第131話 戦場の転移者たち
がたがたと馬車が激しく揺れて、僕は朝の光に目を覚ました。
気づいたら寝ていたらしく、見覚えのない毛布が僕の体にかかっている。
「っ」
あわてて剥ぐと、そこには案の定というかなんというか、香撫がいた。
「起きちゃった?」
「あー……眩しくてな。お前のせいじゃないよ」
「……いいの?」
「何が?」
「こうしてて」
今の香撫は、僕の隣に体を丸めて寝ころんだ状態だ。
布団の温かさを残したお互いの体温は、まだ十分に伝わっている。
「……寂しいんだろ? ごめんな、今まで一人にしてたから」
「ん」
言って、僕は香撫に布団をかけてやる。
馬車がまたガタゴトとゆれて、お互いに体の位置を直した。
「ねえお兄ちゃん……もしさ、攫われたのがわたしだったら、こうして迎えに来てくれた?」
「当たり前だろ、何言ってんだお前」
「だってわたし……何にも村の役に立ってないよ?」
そう言うと、くるっと寝返りを打って、僕から表情を隠す。
「あのなあ、役に立つとか立たないとか、そんなのはどうでもいいんだよ」
一度ちらっとグリムさんの方を見るが、チアさんと一緒になって寝ていた。
「……お前はまずしたいことをやればいいよ。あっちの世界じゃお前が出来なかったことを、この世界で出来るんだ。最初のうちははしゃぐのも仕方ないさ」
「でも……」
「気になるんなら帰った後で畑の草むしりでも風呂掃除でもなんでもすればいいんだよ。やり方なら教えてやる。今回の旅が終わったら、やらなきゃいけないことなんて一杯あるんだぞ」
「でもさ、お兄ちゃんの言うそれって……」
と、その時だった。
「起きてるー? もうすぐ着くよー朝だよー!」
そうバルバラさんが前から顔を出して、言った。
そしてすぐに馬車は止まって、後ろの幌を開くと、そこには草原……に見えたけど、牧場があった。
「ん~……」
とりあえず降りて、体を伸ばす。
ごきごきと背中や肩が鳴って、そこへ冷たい風が吹いた。
「もう秋だね~」
バルバラさんの声がして、振り向くとそこにはシャツとホットパンツ姿のバルバラさん。本気で目のやり場に困る。
「ここは?」
「国外れの牧場! 井戸を借りてるから朝食をとって、王国を迂回して前線に行って貰うからよろしくね」
「あ、はい」
たゆんたゆんと自己主張の強い胸元から目をそらして、僕は馬車から降りたばかりの妹に声をかけた。
「さっきの話なんだったんだ?」
「あ……い、今はいいや、ゴメン。今回の旅が終わったらゆっくり話そ」
「ん、わかった。でもなんかあったら言えよ?」
「だいじょーぶだよ、心配しないで」
「おやここにいたのかい」
話が片付いたタイミングで、お湯の入ったカップを持った先生がやってきた。
「あ、先生。それどこにあったの?」
「あっちさ。牛乳もあったよ」
「あ、いいなー。わたしも貰って来よ」
そう言って、香撫は去って行ってしまった。
「逃げられちゃったかな?」
「んなわけないと思いますよ、普通にのどが渇いてただけでしょ。……で、この後どうするんですか?」
「羊ちゃんに聞いたけどね、このまま僕らは王国に入らずに、戦線に送られるらしい。まったく慌ただしいねえ、戦争って言うのはいつも」
知ったような口ぶりだなあ、とは思ったけど突っ込みは入れなかった。
「それで、何か企んでます?」
「何かって?」
「僕らが戦線を突破する方法ですよ、考えてないわけじゃないでしょ?」
「君もう少し先生に見せ場ってものをくれないかなあ、知ったように言われちゃ面白くないじゃないか」
「……どうしましょう先生、このままじゃ足止めです」
「最初からそう言いなさい。まあ聞き給え、僕にいい考えがある」
大人って面倒くさいなあ。
それと何となくいい予感がしないのはなぜだろう。
「で、そのいい考えって何ですか」
「ここで大っぴらに言うのもなあ。でもまあ仕方ないか、耳貸して。ごにょごにょひそひそかくかくしかじか」
その先生の作戦とも言えない作戦を聞いて、
「えぇ……」
表情を歪めることしかできなかった。
「良いだろ実際それが一番手っ取り早いんだから」
「まあそうでしょうけども……でもそのためには単独行動の必要がありませんか?」
「そこらへんは任せなさい。とにかくエルフの森とやらの戦力を見ようじゃないか。それにちょっとした『仕込み』もしてあるからね。悪いようにはならないよ」
「仕込み?」
「ま、そのうちわかるよ」
のんきだなあ、と思いながら、僕は先生を見送る。
「マカ」
「はいはーい、何ですか?」
そしてマカを呼びだして、
「もしかしたらお前に暴れてもらうかもしれない。その時は頼む」
「りょーかいです! もちろん好きに暴れて良いですよね?」
「ああ任せる」
「ひゃっほう! あーチャンスが来ないかなー」
頼みごとをすると、以外にもあっさり通った。
「なんだお前暴れたかったのか」
「ええ、肩慣らしに」
肩慣らし、って言ってもこいつ、結構この世界で暴れてなかったっけ?
