5-1
「……夏、こいつを殺すなら、俺の事も……」
見つかった時点で本当は処罰されるはずだった。兪倩狼が生かされる道があるのなら、少年だって生かされてほしい。それなのに、ただ生きていて欲しいと願うことがこれほど難しいことだとは、一度だって思わなかった。
兪倩狼の短い言葉に夏羚が乾いた唇を硬く結んだ。
「法の執行者として、時には冷酷にならなければならない」
「見なかった。もしくは、協力者ということにすればいい」
「あの手はもう、つかえない。私が今、方士の職を離れれば、お前を守れなくなる」
「……だから、子どもを見捨てろっていうのか?」
「規則だ」
聞き飽きた言い訳をこの期に及んでも。
今までなら口汚く罵っていた。
それだというのに、「規則だ」と、吐き捨てた夏羚の声が僅かに震えていたことに、この一瞬まで気がつかなかった。
表情は乏しく、冷淡な振る舞いばかりで感情の掴みにくい青年。けれどその裏では感情豊かだと知っている。あの、美しい笑みを浮かべる彼が、命を奪うことに平気でいられるはずがない。
遠回しすぎる彼の優しさを、なぜ今更痛いほど知ってしまうのか。
ああ、もっと、触れたい。知りたい。
夏羚の気持ちを……
見苦しさを取り繕う余裕もなく、兪倩狼は草臥れたように夏羚を見上げた。
「夏、規則を持ち出すな……、お前のことが知りたい」
「――私の、」
縋るような兪倩狼の瞳に、夏羚が一瞬大きく動揺した。その取り乱し方は彼らしく静かでありながら、言葉を詰まらせた夏羚の顔が首筋から少しずつ血の気を取り戻していく。兪倩狼は思いがけず目を見開き、そしてくしゃりと苦く笑った。
その間にも夏羚は胸元の絡子環を取り払い、すこしのためらいもなく松花色の髪を背に揺らし、方士らの前に立ち塞がる。
あたりにひりつくような緊張が走った直後、風の唸りがひた走り、組紐の鈴が一斉に響き渡る。
太刀を抜きつつ、夏羚が少年に目配せした。
「約束を守れ。決して人と、関わらないと。いけ――」
感情を押し殺した鋭い声に、少年ははっと飛び出した。
忽ち、野太い声で方士が吠える――
「雨青に報告を、夏羚の解任を要請。すぐに伝えろ!」
押し出されるように駆け出した少年の後を、何人もの方士が追っていく。
あれではすぐに追いつかれてしまう。
「帛を――」
解くように言うつもりだった。
ところが夏羚はすでに首輪を解いていたのだ。
首筋から離れていく手に、白い布が握り締められていた。汝湾のときのようなさみしさがずきりと胸を痛めたが、すぐに兪倩狼の頬を愛おしく掠める指に甘い優しさがしっとりと心を染め抜いていた。
「兪、あの少年のところへ。私はここに残り、足止めを」
兪倩狼は笑みをこぼす。
「夏、一人で平気か?」
あとで助太刀に来てやろうかと笑う。
それを、夏羚の流れるような目に見つめられていた。薄い唇にかすかな笑みを浮かべて言ってしまうのだ。
「私は死なない」
「……そうかよ」
眩しいやつだと、目を細める。
心配など最初からしてはいない。
けれどふと笑みをひっこめて夏羚の小指をさらった。
「……方力、使い切ってもいい。手ぐらい、いくらでも貸してやるから」
貸してやるといいながら、夏羚があのとき本当は何を望んでいたのか、知らないわけがない。けれどそれを語らず知らんぷりをする。
だからこそ目を見開いた夏羚の、淡く、ほんのりと浮かぶ春の宵のような顔を見ることができなかった。
今まで見たくて仕方がなかった、夏羚の驚いた顔だというのに。
規則より、罹患者を選んだのだ。
あの夏羚が。
とにかく、方士たちを追わなければ。
妖術の扱いは、誰より心得ているのだから。
ブックマークをつけてくださっている方、もしいるのでしたら続きを待ってくださっている方、本当にありがとうございます。元データが気に食わずなおしつつ進めています。中々完結させられず申し訳ありません。
のんびり更新ですが、それでも楽しんで頂けたら幸いです。




