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光の射す方へ

作者:IDECCHI51
∀・)文学フリマ短編小説賞、応募作品になります!
 最近エアコンの調子が悪い。そのせいで蒸し暑くて目が覚めた。


 体のだるい通勤時間、ぎゅうぎゅう詰めの電車の中で七夕が何だとか女子高生が嬉々と話しているのをただ何となく聞いている。そんなある日のことだった。


「君はこれからもう来なくていいよ。君の座る椅子はもうない」


 上司からの唐突なリストラ宣告だった。受け入れない俺は自分のデスクを探しまわってみせたが「ないと言っているだろうがぁ!」という上司の罵声を浴びて観念した。俺は解雇の処理を済まして自宅へ帰った。ただ茫然としていた。


 翌日から職探しを開始したが一向に見つかる気配がなかった。


 なす術もなく俺はただ自宅アパートの自室で項垂れていた。右手にはこの日何杯目になるのかわからない酒がコップの底に残っていた。そんな昼下がりだった。彼女から電話がかかってきた。晶子。当時付き合っていた俺の彼女だった。


「もしもし。どうした?」
『今晩空いている?』
「え? ええと……おう」
『じゃあいつもの喫茶店でね』
「おい、待てよ。今俺……」


 電話はあっさりプッツリと切れた。昨晩に晶子には離職したことを打ち明けていた。その時は「応援している」と心強い言葉をかけてくれた。しかしどうにも嫌な予感がして仕方がなかった。ガラスのコップを持った俺の手は震えていた。


 俺の杞憂はそのまま現実となった。


「ごめんね。夕樹。私好きな人ができたの」


 は? と思ったが既に彼女はお目当ての男性とデートを繰り返していたようだ。俺の知らない間に。そして将来性のなくなった俺は都合よく捨てられた。


 東京に来て恋愛に仕事にフル回転で頑張った俺の青春はあっけなく崩れ落ちた。俺は一人喫茶店に残り、机に置かれたペアリングの片割れをただ眺めた。東京に来て3年、一体この3年間は何だったというのか。俺は言葉を失った。


 真っ暗闇のどん底に突き落とされた俺はそれでもめげずに就職活動を進めた。しかし何度職安に行っても結果は同じだった。電子機器メーカーで営業マンをし抜いた俺のプライドはもうなくなっていた。


 ある日の就活の帰り道、俺は電柱柱に貼ってあった新興宗教のセミナーに興味を持った。いや、やけくそだったと言った方が適切なのかもしれない。俺は我を忘れたようにセミナーが開催されている古びたビルの一室に向かった。


 セミナーでは狭い部屋に老若男女様々な人間が集っていた。ごく普通な感じの中年のおっさんが学校の先生のようにして現れて喋り始めた。喋っていることはたわいのないことだったが、一人の信徒を呼び出すと何やら妙な儀式を始めた。年老いた女性信徒はおっさんの催眠術のような言葉に意のままに操られ、両手を大きく上げたかと思うと、その場で回りだして踊り始めた。何だこれ。俺はただそう引いているばかりだったが、自分の番になるとおっさんの催眠術にかかって自然に狂ったように踊らされていた。そして気がつけば誓約書のようなものを書かされてしまった。


 俺は妙な新興宗教を信仰しながらも就職活動を続けた。しかし一向に俺は報われなかった。やがて俺の貯金は尽きた。


「誓約金が払えない?」
「はい……貯金がなくなってしまって」
「そうか。やはり君は私の心術を信じきっていなかったのだ。だから結果もでないのだよ」
「はぁ?」
「その目だ。斉藤君は常に人を疑っているのだ。その目をもっと純粋なものへと変えていきなさい」
「何言っているのですか?」
「わからないと言うのか?」
「わからないも何も『騙されたつもりでやってみなさい』と貴方が言った筈です」
「ああ、なかなか信じてもらえるものではないからな」
「それから『必ず報われる』とも言った」
「だからそれは……」
「この嘘つきが! 俺の金を返せ!!」
「ぬわっ! おい! 助けろ!!」


 俺はイカサマ教の教祖の胸座を掴んで迫った。しかしその場にたまたまやってきた信徒たちに俺は掴まれて暴行を受けて追い出された。「無礼者! 貴様には神の天罰が直に下る!!」という気持ちの悪い罵声だけが耳に残った。


