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第121話 潜伏

 地下室の天井を破壊して天音と天使――スペースが飛び出すと、外には鎧姿の兵士が五名ほど、入り口を固めていた。

 しかし地下室の入り口と牢屋の天井は当然だが距離がある。兵士たちからしてみれば持ち場から離れた地面が爆発したように吹っ飛んで、何事かと慌てて視線を向けるとそこには三対六枚の羽を持つ天使が文字通り降臨していた。


「て……天使様……?」


 魂を重ねた天音とスペースの姿は、天音がイメージした通りの大天使。

 光輪を背後の空間に背負い、白い長髪をなびかせ、着ているのは白いローブ。

 完全な純白の翼はそれだけで明るく、過剰なまでに散る羽毛は地表に落ちると光の粒子になって消えた。


「な……何をしている! 脱走だぞ! 撃て!」


 五名のうち、動いたのは三名。

 訓練したように弓を構え、訓練したように矢を放つ。正しく天音の頭を狙ったその矢は、頭の手前一メートルほどの位置で、赤い炎に阻まれた。


「確認します。貴女の『ギフト』はこうなりましたか」

「みたいね」


 天使の声が、脳内に響く。かつての自分と敵対するそれではなく、認め合った二人の柔らかな声音は、安らぎすら覚える。

 その間にも矢継ぎ早に矢は飛来するが、全て意識するまでもなく燃え尽きた。


「質問します。どのように無力化しますか?」

「試してみる。『眠って』」


 ふっ、と右手を振ると、その先にいた兵士たちは糸が切れた操り人形のように倒れ、ピクリとも動かない。

 残り三名になったところでそれに怯えた兵士が一名逃げ出し、残りの二名は果敢にも矢を撃ち続けた。


「……」


 同じように左手を振ると残りの二名も同じように倒れたが、多少は抵抗しようとしてから耐えきれなくなったように倒れる。

 どうやら無詠唱でも魔法は発動できるが、多少威力は落ちるらしい。


「推察します。……ここはどこなのでしょう?」

「さあ。取り合えず飛んでみれば分か……」

「逃がすと思う?」

「っ」


 声のした方を向くと、当然のように『魔女』がいる。

 黒いドレスを纏い、しかしその右腕は油のような真っ黒の不定形で、その先端は死神の持つ鎌のように変形していた。


「推定します。土の精霊による、人格を打ち込んだ自立型ゴーレム……あいかわらず精霊の使役がおぞましい」

「おぞましい?」

「補足します。あれを作成するのに、必要な精霊は少なくとも十数体。それだけの精霊の魂が、あの中でエネルギーとして消費されています。人格の維持は、当然ですが、不可能……」

「……それは確かにおぞましい」


 その言葉を無視して、魔女を模したゴーレムはイラついたように口を開く。


「その姿と声……何? もしかしてあの残りカスと合体したの?」

「正解。でも次にその呼び方をしたらお前を破壊する」


 違う声色で話す天使と、魔女の土人形が対峙する。

 霧が増したせいで遠方は見られないが、半径二十メートル程度の丸い芝生の広場になったここは、地下室に入る小屋があるだけの森のはずれだ。

 少なくとも集落でなければ、この魔女は存分に暴れることだろう。そしてそれは、天音たちも同じことが言える。


「クレイセン王国以来になるのかしら? あの時は本当に本当に本当に楽しかった」


 兵士は倒れ伏し、邪魔するものは何もない。

 因縁を語る魔女の土人形に、破壊したけど記憶は共有しているのか、と天音が理解する。あれが遠隔操作で、本人はどこかから操縦しているのだろうか、と推察すると同時に、何を言うべきか考える。


「……私も、楽しかった」

「あらそう?」


 推理と思考の同時処理が導き出したのは、


「でも思ったより弱かった。かっこよく登場して、街に出ようとして、火の鳥に何もできずに壊されて、おしまい。……拍子抜け」


 挑発だった。


「あ、は、は……」


 魔女は笑う。


「――っざっけんなクソガキどもがぁっ!」


 そしてキレた。

 触手のように伸びた黒い鎌の腕は三つに分かれ、各々が別方向から天音たちに襲い掛かる。が、固いもの同士が衝突した音とともにそれらは全て空中で食い止められる。

 すると鎌の一つがマスケット銃のような形に変わり、カキン、という金属音とともにその銃口が赤く光った。


「!」


 直後に炎の弾丸が天音たちの足を打ち抜く軌道で打ち出され、飛翔によって回避される。どうやら物理的な攻撃は無意識でもガードすることができるが、魔法はそうもいかないらしい。


「今のは?」

「説明します。……あれも、炎の精霊のエネルギーをそのまま打ち出したものです」

「……その精霊はどうなるの?」

「補足します。既に意識はありません。使役された段階で、精霊側の人格……意識を封印あるいは殺し、エネルギーの詰まった霊体の袋……それを魔女の意志で好きに『使って』います」