「? よくわからないけど……まあいいや」
その時ラッパみたいな音がなって、周りにいた人たちが慌ただしく馬車に戻っていく。そして全員が乗り込むとすぐに馬車は発信して、戦争が起きているにしてはあまりにも静かな地平線の向こうへ走りだした。
――で、どれくらい走っただろうか。
僕らの馬車が坂道を登り始めたかと思うと、鞭を打つ音とともにかなりの勢いで加速して、それが平たい道に差し掛かったところで停止する。
「降りろ! 全員整列! 繰り返す! 全員整列!」
足音と鎧の擦れる音が今までで一番大きく響いて、外に出てみれば、鎧の人たちが走り回って、僕が馬車を降りる間に整列が終わっていた。
「全員、気を付け! 良し! 待機!」
小高い丘の頂上の直前で、号令が響く。
ザッザッ、と気を付けと敬礼を一糸乱れず行って、
「おぉ……」
その脇で気圧された僕は、それを見て何も言えなくなってしまった。
「こっちこっちー」
振り向くと、鎧姿のバルバラさんが立っていた。ヘルムを脇に抱えて、こっちに手を振っている。
「あっちはセンパイが指揮するんで、あなた達はこっち来て。合流する部隊の隊長に合わせるからさ」
「あ、はい」
そう言うと、バルバラさんが指笛を吹いて僕らを集め、集合した軍人の人たちと違う方へ案内する。小高い丘を登りきるとそこにはテントが立っていて、前に見たゴルゴーの駐屯所みたいになっていた。
しかし違うのは、その雰囲気。
あの時よりテントの数は圧倒的に少ないのに、その空気がまるで違う。
「お兄ちゃん……」
ぞろぞろと歩いている中、妹が不安げに僕に寄ってきた。
いやでもわかる『戦争の空気』が、ついさっきの牧場で味わった平和な空気を一瞬で塗り替えて、世界全体に緊張感が満ちている。
それに戸惑っているうちにバルバラさんは赤い旗の立ったテントに近づいて、入り口の脇に立っていた兵士に敬礼されて、
「第七遊撃部隊、バルバラ! 只今到着しました!」
「よく来た! おおよく来たなあバルバラ!」
叫ぶと、テントの中からヤギが飛び出してきた。
「隊長、只今戻りました!」
「おお、良かった……ここが戦場でなければ撫でまわしていたところだ! で、こちらの方々が例の黒の森の?」
「はいそうです! 転生者の方もいます!」
「なるほどよし! 皆様、私の名前はゴルメシア! 以後よろしくお願いいたします!」
ゴルメシアと名乗ったヤギ男は、そう言って一歩前に出て敬礼する。
するとバルバラさんが下がって、グリムさんを促した。
「黒の森のグリムじゃ、この度は世話になるな」
「こちらこそ、です! 語りたいことは多々ありますが! 一つだけ確認してよろしいでしょうか!」
「何じゃ?」
「あなた達はあの『橋』を渡りたい、私たちはあの『橋』を敵に渡らせたくない! ではつまり、今回の作戦目的はどうなるべきか、ご存じの方はいらっしゃいますか?」
「え? あ、いや……」
話を急ぐヤギ男に圧倒されて、グリムさんが言葉を失う。
「『向こう岸の敵の殲滅!』向こう岸から敵が消えるまで、私達は貴方たちの同胞、《《エルフを殺すことになります》》! そのことに文句はありませんね!?」
良く晴れた青空の下、丘の上で高らかに響いた『殺す』という言葉は、僕らにとってあまりにも重かった。