 俺はとうとう自己破産をした。夢をみてやってきた東京を去ることに決めた。行先は俺の地元。山口県下関市にあるとある町だ。


 天罰があたるだって? そんなものとうの昔にあたっている。


 俺の両親は俺たちが小さい時に離婚している。それから母の手一つで俺と弟は育った。しかし母の愛情を特に受けていた弟の真夜は覚醒剤にのめり込んで、刑務所に行き、果ては行方不明となった。これにショックを受けた母は精神病を発症して病院から出られなくなった。俺は逃げるようにして東京へ居場所を求めた。


 地元に戻って俺が向かった場所。それは母がいる病院の病棟だった。


「母さん、俺、戻ってきたよ」
「帰りたい……」
「ごめんな。何もせずに逃げたりなんかして」
「帰りたい……」
「俺、もっとここにいれば良かったよ。そう思って仕方がないのさ」
「帰りたい……」
「母さんさ……」


 俺の両目からは涙が溢れて止まらなかった。


「夏休みがあったあの頃に」


 母の言葉に俺の涙が止まった。何だろう。神妙な感覚が俺を襲った。


 俺はそれから何とかお金を工面するようにした。親戚や高校時代の友人など俺の人脈という人脈は全てあたった。それでもお金も仕事も充分には補えなかった。親族と会えば悪人扱い、同級生と会えば他人扱い。俺は絶望するしかなかった。


 いよいよ俺も死ぬことを覚悟するしかなかった。そんな時に国からお金を貰うことができた。その一瞬は喜びを感じたが、ふと現実にかえると虚しさばかりが溢れてくるようだった。


 気がつけば俺は酒を飲みあげていた。酒屋の店員からつまみ出され、俺は街をふらついた。不意に道端にたむろしている連中に体当たりをした。


「おい! てめぇ! どこむかってきとんじゃあ!」
「ああ!? ぶつかるようにしていたお前が悪いのだろうが!」
「この酔っ払いが! 目ぇ覚ましたろうかぁ!!」


 それから俺は激しく殴られては蹴られた。抵抗しようにも体が思うように全く動かない。いよいよ俺も覚悟しないといけないのか。だんだんと俺の意識は薄く消えていった。



 俺は砂漠にいた。ボロボロの体で乾いた砂の上で倒れている。喉が渇いている。喉が渇いてやれない。これは夢だ。夢なのだ。それはわかっているのだが、なかなかここから出してくれないようだ。俺が砂に顔を渦くめようとした時、誰かが俺に手を差し伸べてきた。俺が顔をあげるとそこに顔に被り物をした女性がいた。目だけは露出しており、ラクダを引き連れている。エジプトにいる女性のそれを連想させた。


「これをどうぞ」


 アラビアンな女性は水筒を俺に差し出した。俺は無我夢中で水筒の中にある水を飲みほした。途端に生き返ったような気がした。夢の中なのに。変な感覚だ。


「旅の方ですか? よかったらこの子を使ってください」
「そんな……俺なんかに勿体ないです……」
「遠慮しないで。ほら」


 俺は彼女からラクダを譲ってもらった。


「どこへ行かれるのです?」
「さぁ、宛てはないですね」
「うふふっ。それも面白いですね」
「あなたはどこへ?」
「光の射す方へ」


 彼女はそう言い残すとスタスタと陽の沈む方へ歩き始めた。俺はただそれを見送った。そこで俺は目を覚ました。俺の目には木造の天井が映った。



 周囲を見渡す。どうやらとても古臭いアパートの一室にいるようだ。身体にはいくつもの傷があった。しかし何カ所か絆創膏や包帯などで保護してあるところもあった。暫くすると腰と背中に痛みが走った。


「痛っ!」
「こらこら、あんまり動いちゃ駄目だぞ」
「え? あなたは?」


 俺の目の前に濃い髭面の男が現れた。図体がかなり大きい男で如何にも力仕事をしている感じの風格だった。


「お前は顔が同じでも性格が変わったなぁ。斉藤、あんな所で何をしていた?」


 男はあぐらをかきながら顎に手を当てて俺を見ていた。男の目元をよく見る。咄嗟に思いついたその名を俺はだした。


「松村?」
「おうよ。こんな感じになっても思い出してくれたか?」
「松村だったのか! うっ! 痛い!」
「だからそんなに動くなって。俺が見つけた時はあちこち出血していたぞ」
「救ってくれたのか……」