「っ」


 王国で戦った時にうっすらと分かってはいたが、今避けた弾丸が精霊の血肉のようなものだと思うと、おぞましさがこみ上げる。

 精霊を道具、あるいは燃料のように好き勝手使い潰す目の前の土人形を見て、天音が思い出したのは、かつて対峙した犯人たちだった。


 ――身勝手、傲慢、我儘。


 それらの言葉を煮詰めてもまだ足りない、吐き気を催す邪悪。

 私利私欲で血縁を殺し、

 私利私欲で通りすがりの獲物を殺し、

 私利私欲で他人を欲望のはけ口にする。


「……下種がっ!」


 その怒りはどちらの物だったのか、次に仕掛けたのは天音たちだった。

 天使の羽を背後に飛ばし、1つ1つが魔法陣で固定される。

 先端を魔女に向けたそれらは、弾丸の速度に加速して、魔女の体を狙う。


「ち……」


 数を見て防御ではなく回避を選んだ魔女は、瞬間的に移動して羽の弾丸を避けた。

 何度か羽が魔女を狙うが、鎌つきの触手を操りながらも魔女の移動は速く、互いに互いの攻撃を避けながら攻防は続く。


 そしてそうなれば、戦況は魔女の有利に傾いた。


「ご無事ですか、魔女殿!」


 キョルに乗ったエルフの新たな軍勢。

 当然ここは敵のホームグラウンド、そこで戦いを繰り広げていれば、いくらなんでも増援くらいは来る。


「な、天使……様、が……」


 しかしその中には当然、絵画のように神々しい天使と異形の魔女を見て戸惑う者もいる。

 それに苛立った魔女はそのエルフを触手で掴むと、既に避けた攻撃の射線へ投げた。


「ひっ、そんな、何でぇ――」


 直後にガガガガン!と鉄に釘を打ち込んだような音がして、鎧姿のエルフは動かなくなる。


「分かった?」


 魔女の言葉にエルフたちは震え上がり、即座に弓を構えた。


「だ、大地よ――「炎の――「雷光よ――」」」


 そしてそれらは異なる属性の光を纏って天音たちを狙う。



「流石に危険そう」

「提案します。上空には逃げないのですか?」

「……嫌な予感はする、けど……」


 見上げれば、超高層ビル程度の高さに霧が漂っている。

 太い枝のシルエットも伸び、確かにあの中に逃げ切ればそう簡単には捕まらないだろう。


「そこしかなさそう」


 そう呟いた、その時だった。


「マスター!」


 七色の光が背後から炸裂して、それを光輪が数秒受け止めたところで体をひねって砲撃を逸らす。


「貴方は……!」

「まさか、とは言わん。ある意味当然の帰結と言えるだろう」


 白一色の肌色をした、男。

『精霊王』が、七色の幾何学的な形の翼を広げて宙にいた。


「遅い!」

「指示には従っていただろう、それより、逃げられる前に手を打つべきだ」

「言われなくても分かってるわよ!」


 その瞬間、がくん、と天音の身体のバランスが崩れる。


「や、やはり……仕込まれて……」

「スペース!?」


 スペースの霊体に纏わりつく黒い影。

 それが首や腕に巻き付き、スペースを苦しめていた。


「提案、します。私を、捨ててください、マスター……貴女ならきっと……逃げ……」


 その言葉に、ブツン、と天音の頭で何かが切れる音がした。


「『探偵』が……」

「え?」

「『助手』を見捨てて!務まるわけないでしょうがああー!」


 その瞬間、蒼い光が炸裂した。

 それは天音が首から下げていた例の宝石――『人魚の涙』と、同じ色。


「この光は――」

「嘘でしょ、まずぃ……っ!」


 魔女が耳を塞いで、それ以外は反応できずに呆けて立ち尽くす。


 ――そして次の瞬間、『音』が響いた。


 水底から天空まで響き渡るようなその音、否、『声』は、聞くものに直感でそれが『人魚の嘆き』だと分からせる。


 そして次の瞬間、全員が残らず『溺れた』。


 肉体ではなく精神が水底に叩き込まれ、全員の本能が呼吸を止めさせる。


 慌てた天音はもはや反射的に真上に羽ばたいて、天空から墜ちた『それ』と交差する。


「――!!」


 霧と同じ色をした、『龍』。

 地表へ落ちていくそれを見送って、霧の中に入り、適当な枝に降り立つ。

 そしてそれを待ち構えていたような影が二つ現れて、


「アンタ見かけによらず無茶するよなあ」

「耳痛い」


 ――大きく予定は狂ったものの、仲間と合流したのだった。

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