エピローグ
魔城がこの世界に出現してから、数年の時が経過した。
当初は新天地に集っていた冒険者達も落ち着き、今はギルドの管理下のもと、魔城は新しく冒険者を志す新人の飛躍の地、あるいは熟練者がさらなる壁を越える為の試練の地となっていた。
その影響により周辺の都市部は大きく発展、さらにヴァンダイン伯爵家の呼びかけによって結成された都市連合は今や、国の決定に異を唱える事が出来る程の大勢力になっていた。
一方で、大きく弱体化を強いられたのは他の組織。
謎の襲撃者によって焼き払われた魔術学院は復興に難儀し、その間に人材が野に流出。あちこちに小規模な魔術師養成施設が作られ、秘伝とされた技術も流出し、既存の権益関係が崩壊。大きく弱体化し、従来の魔術界隈は刷新を迫られた。
教会も、拙速な異端認定という権限の濫用、そして魔城の反撃によって受けた大きな被害からなかなか立ち直れず、さらには教会内で新たな分派が発生。より民に寄り添い、神の存在を今一度考え直すという分派を本山は当初軽視したものの、気が付けば無視できない程の勢力に増大。権力をもって言葉を封じようとしたのがさらなる反発を招き、内部分裂が深刻化している。
さらには王国。
魔城を膨大な資源の坩堝とみなし取り込みを図ったものの、相手を過小評価した事で痛烈な反撃を受けた国王は求心力を大幅に喪失。ならば貴族の勢力がますます強まるかと思われたが、魔術学院や教会勢力の弱体化や内紛に巻き込まれる形でそちらも権勢を損なう形となる。さらには有力貴族当主の不審死が相次ぎ、結果権力争いはぐだぐだに。国の実権は、一部の権力者にのみ閉ざされた状態から、多くの民にゆだねられつつある。
総じて、強きは挫かれ、弱きは支え合う形で世界は安定をしていた。
将来的には不穏が伴うものの、概ねゆるやかに、世界は新しい在り方へと移行しつつある。
しかし、過去の栄光が忘れられない者達もいる。
彼らは、自らの過ちを自覚する事なく、新たな罪を犯そうとしていた……。
『それでこの有様か』
「全く呆れかえりますね」
空中を浮遊する鉄の黒船。迷宮の外、無限の青空の下をゆっくりと漂うその船上に、二人の人影があった。
一人は、漆黒の魔王鎧に身を包んだ魔王ヌルスその人。
その傍らに寄り添い、鎧に身を預けるようにしなだれかかっているのは、黒いドレスの美少女……魔妃(自称)アルテイシアである。長い魔城暮らしによるものか、あるいは他の影響によるものか、かつては美しい金髪だったその髪は今や銀色に染まりきり、人間離れした空気を纏っている。
二人が見下ろしているのは、王国の王都。
華やかなりし白亜の街。かつてオメガ・マギアスによって中央広場を吹き飛ばされたもののその修繕は済み、人で溢れかえる栄華の街……だったのは過去の事。
今や通りには人っ子一人おらず、門戸は固く閉ざされている。昼間にもかかわらず墓場のように静まり返る街並み。
それを我が物顔で往来するのは、この世ならざる異形の存在である。
生き物とも鉱物とも言い難い、生々しい肉の結晶。飛翔する眼球の如き怪異の群れが、雲霞のように王都を埋め尽くしている。
シャードビースト。
正確には、その改造種である。
「しかしここまでお馬鹿さんだったとは……。まさか、シャードビーストの遺骸サンプルを元に、生物兵器化を試みるなんて……」
『発想としては面白いと思うぞ? 少なくとも私は思いつかなかったなあ』
「それは制御できないのが分かりきってるからでしょう? 一体どうして、自分達ならどうにかできると思い上がっちゃったのか……」
恐らく、魔王ヌルスがシャードビーストを脅威とみなしている、という点からの発想だろう。
忌まわしき魔城の主、魔王ヌルス。それさえ排除すれば、無限の資源を生み出す魔城は人間のものとなる。
