最終幕ー後編ー
撮影の準備は着々と進んで、いよいよその時を迎えた。
「そろそろ撮影始めるそうだよ! 準備はOK?」
「はいはい。桧山君呼んできて。あれ? 伊達君は?」
「さぁ、何か風にあたるとか何とか言ってあっちに行ったぞ」
「風にあたる? またワケわからないこと言って……」
「アイツがワケわからないのは今に始まった話じゃないだろ。理解してやれよ」
「それもそうだけど、あ、江川君、明後日はちゃんと空けておいてよ! 渡邊君が心待ちにしているのだから!」
「ハイハイ。そう何回も言わなくてもわかっていますって。アンタはアンタでさ、旦那さんとお子さんの面倒もちゃんとみてやれよ?」
「言われなくてもしていますって! 余計なお世話」
「けけっ」
悟が八重歯を見せて笑う。なんて幼さの残る笑顔なのだろうか。彼は31歳となった今でも野心を持つ少年だ。そう賢一がよく口にしているのを思い出した。そう言っている彼もまた少年だ。そう思わせる佇まいがある。国際結婚して肌の色の違う子供を出産して……色んな現実をみてきた自分とは全く違う。彼の瞳は確かに現実を捉えてはいるのだが、もっとその先のよくわからないものまで見通している気がしてならない。
冷たい風がより冷たく感じる夜中のアリスガーデン。彼は階段状の観客席の最上段に座り、顎に手をあてて空を見上げていた。
「何やっているの?」
「あ、ボッとしていました。星空があんまりに綺麗なもので」
「変なこと言うのね? 新しい小説のネタでも見つかった?」
「そうですね。Hideと一緒にロケットに乗る話でも描こうかな……」
「ヒデ?」
「あ、いや、何でもないですよ。謙二郎君、準備できましたかね?」
「うん。できたみたいよ。ねぇ、ちょっと一つ聞いてもいいかな?」
「?」
「貴方って本当に伊達君?」
「…………」
「ごめん。変なこと聞いちゃったね。気にしないで」
「さぁ、どうでしょうね? もしかしたら宇宙人かもしれませんね」
「ちょっと、変な冗談やめてよ」
「ははは、でも何が事実かなんてわからないものですよ。そう思いません?」
「?」
「だからボクは小説を書くことが大好きです。玲さんはそうじゃないですか?」
「え、いや、何ていうかな、急にそんな真剣な話を振られちゃってもなぁ……」
「玲さんが面白いことを聞いてくるなと思っただけです」
「え?」
「そろそろ行きましょうか。お待たせしました」
賢一は立ち上がり埃を払って階段をゆっくりと降りていった。
夕闇文芸団は伊達賢一が代表を務める社会人文芸サークルだ。メンバーは全員「小説家になろう」という小説投稿サイトに作品を投稿しているネット作家だ。その執筆活動とは別にサークルで動画番組を製作したりもしている。作品だけでなく、作家個人も宣伝していくという特殊なコンセプトを持った活動を展開している。もっとも、動画を投稿しているYoutubeの再生数は未だに伸び悩んでいるが。それでも自分たちの周囲を中心に人の注目は集めてきている。この夢を叶える日はそう遠くないだろう。彼はそう心で呟くとカメラに向かってそっと微笑んでみせた。白い吐息が気持ち良く目の前に浮かぶ。
アリスガーデンの赤いオブジェの前、スーツ姿の男女3人が立つ。
革命はこれから起こすのだ。誰が何と言おうと彼らの情熱はもう止まらない。
少年は英雄たちの仲間となった。そして仲間たちともっと大きな夢を思い描くのだろう――




