偉大なる勇者の閉ざされた記憶
今日は教室の中でギターを弾きながら、小夜子ちゃんが教室にやってくることを胸一杯に楽しみにしていた。
何だろう?久しぶりに会えるのに何か気恥ずかしさに苛む。
この教室に小夜子ちゃんはどんな顔をして入って来るのか、気持ちがあたふたとしている。
だが、教室に来たのはいつも来る生徒と、私を慕う瞳ちゃんだけで小夜子ちゃんは現れなかった。
平和な一日を過ごしたのだが、小夜子ちゃんに会えなかったのが残念だった。
帰る頃には雨がぽつりぽつりと降っていた。
「小夜子ちゃん来ませんでしたね」
と私は残念ながらに玲奈さんに言う。
「そうだね」
と玲奈さんは視線を泳がせて、何か気になった。
その次の日もその次の日も、小夜子ちゃんは学校に来なかった。
いつも小夜子ちゃんに会えることを期待して待っているのだが、小夜子ちゃんは現れなかった。
玲奈さんに小夜子ちゃんの事を聞いてみるのだが、何か悲しみを帯びた笑顔で「そうだね」としか言わなかった。
一週間が過ぎて、それでも小夜子ちゃんは現れず。私の心配の念が増してきた。
玲奈さんは大丈夫と言っていたが、さすがに疑念を抱くようになる。
あの時、小夜子ちゃんが描いていた絵を見て、私は何か不穏な事を感じてしまう。
あの絵はいったい何だったのだろう?
絵には描いた本人の心が描写されるが、私があの時、小夜子ちゃんの絵を見て、私は衝撃的な記憶が蘇り、その気持ちに心が壊れそうになった。
もしかしたら小夜子ちゃんは何らかのトラブルに巻き込まれているのかもしれない。
でも玲奈さんは大丈夫だと言っていた。
でももしかしたら、玲奈さんは私に何かを隠しているのかもしれない。
あそこのギガンテスワールドに展示されていた展覧会に小夜子ちゃんの絵が飾られてあった。
あの絵を見れば良いのかもしれない。
そうすれば、何か私の中で答えが生まれて来るのかもしれない。
でもあの絵は私に取っては危険だ。
以前玲奈さんに聞いたが、あまりにも衝撃的な記憶は思い出さないように心の奥底に閉ざされている事があるって、その記憶が目覚め、心が壊されて廃人になってしまうケースがあるという。
そう考えると私は怖かった。
小夜子ちゃんの真実を確かめるには命を懸けなくてはいけないのかもしれない。
いくら友達の為だからと言って、それはちょっと・・・。でも本当にそれで良いのかと私の心が私に問いかける。でも命を懸けるなんて・・・。
いったい私はどうすれば良いのか分からなかった。
いや答えは簡単だ。
「確かめるに決まっているじゃん」
人知れず、部屋の中で呟き、パソコンの画面を起動させた。
ギガンテスワールドにアクセスして、私はその時、恐怖の念に苛む。
やはり怖い。
でも私は一人じゃない。
だから私は部屋を出て、涙姉さんの部屋に向かって、そのドアをノックした。
「あら、亜希どうしたの?」
「力を貸して欲しい」
真摯な瞳で私は涙姉さんに懇願する。
時計は午後八時を示している。
パソコンの画面にはギガンテスワールドの世界が写っている。そこで涙姉さんは、
「どうしたの亜希、いったい何を始めようと言うの?」
「涙姉さん。私は一人じゃないよね」
「もちろんだよ」
「じゃあ、涙姉さん」
「はい」
「私はこれから真実を確かめに行くから、そこから絶対に離れないで」
「・・・」
涙姉さんは訳が分からないと言いたげな、表情できょとんとしていた。
そう私は考えたのだ。
私は一人じゃない。私には涙姉さんがいる。ただ涙姉さんが側にいることで、私は恐怖の念に苛む事はないと。
だから真実を確かめるには涙姉さんの力が必要だ。
小夜子ちゃんの絵に描写された心の姿を見るには、私の堅く閉ざされた忌々しい記憶を思い出さなければ、真実は確かめられない。
私は一人じゃない。だからこうして涙姉さんを側に置いているのだ。
そうすれば、私は壊れる事はないと。
そして私はコントローラーを手にして、小夜子ちゃんの絵が展示されている展覧会へと向かった。
「亜希、真実を確かめるって、言うけど、いったい私にどうしろって言うの?」
「ただ側にいるだけで良いの」
