1話 プロローグ
「お前はいつも可愛いなぁ」
高校二年生の俺──宮代悠は、塀の上でくつろぐ野良猫を、慣れた手つきで撫でながらそう言った。
こいつの名前はシロ。野良猫にはないはずの清潔感と最高級の毛並みの持ち主で、数日前、学校帰りに近道で通る路地裏で見つけてから、毎日こうやって可愛がっている。
「悠君、今日は急いでるんだからほどほどにね」
「分かってるよ。なんたって今日は、記念すべき叶多の誕生日だからな」
そう。今日は俺の大親友、成瀬叶多の十七歳の誕生日。お互いの誕生日はホールケーキを用意して一緒に祝う約束になっている。
「だったら早く行こうよ。日も暮れちゃうし、僕もうお腹ペコペコだよ」
言い終わると同時に、叶多のお腹が悲鳴を上げる。
魔が刺した俺は、空腹に苦しむ叶多に微笑みかけ、隣で眠そうにしているシロをたっぷりと撫でまわした。
「もー! そんな意地悪するんだったら先に家行ってるよ!」
「ごめんごめん、悪気しかなかったけど許して」
そう言った途端叶多は大きく頬を膨らませ、フン、とだけ言い残すと、早足で去っていってしまった。
急いでシロに「また明日」と手を振り、俺はふてくされた大親友の後を追った。
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近所のケーキ屋さんで予約していたチョコケーキのホールを買った俺たちは、秋の終わりを感じさせる冷たい空気と戦いながら、自宅のアパートへと向かっていた。
「ただでさえ生活厳しいはずなのに、いつも色々買ってもらっちゃってごめんね。僕の少ないお小遣いじゃ限界が⋯⋯」
「これくらいじゃ生活に支障出ないから、気にすんなって。最近は店長が大量にシフト入れてくれてるから、むしろ少し余裕あるくらいだよ」
「それでもだよー! 悠君だって欲しいものいっぱいあるだろうに、僕のことばっか気にかけてくれてさ」
「だって俺たち、もう家族みたいなもんだろ? それに、家を出たのは俺が決めたことだからさ。親がいなくたって、俺には叶多がいるし」
嬉しかったのか半泣きで飛びついてきた叶多を正面で受け止め、「やれやれ」と一言。
しかし、後から沸々と湧き上がってきた羞恥心を隠しきれず、俺は胸元にいる大親友の綺麗な茶髪を豪快に撫でた。
「もーやめてよ悠君。僕はシロじゃないよ」
そう言い、叶多はむすーっと頬を膨らませてきた。
ただの照れ隠しのつもりだったが、どうやらまだシロのことを根に持っていたらしい。
「ごめんごめん、さっきのはほんの出来心だったんだよ。ほら、早く家に帰ろうぜ、ケーキが俺達を待ってる」
そう言うと、一瞬鋭い目つきになったが、すぐにいつもの垂れ目で可愛い表情に戻り、「分かった」と一言だけ言うと、勢いよく体勢を戻す。
くしゃくしゃにした髪を五秒ほどかけて整え、再び歩き出そうとした、
──その直後だった。
二人の足元から、突如として青白い光が出現した。
その光は空気中から幾つも作り出され、絡まり合い、二人を包み込むほどの大きさまで成長した。
突然の出来事に、言葉が出なかった。
しかし、理解するよりも先に、体が動いていた。
叶多の左手からケーキが離れ、地面へと落ちる。
次の瞬間。俺たちを包んだ光の集合体は、この世界から跡形もなく消滅した。