しかし魔城に引きこもり、さらにはオメガ・マギアスなる超常の力を操るその存在には、国家連合軍ですら歯が立たない。故に、それに対抗できる存在を追い求め……シャードビーストに手を出した。
サンプルとして提供されていた死体。それを元に、王国は魔王ヌルスに対抗する為のいわば改造生物兵器を生み出したのだ。
優れた技術であり、着眼点も悪くはない。まあそもそもの原点、こうなった理由をはき違えている点のみに目を瞑れば、だが。
結果は、ご覧の有様。
制御を外れ暴走した改造シャードビーストは、自分達を生み出した者に牙を剝いた。
王都を守る騎士団は全滅し、多くの民も犠牲となった。辛うじて生き残った者達は、建物の奥深くに避難しているが、それも時間の問題だろう。
愚かさの象徴ともいえる光景を前に、アルテイシアはふかーく溜息をつき、愛する魔王に忠言した。
「帰りましょう、アナタ。こんなお馬鹿さんの尻ぬぐいは勘弁です」
『いやなあ。それでもシャードビーストだしなあ。次元移動能力こそオミットされているが、脅威である事には変わりない。ここで放置しておくのは……』
「オミットしたんじゃなくて再現できなかっただけでしょう? 増殖能力もオリジナルには及ばないみたいですし、王国の人間を吸いつくした後で勝手に消滅するでしょう。ほっときましょうよ」
その過程で数多の人間が死のうがアルテイシア的には知った事ではない。彼女は人間に完全に愛想をつかしていた。
そんな冷酷な魔妃(自称)の言葉に、ヌルスはいやいや駄目でしょと触手を振る。
『流石にそれは人の心が無さすぎる。どの道、何であろうとシャードビーストがこの世界に存在する事、それそのものを私は許さない。これは決定事項だ、異論は認めない』
「はーい、魔王様のお言葉なら喜んで」
もとより、ヌルスがこうと決めたならアルテイシアは逆らわない。ほっとこうといったのも本気だが。
ヌルスは苦笑いしながらアルテイシアを御姫様抱っこすると、船縁に足をかけた。ぎゅっと抱き着くアルテイシアを抱えたまま、そのまま宙に身を躍らせる。
王都に落下しながら、呪文を紡ぐ。
『魔王が宣言する。異界の脅威、五月蠅る(さばえる)こと許さず』
『全ての道は、ここに途絶える。業臨せよ……』
『<オメガ・マギアス>!!』
降臨する黒の魔人。
対するシャードビーストは、怨敵の出現を感知したのか一か所に集まり、巨大な竜の如き怪物の貌を取る。
対峙する大怪異に、しかしヌルスは臆さず、笑って腕の中の少女を抱き寄せた。
この暖かさがある限り、ヌルスは決してあらゆる事象に敗北する事はない。
『いくぞ……シャードビースト! 何度蘇ってきても同じこと、再び冥府に送り返してくれるわ!』
激突する大怪異と究極魔術。
はたして、その激闘の余波で王都はあえなく消し飛ぶのであった。
◆◆
世界の矛盾、善悪を飲み込み、世界を守る王が居る。
人の愚かさと輝かしさを等しく見つめながら、その王は人の営みを守り続けた。
時に北風のように激しく。
時に春の日差しのように優しく。
人の手に余る秘密と知識を管理する、世界の守り手たるその存在を、人々はこう呼んだ。
望まぬ知恵の王、と。
END
はい。これにて、『望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲が、魔城の王と呼ばれるまで~』堂々の完結です。
これからも、ヌルスは面白おかしく、七転八倒しながら、世界と向き合っていくのでしょう。触手魔物の戦いはこれからも続きますが、物語としては、ここで筆をおかせて頂きます。
長い長いお話にお付き合いいただき、ありがとうございました。
さて、ここからは作者のぐだぐだ語りです。
