1-8 覆面の男
全身黒尽くめのアヤシイ奴と手合わせする話。
「話し相手、ですか?」
思わず聞き返してしまったのだが。
「そう、話し相手じゃよ。お主もそのつもりだったのじゃろう?
リョウヤの昔話を聞きに来たのではないのかの?」
全て、お見通しという訳だ。
「そう、ですね。
後は、そのリョウヤから聞いた、彼よりも強いという人の話を……」
「ほう。それはシュウガと、サヤカゲの事じゃな」
その二人の名前を口にした時、お館様の表情が緩んだ様な気がした。
「生憎、名前は聞いていなかったのですが。
何でもリョウヤの遠い親戚で、先生でもあったと」
「それではシュウガの方じゃな。―――シュウガ・ミカナギ。
この里でも一番の使い手と謳われた剛の者じゃ」
……謳われた?
俺の表情の変化を読んでいたのだろう、お館様はポツリと言った。
「そう。『過去形』じゃよ。あヤツはもう随分昔に……十年以上前に逝ってしまいおった」
何となく、力が抜けてしまった。何を、期待していた訳でもない。
ひょっとしたら……と、こんな事態だって予測はしていた筈なのに。
「申し訳ないが、もう一人のサヤカゲも、今は任務で辺境へ出ておっての。
代わりにといっては何なのじゃが……若手の有望株を待機させておる。
噂に名高い『黄金の調停者』の実力、儂に見せてはくれぬか?」
その目は、既に忍者組織の長の光を湛えていた。
ここで退いては俺としても名折れだし、それ以上に俺を育て鍛えてくれたリョウヤ達への侮辱にもなりかねない。
そうだ。無様な戦いは、出来ない。
「勿論です」
俺の答えに、お館様は深く頷く。
「『去月』」
一瞬置いて、声がした。
『―――此処に。』
慌てて声のした方向を見ると、俺が入ってきたのとは違う間仕切り―――「ショウジ」と言うそうだ。後でカクヤ君に教えて貰った―――に、影が映っていた。
小さい頃から人の気配には異常なほど敏感だった俺が、全く気付けなかった。
背筋に冷たい物が走る。
しかし、また同時にそれ程の―――お館様が“有望株”と称する程の実力の持ち主に、心が躍る。
「お主に比べれば、まだまだヒヨッコなのじゃが。どうかな? この者と手合わせして頂けるかの?」
コイツがヒヨッコだって? 謙遜か、引っかけか。……まぁ、どっちでも良いさ。
『強いヤツと戦いたい。強くなりたい!』俺は、俺の本能に従うだけだ。
「喜んで!」
「それでは、場所を変えようか。付いて来て下され」
「は、はい……って、うわぁ!」
立ち上がろうとして、無様にずっこけてしまった。
「あぁ、正座しておったからのぅ。こりゃ暫くは動けんわい。ふぉふぉふぉふぉふぉ!」
いかにも可笑しそうに豪快に笑われて、顔が火照る。は、恥ずかしいぃぃぃぃ。慣れない事は、するもんじゃないな。
ようやく動けるようになって庵を出ると、その男が立っていた。
全身黒尽くめの、一種異様な雰囲気を纏っている人物だった。
生身の見えるところが無いので、容貌も年齢も伺い知れない。
お館様が「若手」と言っていたから、年若い筈なのだけれど、さっきちらと聞いた声は機械音声でよく分からなかった。
「―――もう、大丈夫かの? ふむ、それではこちらじゃ」
俺が頷くのを確認してお館様が歩き出すと、そのすぐ後に黒尽くめの男が続く。
竹林の中の小径を進むと、突然視界が開けた。
一面の草原。
また、あの既視感に襲われる。
「どうかなされたか?」
「あ、……いえ。大丈夫です。では、どうしましょうか?」
「『何でもあり』と言うのは、どうじゃな?
