12話 初任務開始
今いる街から北に数十分歩いた所にある鉱山地帯が、俺達の初任務となる場所だった。
荒涼とした大地が広がっているこのエリアは、砂や鉱石が盛り上がってできた小さな山が多くできていて足場が悪く、人工で掘られた穴がいくつも空いており、地中から湧いて出た魔物が夜な夜な地上に出てきて悪さをするという。
「本当にここで合ってるのか? かなり開けた場所だけど、魔物が出てきそうな気配なんて一切しないぞ」
「文句言わないの! でも、たしかにこの辺りなはずなんだけど……」
周辺を見渡すが、辺り一帯は草木の枯れ果てた茶色の土地ばかりが広がっており、犬の一匹すらも見当たりそうにない。
ルメリアも苦戦しているようで、依頼書を見ながら似たような影がないか用心深く探している。
今回の討伐対象の魔物は、固有名は《トランスナイト》といい、前回殺した人間の姿を真似ることができる能力を持っていて、見た目が人間に近しいためかなり戦いづらい魔物らしい。
依頼書の写真には、全身漆黒の武装をしている騎士のような見た目の生き物が写っており、一見はそれ以上でもそれ以下でもないように思える。
ルメリア曰く、魔物と分かっていて躊躇する理由がどこにある、とのことだったが、それはそれこれはこれだ。ルメリアの精神力にはたびたび驚かされる。
「ルメリアさん。あの、素朴な疑問なんだけど……僕たちの誰かがトランスナイト? に見た目を真似られた偽物だってことも……あり得るのかな?」
パーティの仲間同士敬語は抜きにしようと決めたばかりだったが、叶多のさん付けはすぐには直らず、ひとまずは徐々になくしていこうという風になった。
ルメリアもさん付けをされるのがあまり慣れないのか、少し照れくさい表情で言った。
「まあ、可能性はないとは言い切れないわ。でも、現時点ではよっぽど大丈夫だと思いたいわね。あなたたちの見た目や言動におかしいところはないし、私も私だわ」
「それならいいけどさ。知らない間にすり替わってましたーとか、マジで笑えないからやめろよな」
俺はルメリアに対して冗談混じりでそう言ったが、「本当にそうなりそうだからやめて」と真面目に返され、案外ビビりな一面もあるのかと感心した。
特になにもないまま奥の穴ぼこゾーンまで到着してしまった俺達は、このままでは埒があかないため、一人一ヶ所、穴を覗いてみることにした。
一応周囲に誰もいないことを確認して、配置につく。
「なんかリアルモグラ叩きみたいなだな。ハンマー用意しないと」
「それにしては、穴が大きすぎるよ悠君。それじゃあ僕たちハンマーごと落っこちちゃうよ」
なんだか異世界に来てからツッコミの精度が上がったのか、キレッキレな回答をする叶多。
「二人とも、くれぐれも絶対に落ちないようにね。ただ覗くだけよ、なにか異変を感じたらすぐに教えて」
「おう」
「分かった」
同時に返事をし、俺達は地面にうつ伏せになる。微調整をして、落ちずに下が見れる位置まで動く。
そして数秒後、ルメリアの「せーのっ」の掛け声で一斉に下を覗いた。
「なにもなかったわ!」
「僕のところも、ハシゴで降りれそうだったけど、なにも見えなかったよー!」
「俺も、これといって伝える情報がない!」
覗いてはみたものの、あったのは地下深くまで続く暗闇と、その架け橋であるハシゴだけだった。
いよいよどうしたものか、と悩みながら身体を起こす。
すると、すぐにある異変に気がついた。
──叶多が消えていたのだ。
取り乱した俺は、ルメリアの元まで駆け寄り、肩を激しく揺する。
「誰かが叶多を落としたのか!? ルメリアはなにか見てたのか!?」
「残念ながら、なにも見てないわ。でも……これはトランスナイトの仕業じゃないのだけは確かだわ。証拠に──ほら」
ルメリアの指差した方向には、地形が盛り上がってできた小山がいくつか連なっている場所があり、なんのことかと目を凝らしていると。
「まさか、あれ……トランスナイトの死体……なのか」
「そう見て間違いないわね。あれは、私が知ってるトランスナイトの原型そのままよ」