「・・・」
状況がつかめていないと言うような表情をしているのは当然だ。だから私は、
「涙姉さん。私・・・」
事情を話そうと思ったが、私は思い出したくない記憶を思い出そうとして、息が詰まり、喋れなかった。
側にいる涙姉さんはそんな私を察したのか、私を抱きしめてくれた。
「亜希はこれから何をしにそのネットゲームをしているのかわからないけど、玲奈さんの言うとおり、勇者としての役目を全うしようとしているのね」
私が勇者なのはわからないが、とにかく涙姉さん状況はつかめていないものの、私の力になってくれるようだ。
そう涙姉さんは私の側にいてくれれば良いのだ。
私が壊れないように、ただ私に寄り添っていてくれれば良いのだ。
私は一人じゃない。
そんな事を思っている間に、展覧会の会場らしき物が見えてきた。
その建物はメルヘンチックでファンタジーの物語に出てくる建物のようだ。
真実を確かめる為に私は建物に近づいて行く。
息を飲む私の傍らに涙姉さんが優しく腕を組んでくれた。
建物に近づく私にレーダーに誰かの反応が出た。
そして私の前に姿を現して、私はその姿を見て、不思議に思った。
「ヨミって玲奈さん?」
そう、そのキャラクターを操るのは、私を勇者の剣を与えたヨミ事玲奈さん。
「来るとは思っていた」
「じゃあ、玲奈さん・・・」協力してくれるんだね。と続けたかったが、ヨミは背中に背負っている剣を私に向けた。
「悪いけど、ここから先は行かせる訳にはいかない」
私の期待とは裏腹な事を言う玲奈さんが私は信じられず、私は、
「あなた本当に玲奈さんなの?」
疑念の台詞をヨミ事玲奈さんに伝える。
「そうよ。私は玲奈よ。ほかの誰でもないよ」
「じゃあ、どうして私の邪魔をするの?本当に玲奈さんだったら、勇者とたたえた私の敵になるはずがないよ」
「今回の件は勇気だけじゃ、どうにもならないよ」
「エッ?」
と疑問の台詞を打ち込んだ。
「単刀直入に聞くよ。亜希ちゃん。あなたはこれから、小夜子ちゃんの絵を見て真実を確かめに行くのでしょ」
そこで私は思った。玲奈さんは私の事を心配している。だから私は、
「私だったら心配はいらないよ。玲奈さんは私の事が心配だから、真実を確かめる私の安否を気遣っているのでしょ」
「確かにそれもあるね。でも違う」
「じゃあ、どうして?」
「今回の件はさっきも言った通り、勇気だけではどうにもならない事が絡んでいるの」
「どうにもならない事?」
「そう。今回の件はあなたの無鉄砲な勇気が、あなたの周りの人の命に関わる事なのよ」
「・・・」
私は言葉をなくして、私の側に控えている涙姉さんを見た。
涙姉さんも私と玲奈さんとのチャットを見ているので状況を把握しているみたいで、困惑の表情を浮かべている。
私は怖かった。
玲奈さんは言った。
私の無鉄砲な勇気が周りの人の命に関わる事だと。
それはきっと小夜子ちゃんはとんでもない事に巻き込まれているのだろうと思った。
多分玲奈さんは私を誘ったときはその真実に気がつかなかったのだろう。
そして真実を知ったときに、玲奈さんに私が小夜子ちゃんの事を聞こうとすると、何か言葉を濁すと言うか、はぐらかすと言うか、はっきり言わなかったのだろう。
玲奈さんの言う通りここは引かなくてはいけない。
でも。そんな時、小夜子ちゃんの姿が頭の中によぎった。
あの無垢な笑顔が闇に消えようと想像した時、大粒の涙が頬を伝った。
そんな私を心配したのか、側にいる涙姉さんが私を抱きしめた。
私は涙姉さんに涙でしゃがれた声で聞く。
「姉さん。涙姉さん。私どうすればいいの?」
と。
涙姉さんは少しだけ黙って、私に言った。
「好きなようにすれば良いよ。私は亜希の事を信じているから」
と。
気がつけば私の目の前は、真っ暗な絶望の中だった。
友達である小夜子ちゃんが何か危険な目にあっているのに助けられないなんて。
私は知っている。人が絶望に陥ったら、目の前が真っ暗に染まってしまうことを。
だがその先に微かだが、光が見えた気がした。
いや、それは光と言うか言霊のようだ。
それは涙姉さんが私に発した言葉。