 松村こと松村晃はニコニコしながら頷いた。


 信じられないような話だが高校時代の松村は今の髭面がとても似つかない程の美少年だった。サッカー部の主将で勉強もよくでき、大のクラスの人気者だった。こんな不潔な感じの大人になるだなんて、少なくとも俺は想像していなかった。


 暫くして俺と松村は会話を交わした。松村は広島の大学に進学し、大阪で大手自動車メーカーの営業マンとして働いていたらしい。結婚までしていたようだ。しかしあえなく会社のリストラを受け、急な経済破綻から離婚までしてしまった。結果的に俺と同じように地元へ帰ってきたとのことだ。松村には学校教員の立派な両親がいるが、負け組となった松村を優しく受け入れる事はなかったみたいだ。やはり世の中うまくいかないものなのか。


「それで今のお前は何をしているのさ?」
「便利屋だよ。重い荷物を運ぶし、汚い所掃除したりしている。ま、下請けの下請け……そのまた下請けみたいな仕事かな? はっはっはっ!」
「そうなのか」
「お前も話を聞く限り大変じゃないか。これからどうするつもりよ?」
「…………」
「なぁ、一緒に働くか?」
「!?」
「そう驚いた顔するなって。社長の若造も他の社員もみんな“わけあり”だ。大した給料は貰えないけどさ。なんとか食ってはいけるよ。な、どうだよ?」
「…………」


 俺は自然と泣いていた。高校時代全く話すことのなかったクラスメイトに救われるなんて想像もできなかった。俺は「頼む」と言おうとしたが声が出なかった。それでも松村はそっと俺の肩をたたいてこう言った。


「一緒に乗り越えてやろう」
「すまん……松村」
「そういやお前、磯村とはもう繋がってもないのかよ?」
「!」


 松村の言葉を聴いて俺はハッとした。そうだ。俺には高校時代に彼女がいた。磯村梓。梓も俺もクラスではおとなしく寡黙な性格で知られていた。互いの友人関係の繋がりがあって俺達は自然と交際をするようになった。それは高校卒業の時まで続いた。別れもまた自然であった。地元を愛する彼女、東京を夢見た俺。その違いからくるものだった。


 アパートを出た俺は曖昧な記憶を頼りに磯村の家に向かった。磯村家の一軒家、それは俺の記憶のまま確かにあった。躊躇しながらも、俺はチャイムを押した。梓の父親は彼女にぞっこんで、高校時代に挨拶をしに行った時に酷くあたられた記憶がある。その時は随分とやりあったものだが……今はどうだろう。俺など彼女にとっては他人でしかないのだろうし。


 玄関から出てきたのは年老いた梓の父親だった。皮肉にもそういう展開だった。しかし彼の表情はとても穏和で俺の事を懐かしむような感じを醸し出していた。


「斉藤君か~」
「はい。すいません。なんだか突然に来て……」
「いやいや。いいのだよ。ほらウチの中に入って」
「え?」


 年老いた梓の父親はこれまでになく俺を歓迎してくれた。美味しい紅茶まで御馳走になった。なんだか俺は頭がおかしくなりそうで、梓のその後の話を彼から聞くことにした。


 あれから梓は地元の観光サービス業に就職し、そこで出会った男性と婚約していた。しかし婚約者と共に交通事故に遭い、婚約者共々亡くなったとのことだ。


 この話を落ち着いて俺に話す梓の父である博氏はどこか寛大な雰囲気に溢れていた。悟りの境地とも言うか何というか……。彼はひと通り話すと、埃被った分厚い茶色の手帳を俺に手渡した。


「ずっと梓の机の中に置かれていた物だよ。後ろをみるとね、君の名前も書いてあったから、君に渡そうと思っていてね……やっと溜飲が下がる気持ちだよ」
「これは……!」


 俺は思い出した。俺と彼女は2人でリレー小説を書いていた。ラクダに乗った王女様が砂漠で飢えている二枚目な男性を救う場面から始まるアラビアンナイトのような物語だ。そのタイトルは「Tomorrow never knows」。お互いが好きなアーティストの曲名から拝借したものだ。俺はこの小説を読んでいくごとに懐かしさで涙が込み上げてきた。梓の父親は穏やかに微笑んで俺を見守ってくれた。その眼差しはどこか父親のそれを感じさせてくれた。