周りを警戒しながら恐る恐る討伐対象の側まで行くと、人間と同じ色の血を流す討伐対象の死体が、そこにはあった。
トランスナイトの死体は泡を吹いて不自然に仰向けで倒れており、身体は胴体から横一文字で切断され、頑丈そうな黒紫色の鎧ごと貫通している。
「惨いわね……。それにこの断面、並大抵の力じゃこうはならないわ。チームカナタ以外に依頼を受けた人はいないって言ってたし……一体、誰が……」
俺ですら人間ではないとはいえ生き物の断面など見る勇気はないが、躊躇なく観察する肝っ玉の持ち主、ルメリア。
俺は内心でドン引きしながら、魔物観察をする変態剣士ルメリアの言葉を遮る。
「そんなことはひとまず後回しだ、叶多が行方不明になったんだぞ! こんな開けた場所に犯人がいるとは思えないし、俺達も下に降りよう!」
異世界にきてからの叶多は、拘束されたりお尋ね者になったり行方不明になったりと、現実世界にいた時とは違って話題が絶えない男だ。
しかしそんなおっちょこちょいな叶多を守るのが俺の役目だ。今はまだ弱い俺だが、いまに強くなってみせる。
俺の提案に「そんなの危ないわ!」と間髪入れずに答えたが、その後一瞬考えたルメリアは、
「いえ、ごめんなさい。ただ、この状況を考えると……やっぱり行くのが最善みたいね。ユウの言う通り、地上には誰もいなかった。カナタが下に落ちちゃった、もしくは何者かに落とされたのだとしたら、やっぱり私たちが助けにいかなくちゃ」
「それでこそ叶多大好きルメリアさんだよ。あの朱雀にも立ち向かえたんだ、ルメリアに怖いもんなんて、もうないだろ」
唇を噛み締め、引き攣った笑顔を作るルメリア。
その顔はどこか寂しそうで、どこか遠くのなにかを見ているようだった。しかし、俺にはそこに踏み込む度胸は持ち合わせていない。
ルメリアは俺の目を見ると、自らの迷いを強引に振り払うように、力強い声で言った。
「そうね……! 私がカナタさんを想う気持ちは本物よ!」
「おう! 叶多救出作戦、第二部の始まりだ!」
俺達が団結することなんてこの先滅多にこないんだろうな、なんてことを思いながら、叶多が覗いた穴のハシゴを、俺を先頭に順番に降りていった。
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数十メートルは降りただろうか、俺達はやっとの思いで地面にありつけた。
ホッとしたのも束の間、地下の冷たい空気が肌を覆う。外の暖かい空気とのギャップで感覚がおかしくなりそうだ。
「ここは……地下の採掘場……?」
「どうやらそうみたいね、それにしても大きな坑道だわ。この規模感でどうやってカナタを探そうかしら」
「骨が折れる作業だけど、手当たり次第いくしかないだろ」
「それもそうね」
無人の坑道に違和感を覚えながらも、俺達は近くで待っているであろう叶多の行方を探し始めた。
地下の採掘場ということもあり、地面や壁が不安定な所も多く、たまに湧く土煙が二人の鼻を刺激して、くしゃみが出てしまう。
等間隔で設置されたなけなしの電気は先の道を薄暗く照らすだけで、この場の薄気味悪さをより増長させている。
「ルメリア、あれ」
「あれって何?」
俺は右側、ルメリアは左側を警戒しながら先へ進んでいたところ、右側でなにやら白くて小さい影のようなものが見えた──気がした。
俺は慌てて指差したが、すぐに影はなくなってしまう。
「ごめん、なんでもない。俺の気のせいかもしれない」
「もう、なに言ってるのよ。しっかりしなさい」
しかし、なにかが引っ掛かる。
あっちに何かあるのだろうか。あっちに行けば、何かが見つかるだろうか。
俺は疑問を確信に変えるため、ルメリアに影を追うことを提案する。
「いや、やっぱり気になる。ごめんルメリア、あっちに行ってみよう。なにか分かるかもしれないんだ」
なんの確信もないが、俺の直感がそう言っている。
こういうときの直感は信じるべきだと、どこかの本に書いてあった。
「べ、別にいいけど。行き止まりだったら承知しないわよ」
「そのときはそのときだよ」
ルメリアの承諾をもらい、俺達は右側に続く通路を進むことにした。