『私は亜希の事を信じているから』
『信じているから』
『信じているから』
その言葉が私の頭の中で反芻する。
そして胸が炎にあぶられているかのように熱くなる。
その瞳を開けると、視界は先ほどとは違って聡明に輝いている。
パソコンの画面に目を向けると、ヨミ事玲奈さんは私にその剣を向けたまま立ち尽くしていた。そんな玲奈さんに、
「ごめん玲奈さん」
私は背中に背負っている勇者の剣を抜いて、ヨミ事玲奈さんにひとふり浴びせた。
だが玲奈さんも油断はなく、その構えた剣で私の懇親のひとふりを防いだ。
「何を考えているのあなたは?」
「何を考えるかって?そんなの決まっているじゃん。友達の小夜子ちゃんの事だけだよ」
「少しは大人になったらどうなの?」
剣と剣で小競り合い、私と玲奈さんはチャットで言葉を交わしながらお互いに、その思いを伝えあっていた。
「私には何が大人なのかわからないけど、それでも私には信じてくれる仲間がいる。瞳ちゃん。それに玲奈さんあなたも、そして涙姉さん。そして今わからないけど、苦しんでいる小夜子ちゃん」
私は玲奈さんと小競り合って、玲奈さんが少しだけ気を抜いたところに着眼して、そこに私が勇者の剣を振るい玲奈さんは剣を手放して、吹っ飛んで行った。
立ち上がろうとしている玲奈さんにその勇者の剣を『とどめをさすぞ』と言わんばかりにその切り先を向けた。
玲奈さんは何か言っている。
でも私はもう聞く必要もないので、黙秘モードにしてその言葉を遮った。
私は剣を鞘に納めて、展覧会へとその足を向けた。
そこで隣にいる涙姉さんに確かめるように、その目を見た。
すると涙姉さんは輝かしい笑顔で私を見た。
涙姉さんは私を信じてくれている。
玲奈さんは言っていたが、小夜子ちゃんに対して何かとんでもないことが絡んでいると。
その私の無鉄砲な勇気が周りの人達の命に関わる事だと。
でもこの私の命に代えても誰一人死なせはしない。
たとえそれが神に背くことであっても。
だから私は小夜子ちゃんを助けるために、その真実を確かめに行かなくてはならない。
そして私は覚悟を決め、展覧会の中へと入っていく。
中に入り、小夜子ちゃんの絵が飾られている。
そこで姉さんが、
「これはモネの絵に似ているわ」
「モネってクロードモネ?」
モネの絵を見たことがないが名前は知っている。
「ええっモネの日の出を少しアレンジしたものみたいな感じね」
そのモネの日の出を見たことがないが、そのモネの日の出をアレンジしたと思われる絵はまさに小夜子ちゃんが描く手腕な芸術家のような絵で一目見ただけで小夜子ちゃんの絵だと言う事がわかる。
展覧会を見て回ると、涙姉さんは口々に言う。
ゴッホのひまわりのアレンジやルノワールのムーラン・ド・ラ・ギャレットのアレンジ等々。
この小夜子ちゃんが描いた絵は一見見れば、まるで絵の世界に引き込まれるかのような感じだ。
でもよく見ると、何か私の思い出したくない過去と重なる部分があり、目を背けようとしたが、私は真実を確かめる為にこうしてこの小夜子ちゃんが描いた絵に描写される心を見に来たのだ。
目を背けてはいけない。
その私の双眸を小夜子ちゃんが描いた絵に向けた。
そして私は小夜子ちゃんの悲鳴とともに、私の閉ざされたと思われる記憶が蘇ろうとしている。
私自身が壊れそうな、記憶。
今すぐ目を背けたい。
でもそれでは真実を確かめる事はできない。
見ていると、呼吸が整わないほどに私は苦しくなってきた。
そんな私を見て涙姉さんは、察したのか?私のその手を優しく包むように握って笑顔をくれた。
その瞬間だった。
父親に無理矢理ピアノを弾かされ、それを嫌がる私に父親は弾けと言わんばかりに、私の頭を鍵盤にたたきつけられたのだ。
あの時私はもはや魂が壊されたかのように苦しかった。
そんな時であった。
そんな私を涙姉さんは助けるために、私と涙姉さんの父親に飛びかかったのだ。
父親は大人の男性だ。幼い涙姉さんにそんな父親にかなうはずがなく、体は血に染められていったのだ。
思い出した。