本作は、思い返せばカクヨムコン10に合わせて発表、執筆を開始した作品でした。前作の異世界スピノで思ったよりいけんじゃね、と思い上がって書き始めたのを覚えています。
設定を練り練りしながら主人公の試行錯誤を続けて……迎えたのが第一部終盤。最初から決まりきっていた展開だったのですが、思った以上に筆がのってそれまでの文脈がもりもりだったからでしょうか。アルテイシアの迎えた悲劇的な展開が、想像以上に読者の皆さんに衝撃を与えてしまったようで。苦言じみた感想まで貰ってしまったのは反省する所です。
とはいえ、生きていれば試練や苦境はあって当たり前、それを乗り越える事で魂は磨かれる、そのモットーに基づいて書き続けた第二部。ヌルスちゃんが可愛らしい女の子のガワを手に入れた事には、なんか賛否両論でちょっと嬉しかったですね。物語的には自然な流れのつもりでしたが、ちょっと一般受けを考えていなかった、と言えばウソになります。なんだかんだで、特殊性癖であっても読者に受け入れられやすいように試行錯誤なのです。
この頃になると、連載速度をおとして、並列で複数の作品を書いていた頃になります。設定が複雑になってきた事やプロットの不備などでどうしても執筆時間に余裕がほしくて。んでもって悩んでる間に、気分転換と修行を兼ねて色々書いてた訳ですね。カードゲームみたいなやつ、やTSエイリアンが爆誕したのもこの頃です。こちらで大きな反響を得た事で、作者の文体にも大きな影響がありました。
結果、情報圧縮技能が向上した事で、第三部は想定よりも大幅に短い話数で纏まりましたが、どうでしたでしょうか。個人的にはむしろ密度が上がって物語の完成度が上がったのではないか、と思っています。
ちなみに、突如スーパーロボット対戦の如き展開になった終盤の展開、その一躍を担ったオメガ・マギアスですが、これ最初は想定していなかった要素なんですよね。シャードビーストの出現は確定事項でして、ヌルスちゃんは当初これに歪みの魔術を駆使して立ち向かう予定でした。ですが、展開的にヴァルザークの戦いが歪みの魔術大決戦でありそれ以上が書きづらい事、それまで積み重ねたあらゆる要素が意図せぬ所で理論を完成させていて、なんか気が付いたら出来てました、巨大ロボット。
とはいえ個人的には、まさに物語に求めていた要素であったと思います、オメガ・マギアス。このサイズ的にも戦力的にも隔絶した存在があったからこそ、ヌルスの戦いに余人がついてこれない結果となり、その果てに最後の最後、ヌルスとアルテイシアの誰も割って入れない二人の戦い、という所にもってこれましたので、作劇的にもやはり大きな存在だったといえるでしょう。キャラクターが勝手に動き出す、はよく聞きますが、巨大ロボットが生えてくるのは珍しいかもです。
そんなこんなで、苦労の果てに欲しい物全てを手に入れたヌルスちゃん。幸せ一杯、これからも世界を見守っていく事でしょう。まあ、性格的にあまり多くを望まないヌルスちゃんですが、奥さんが欲深いのでせっせとその懐に宝物をこれからも捻じ込んでくれると思います。スカーシハ様の事も、アルテイシアは間違いなく重婚に持ち込むつもりでしょうし……里のエンシェントさん達には気の毒ですが。
これ、どっちかというと魔王はアルテイシアの方じゃね? と思った読者の貴方、それはきっと正しい。
さて。一年半に及ぶ連載、100万文字を越える文量。どちらも作者人生新記録ではありますが、終わりは新しい始まりでもあります。オメガを越えてアルファに。これからも作者人生、頑張って邁進してまいりますので、読者の皆様がたには、これからもよろしくお願いいたします。
それでは。
また、次の作品でお会いできる事を願って……。
望まぬ知恵の王……ここに、完結っ!!(イヨーッ、パパン!)
追伸:『ビルドロボオンライン』もよろしくね♪