飛び道具も、武器も急所もあり。勿論、徒手空拳でも可じゃ」
つまりは、普通の場合と全て同じという事か。メディアなんかに露出が有る分、相手はある程度コチラの手の内を知っているけれど、俺は何も分からない。
上等じゃないか。
「ふむ、不服はなさそうじゃの。まぁ、此方ばかり知識が有るのも有利すぎるというものか。
エルズワース殿、去月のエモノは刀じゃ。それだけお教えしましょう」
と、お館様は言うものの―――去月と言う男、どう見ても刀を携帯しているようには見えないのだ。見た目には、完全に丸腰に見える。
しかし、だ。
相手は腕利きの忍者。どこに隠しているか分からなくても、持っているに違いない。
用心するに越した事はない。
ある程度の間合いを置いて、対峙する。位置取りの間に愛用の銃の弾倉を確認した。
こいつは名前を『ブリューナク』という。とある腕利きの銃職人の手による物なんだけど、その昔スタンが勝手に名前を付けてしまったのだ。結局、名付け親のスタンは名前の意味を教えてくれる事無く逝ってしまったので、俺には由来がさっぱり分からない。ったく、ホントにロクな事しないんだから……。
弾倉には6発全て弾が込められてある。と言っても、今込めてあるこの弾はほぼ殺傷能力の無い仕掛け弾が殆どだったりする。まぁ……要するに俺の場合、相手を殺すのではなくて、行動不能にする事が目的の大多数を占めているからだ。
しかしながら、今回の相手はそんな俺とは正反対の忍者組織のエージェント。
オマケに力試しと称した俺の“品定め”って所だろう。つまり、俺の現在の『名声』は過去の仲間による名ばかりの七光りなのか、はたまた本物なのか……。お館様はその目で確認したいのだと思う。だったら“充分やり合える相手”なのだろう。大体、上級の忍者相手に銃が通用するなんて全然思っちゃいないけどね。せいぜい、牽制にしか使えない。
「宜しいかな? ……では、始め!」
両者の意志を確認し、お館様は鬨の声を告げた。
……この男、強い。それが、第一印象だった。
今までにあまり闘った事のないタイプだから、と言うだけではない。その強靱なバネ、驚異的な瞬発力、的確な状況判断、どれをとってもさすがは一流の忍者と思わずにはいられない。
が、一番驚いたのは何処にも隠し持っている風に見えなかった剣……いや、刀をどこからともなく取り出して俺の放った牽制射撃を悉く防ぎきった事だった。
銃弾を防いだ事もそうだが(一体何で出来てるんだよ、その刃はよー……)、炸裂弾を弾いた瞬間、奴がその場から消えたんだ。
「―――――ッ!」
見れば、その場飛びだというのに空高く跳ねて、くるりと宙返りして着地する。優雅とさえ思えるその動きに、思わず見惚れてしまった。
「お~、流石だね~♪」
すぐさま体勢を整えて対峙する。いつの間にか、奴の手から刀が消えている。
俺には未だに何処に持っているのか、どうやって出しているのか、見当も付かないから厄介だ。
懐に入れば、あの刀が待っている。だが、銃を何発撃ったところで無駄弾になるのは目に見えている。このままじゃ、どうしようもない。
―――俺は、前者を選択した。
試しに蹴りを出してみるけど、しっかりガードされている。サブミッションに持ち込もうにも、相手もそれが分かっていて掴ませても貰えない。
幸い? 奴は見た所、黒い装束の上からでも分かるくらい格闘家としては細い。
俺は、スピードとテクニックで畳み込むタイプと踏んだ。
このまま、ガードの上から体力を削っていけばその内に奴の持久力が尽きるだろう。
しかし、奴だって上級の忍者だ。そこまで馬鹿じゃない。今だって、ガードしながら反撃の機会を窺っている筈。その時、あの刀が出る。
ガキィッ。ギギッ!
金属と金属のぶつかる音が、草原に響く。
『……!』
奴の腕に思い切り膝蹴りを喰らわせ、刀を握る力が緩んだ隙にブリューナクごと力尽くで放り投げる。
「歯ぁ、食いしばんなッ!!」
一言断って渾身の一発をお見舞いする。……と言っても、手応えがイマイチだったんでダメージは上手く躱されたんだろうけど。
案の定奴はひらりと跳んで身を翻すと、少し離れて着地した。
「やるね、あんた」
こんなに楽しいのは久し振りだ。ここ最近でこれ程闘いに心が躍った事はない。
それは、コイツが『本物』だからだと強く感じる。
『―――お前もな』
奴は、着地した体勢のまま片膝を付いていたが、ふらつきもせずに立ち上がる。
『仕切直しだな』
「そうこなくちゃね」
俺の返答に、奴は転がっている刀を拾い上げる。その抜き身の刃には、柄の所に俺の銃が引っかかったままだ。
「ああ、弾は使い切ってるから暴発はしないよ」
するりとブリューナクを抜いて、しげしげと見つめている。
『……撃鉄もそのままだしな。しかし、良くこんな事を思いつく』
ひょいとブリューナクを投げ渡される。手に馴染んだ重みが戻ってくる。
「あんたのエモノは痛そうだからな。取り敢えず、殺しとこうと」
『フッ、面白い男だ』
「よく言われるよ。不本意なんだがね」
軽口を叩き合って、戦いを再開しようと互いに構えた時、お館様がゴホゴホと激しく咳き込んだ。
俺が「え?」と思った時にはもう、奴が駆け寄っていた。
『お館様、無理をなさってはお体に響きます』
ご老人の顔色は酷く悪い。どうやら体調を害していたらしい。
「―――すまぬの、エルズワース殿。折角の手合わせに水を差してしもぅたの……」
荒い息の下から、か細い声で謝罪を口にするその姿は、先程感じた威圧の欠片も感じられない。
すっかり唯の病弱なご老体だった。
「いいえ。ご病気だったとは知らなかったもので……。
俺の方こそ押し掛けた挙げ句に、ご迷惑をおかけしてしまいました」
「申し訳ないが、儂の体調が戻るまで、ここに滞在しては貰えぬか?
お主とは、是非もう一度ゆっくりと話をしてみたいのじゃよ……」
と言う訳で、ご病気のお館様には悪いけれど、忍者の里に暫くの滞在が許された。それも、もう一度お館様と面会のオマケ付きで。
これでひょっとしたら俺を助けてくれた恩人にも会って、直接お礼が言えるかも知れない。
俺は、二つ返事で了解した。




