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白い手  作者: 杜 社
3/4

白い手

短いです。


 翌朝、僕は例のアパート、裏野ハイツの前にいた。

 妙に早く目が覚めて、焦燥に駆られるようにここまで来てしまった。

 だけど、どうしよう。

 部屋の場所は判っている。

 後は、たずねる口実だ。これが意外と難しい。

 窓辺の白い手が気になりました、とか馬鹿正直に言って訪ねるのは、ちょっとしたくない。

 イタイ子認定は、断固拒否だ。


 現に、今は見えないし。

 手、どころか窓の存在も背の高い植木に邪魔されて、よくわからない状況だ。

 窓があると思われる場所を見上げて、侵入方法を考える。

 もちろん、合法的なやつだ。こんな所で、人生に汚点を付ける気はない。


 でも、よく考えたらなんで、見えるときと見えない時があるんだろう。

 見間違いではない、と思う。

 

 スマホが鳴った時、それからあいつに呼ばれた時、どっちも意識が反れた瞬間に見えなくなってしまった。

 それまでは、見えていたのに。

 少なくとも、夕べ一緒にいたあいつは、見えないと言っていた。

 今みたいに、植木が邪魔でそもそも窓がよくわからない、と。


 なら、どうして、僕には見えたんだろう。

 ここが廃墟ではないのは、入り口にある郵便受けをみれば判る。

 チラシのある所と、ないところがある。使用者がいなければ、こんな差は出ないハズだ。

 このアパートのへんな噂も特に聞いたことはない。

 なら、尚更、昨日のあれは何なんだろう。

 

 僕に見えて、あいつに見えなかった白い手。

 僕だけに見えた、あの白い手。

 僕だけに・・・・・・?

 例えば、もし、そうだとしたら、あの白い手は、いや、その持ち主は自分が見える相手を待っているのかもしれない。

 何かを伝えようとしてるのか、託そうとしているのか。


 いずれにしても、僕を選んだんだ。あの白い手は。

 あいつじゃ、なくて僕が選ばれたんだ。あの白い手に。


 さっきまで、侵入方法を考えあぐねていたのが嘘にみたいに、僕は裏野荘の外階段を駆け上って、気がつけば二階のその部屋の前にいた。

 ほら!やっぱり、そうだった!

 部屋のドアは閉まっておらす、10センチほどの隙間を見せていた。

 僕が選ばれたんだ。

 言いようのない、高揚感が足元からこみ上げてくる。


 その高揚感に後押しされるように、うっすらと僕を誘い入れるように開いているドアを潜った。

 

 夏の日差しに慣れた目に、明かりのないその室内はひどく薄暗く感じられた。

 それでも、見えないことはく、僕は靴を脱ぐのももどかしく、奥の部屋へと入っていった。

 そこに居たのは、少女だった。

 そうか、この子が僕を選んでくれたのか。あの、なんでも持ってる特別なあいつじゃなくて、僕を選んでくれたんだ。

 ラノベの主人公のような気分だったのかもしれない。

 このとき、僕は、彼女のお願いをなんでも聞いてあげるつもりでいた。


 それが、選ばれた僕の、いや、主人公の勤めだと思っていた。


 だから、こんな事になるなんて思っても見なかったんだ。



 **********************************


 僕は今、二階の窓から外を見ている。


 僕の母さんが呼ぶ声がする。

「明美ちゃーん。早くいらっしゃい。置いていくわよー」

 母さんの声が、僕じゃない、僕の知らない誰かを呼ぶ。


 どうして、僕を呼んでくれないの?

 通りに佇む少女がこちらを見上げて、でもすぐに誰かに呼ばれて去っていった。

 ――ニタリ、と嗤って。


 お母さんが、私を呼ぶ声がする。

 今日の午後、これから田舎のおばあちゃんの所へ、お墓参りに行くの。

 そう、お盆だからね。

「はーい。すぐ行くー」

 私は、返事をしてから、アパートを見上げた。

 背の高い植木に囲われた、古いアパート。

 でもそれは一瞬だけ。

 私は、すぐに両親を追いかけるべく歩き出した。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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