 その翌日、俺は梓の両親に案内されて彼女の墓参りへ行った。


 彼女の墓には近くの花屋で買った花束を供えた。そして祈りを捧げた。何だか不思議な感じだった。もういない筈の彼女とまた出会えたような気がしたからだ。



 それから俺は奇妙な縁で再会した松村と仕事と生活を共にするようになった。


 何年か経って松村は若い女性の伴侶を見つけた。いわゆる再婚というものか。挙式も新婚旅行も何もしてはないようだが、俺と住んでいたおんぼろアパートを巣立っていった。その替わりに少年院あがりの“わけあり”と寝食を共にする事となった。髪は金髪で目つきが悪いが、俺には一応敬語使うし、色々配慮したりもしてくれるので文句は言うまい。名前も俺と同じ斉藤だ。



 俺が人生の闇の底に堕ち、同時に光を見出したあの1年から20年が経過した。



 金髪の斉藤とは相変わらず仲良くやっている。母にも会いに行っている。松村に続いて俺も巣立ってやる気満々でいたが、やっぱり人生は甘くないようだ。


 俺は数年前に購入したパソコンで小説を書いてネットに投稿している。「小説家になろう」とかいうサイトでいい歳こいてもふんばっている。不人気でなければ人気な作品を書いているわけでもない。中途半端でも程よい位置にいるのが実は1番幸せなのかもしれない。出世するに越したことはないだろうが。


 俺は新作の投稿を終え、一杯の日本酒を飲むと、PCを閉じて立ち上がった。


「ちょっと出てくる」
「どこに行くんですか? 飯残っていますよ?」
「散歩」
「顔赤いっすよ? 大丈夫っすか?」
「大丈夫だ。賢介は仕事でも俺は明日休みだろ?」
「そうだけど……夕さんになんかあったら俺達……」
「俺そんなに必要か?」
「当たり前じゃねぇっすか!」
「くっくっく、あっはっはっは!」
「何か可笑しいですか?」
「いやさ、可笑しいわけじゃない。嬉しい。嬉しいんだよなぁ」
「?」
「俺なら大丈夫。明日の昼には帰ってくるよ。飯も買っておくからよ~」
「明日の昼って…………もうっ、いつも勝手なのだから。気をつけてよ~」


 日時は2016年の7月7日19時17分か。大丈夫。そこまで酔ってない。


 俺は七夕の夜道を一人歩いた。そういや20年前のこの日なんかあったっけ。


 嫌なことは忘れよう。悲観したってそこから何も生まれやしない。


 どこに向かっているかって?


 そんなこと決まっているだろ?


 光の射す方へ。


 真夜中の道を一人歩く。


 街灯が照らす道はどこか寂しげで物足りなさを物語っている。


 もしも自分の人生がもう一度やり直せたらどこからやり直すのだろう。


 皮肉にも時間は戻らない。過去は過去のままだ。変えることはできない。


 俺は行先に辿りつき、ゆっくりと立ち止まって空を見上げた。


 関門海峡の夜が明ける。すげぇところまで来たな俺。


 この大海原で漂ってもいい。バッティングセンターで思いっきり空振りして骨を折ってもいい。その度にリハビリすればいい。心につけたプロペラはいつでも時空を超えられる。ああ。こんなにも生きるって心地がいいものなのだ。お前もこっちにこいよ。もっと俺は俺を愛してやる。お前もお前を愛してやれ。やがてこんな答えに辿りつく。闇が深ければ深いほど暁は近いのだ――
∀・)読んでいただき、たいへんにありがとうございました。大好きなアーティストの楽曲よりイメージを膨らませて書かせていただきました。わかってもらえたら幸いです。日本の経済不況は僕の幼少時代より言われ続けていました。「甘くない世の中だから」そんなことも聞いて育ってきました。ではそんな世の中をどう生き抜くか?それが本作のテーマになりますし、ボクが作家として常に意識しているところです。もしかしたらこれは都合の良い夢物語なのかもしれませんが、ボクは可能性という可能性に懸けることは決して無意味じゃないと信じています。どんな時も希望を持つことが1番(^^)大変だけどね(^^;)

∀・)よかったらどうぞ気軽に感想ください☆

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