうも。よろしくね」

「そんなに怖がらなくても結構ですよ、変なことはしませんし出来ませんから」


 にっこり笑って握手を求め、バルバラさんとマカが握手する。


「さて、どうしますかマスター」

「どうする……って」

「私ならここから誰でも殺せますし、なんならあの恐竜を仕留めてもいいですよ?」


 僕に耳打ちするように、マカは言った。


「いい考えだけど……止めた方がいいんだろうな。ちょっと考えさせてくれ」

「どーぞどーぞ」

「先生も……いいですか。相談しないと、決められなくて」

「もちろんいいよ、とりあえず言ってごらん」

「はい、まずなんですが……」


 ――まず、止めるべきはあのティラノサウルスだ。

 アレが橋を渡りそうだから必死でこっち側が侵攻を止めているわけで、第一はそれ。


「バルバラさん、もしあのキョルがいなくなったら、あの橋をどうしたいですか? 落とすのはまずいですよね」

「え、落とす!? ダメダメ、あの橋から逆侵攻できなかったらキョルに河を渡られて大損害だよ、すでに筏も見えてるんだよ!? あの橋は奪還して、その向こうに陣地を敷く! それ以外はダメ!」

「ですよね。言ってみただけです」

「精霊憑きの冗談とか冗談に聞こえないよ……」

「で、先生、あのティラノを止めたら、あの橋からエルフはいなくなりますか?」

「まず間違いないね、心理的に、『あれさえ通せば我々の勝ち』と『アレさえ食い止めれば我々の勝ち』さ」

「わかりました。マカ」

「はいはーい、やっぱりそう言う感じですか。マスターの得意分野ですね!」


 得意分野って言うな。


「じゃあがっつり盛っちゃいましょう! 今度はどんな感じで行きますか?」


 僕の背中に羽が生えて、それが無駄に大きくなっていく。


「え、え、え、な、何!? キミ何してんの!?」


 バルバラさんの初々しい反応に対応してる暇がないので、僕は先生に声をかけた。


「じゃあ先生、ちょっと行ってきます」

「ああ、間違っても死ぬなよ、エルフは弓が得意だから」

「分かってますよ」


 そして僕は、飛んだ。

 ――あの戦争を、止めるために。

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