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トラウマの砂丘  作者: 桂木イオ
12/18

暴走

 巨大な眼球に、細すぎる人間の身体がついている。


「どういうこと? 子どもたちは? あれは、何・・・?」

「トラウマ・・・? なんで、トラウマの中にあいつらがいるんだ・・・!?」


 ヒカワ君と私、それぞれが疑問を口にする。巨大な眼球をもった化け物は、その細い手でまるで頭をかかえるように眼球を抱えると、目玉の虫達があげた奇声を何倍も圧縮したような咆吼をあげた。


「「「オ母サン ヲ 虐メ ナイデ」」」


 耳を押さえても、化け物の叫びは身体を震わせるほどに響いてくる。爆音を聞いた1つ目の虫の集団達が、まるで黒い雨のように、砂の上に落ちていく。この絶叫に耐えられなかったのだ。


 化け物の叫びが止む頃には、生きている虫は一匹もいなかった。砂漠に黒い花が咲いたように地面に虫が墜ちている。化け物はぐらりと脱力すると、動かなくなった。先ほどまでのやりとりを見ていなかった者からすれば、芸術家が砂漠に作りあげた一種のアートだと思う人もいるかもしれない。


「飲み込まれて、しまいましたね」


 聞き飽きるほど聞いた声がすると、空からもう1人の自分が現われた。この砂丘にやってきた時と変わらない、感情のない声だ。


「飲み込まれたって、どういうことだよ」


 噛みつかんとばかりに、ヒカワ君が空を睨む。もう1人の自分は動かなくなった化け物を指さすと、流れるように言葉を紡いだ。


「トラウマには『女王』と『兵士』がいます。兵士を滑るトラウマの核。それが女王です。あの巨大な眼球は、目玉を抉った3兄弟のトラウマです。そして、あの3兄弟ははじめからトラウマを体内に宿していたのです」

「トラウマを、体内に?」


 そんなこと、じゃあ子どもたちはずっとあの化け物を抱えていたというのだろうか。


「あなたたちには、心を具現化した武器があります。そしてそれは、消滅の危険を帯びている。その危険性と武器の強さは比例しているのです。彼らは自身のトラウマそのものになることではじめて戦うことができた。そしてその代償は、トラウマに飲まれて暴走すること。私が去れば、彼らは動くでしょうね。自分自身のトラウマに絶望しながら、消滅するその時まで暴走します」


 つらつらと話す彼女の言葉を、脳が拒絶していた。自分自身でしかトラウマを倒すことができないのに、トラウマそのもにになってしまった者は、誰が救うというのだろう。そんなの、生きながら死んでいるようなものじゃないか。


「なんであんたは、そんなに冷静に話せるんだよ」

「何故、不快にさせていたなら謝罪します。私には、感情がありません。私という姿がありません。私は常に誰かの鏡であり、無機質な道具に過ぎません。聞きたいのは、そういった質問ですか?」


 今にでも鎌を振り下ろしそうなヒカワ君を制しながら、私はもう1人の私に、鏡に問いかけた。


「どうすれば、あの子たちを助けられるの?」

「助けるとは、どのような意味でしょう? トラウマに飲み込まれた身体はもう、元には戻せません」

「私は」


 わかっている。私の考えている行為が、ただの自己満足でしかないということ。あの子どもたちを本当の意味で、救うことができないことも。


 それでも私は、あの悲痛な叫び声をもう何度も叫んで欲しくはなかった。


「私は、子どもたちを絶望から解放したい」


 鏡は静かに、私を見据えていた。



  




 


 


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