それが離婚の原因で、私達を女で一人で育ててくれた母さんが止めに入り、母さんは父親に『お前みたいな女と結婚したから、こんな出来そこないが生まれた』って、ひどいことを言って母さんにも暴力を振るった。
そうそれが私に隠された記憶だ。
そして魂を壊されたかのような血で染まった母さんと涙姉さんは私を笑顔で包んでくれた。
気がついたとき、私は頬を伝う涙をこぼしていた。
そして私は小夜子ちゃんが描く絵に描写される心を知った。
小夜子ちゃんは苦しんでいる。そんな小夜子ちゃんに必要なのは仲間の笑顔だと。
でも真実を知ったからと言って、小夜子ちゃんがどこにいるのか分からない。
そこで涙姉さんが小夜子ちゃんの絵を見つめて、口を開いた。
「聞いた事があるわ。こうした偽物の絵を本人が描いたことにして、高値で売却する事を」
「じゃあ、小夜子ちゃんは何者かに無理矢理絵を描かされているのね」
「分からないわ。あくまで私の憶測だけど」
どの絵も見て回っていると、その小夜子ちゃんが描いた絵に悲鳴を感じた。
きっと小夜子ちゃんは私の知らないところで、無理矢理絵を描かされていることに苦しんでいる。
そう思うと私は気が気でなくなり、心が引きちぎられるような感じに苛んでしまう。
そこで私は作戦に出る。
きっとどういう訳か分からないが、この展覧会を主催している人に、こちらから仕掛ければ、出向いて来るんじゃないかと。
でも玲奈さんは言っていた。
この件に関われば、私の命はともかく周りの人の命に関わることだと。
それほどヤバい事が絡んでいる。
さっきは誰も死なせはしないと思ったが、やはりためらってしまう。
やっぱり関わらない方が良いのかと思ったが、そんな時、真っ暗な闇に飲み込まれる小夜子ちゃんの素顔が浮かんだ。
私のかけがえのない仲間の一人、小夜子ちゃん。
私は目を閉じてその胸に手を当てて思う。
思えば、私は仲間に助けられたと言っても過言じゃない。
私は仲間に出会ったから、救われた。
もしそんな仲間が私に出会っていなければ、私は心を閉ざして、永遠に部屋の中に閉じこもっていたのかもしれない。
そしてそんな仲間が今、危険にさらされようとしている。
でも関われば、命に関わる事だと。でも見過ごせない。
私の中で葛藤が始まる。
そこで先ほど言った涙姉さんの言葉を思い出して、その双眸を開いて、画面に映った小夜子ちゃんの絵を見つめ私は意気揚々と言う。
「恐れるものは何もない」
と。
この展覧会を乗っ取って、私の敷地にすれば、玲奈さんが言った危険な連中が私の前に現れると予測して、展覧会に飾られてある、小夜子ちゃんの絵をその勇者の剣で粉砕していった。
連中に目を付けられれば、行方が分からなくなった小夜子ちゃんを助ける事が出きると予想して展覧会に飾られてある絵を破壊している。
私には恐れるものなんて何もない。
あるとすれば、仲間の悲鳴だ。
展覧会に飾られてある絵を壊し回っていると、その管理人らしき者が現れた。
「何をしているんだ貴様」
「こんな事をしてただですむと思っているのか?」
連中に対して剣を向ける。
「小夜子ちゃんを出せ」
と。
「貴様玲奈の回し者か?」
「奴も同じ事を言っていたな」
連中の会話を聞いて私は察した。
玲奈さんも私と同じように小夜子ちゃんを助けたいと思っている。
だがさっきも言ったが、この件には命に関わるほど、危険な事が絡んでいると。
だから玲奈さんは私を巻き込まないように、さっき攻めて来て止めようとしたのだと。
真実を察して、私は先ほど恐れるものなど何もないと言ったが、やはり怖い。
でも小夜子ちゃんの顔が曇っている事を思うと怖さなど微塵もないと言ったら嘘になるが、恐怖の念は少しだけ解消される感じがした。
そのように思うと、人間が一人で生きていけないことを改めて知らされる。
そして連中の前で私は自分自身に言い聞かせる。
『恐れるものなど何もない』
と。
「お前さん覚悟はできているんだろうな?」
「うちらの組に手を出したんだ」
二人は言う。
私はもはや何のためらいもなく、その勇者の剣を手に連中に立ち向かった。
そんな時停電か?私のうちが真っ暗な闇に包まれ、パソコンの画面が消えた。