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白い手  作者: 杜 社
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蝉の声

はじめまして。初投稿です。メンタルが半紙なので、お手柔らかにお願いします。

 七月、高校が夏休みに入った。

 とは言え、運動部に入っている僕は、部活のため終業式以降も引き続き毎日学校へ通っている。

 夏休みって何だ。お盆の三日間のことか?父さんと同じじゃないか。

 サラリーマンと一緒って・・・。

 はぁ、やる気が出ない。

 元々、モテそうと思って入った部活だったけど、「モテ」とは個人の資質による所が全てという、しょっぱい現実を学んだだけだった。

 切ない・・・。


 だけど、僕だってそんなに見られないほどの容姿をしているワケじゃない、と思う。

 身長は170センチ後半でまだ伸びてるし、部活のおかげで体も締まってる。

 ただ、あいつらみたいな容姿とか家の力的なものがないだけだ。

 生まれついての勝ち組じゃない、そんな特別なんじゃなくて、普通なだけだ。

 そこに居るだけで注目を集める様な、そんな”特別”を持っていないだけなんだ。

 僕だって、あいつらが居なければそこそこイケてるハズ。


 まぁ、生活の中心が学校にある身分としては、僕単体での評価がかなり難しい。わかってる。

 あんなのが同じ学年に、同じ部活にいれば、それ以外はすべからく路端の石に成り下がる。

 それでも、あいつら以外で女子から話しかけてもらえる。

 それだけのために部活を続けているのだ。

 話の中身の全てがあいつらに関することだけたとしても。それでも。

 我ながら、情けないとは思う。


 それでも、卒業までの三年間で女子と一言も言葉を交わさないとか、ありえない。なんのための  共学か。

 例え、この状況のほうが異常だったとしてもだ。

 そして、その異常性はその中に入ってみなければわからない。他の学校の奴らにも、家族にも、 この学校の教師にだってきっとわからない。

 学校中の女子にとって、価値のある男子とみなされているのがたった数人のあいつらだけ、という異常さ。


 女子全員が、あいつらの特別になれるハズもないのに。

 それとも、特別なあいつらの傍にいれば自分も特別になれるとでも思っているのだろうか。

 ばからしい。そんなことで特別になれるなら、僕なんかとっくに特別な存在になっている。

 だけど実際は、そんな事もなく、僕は普通だ。

 せいぜい、女子達への報告係といったところだろう。

 彼女達は、僕の中に”僕”という個を見出してはいない。それどころか、個があることすら思い至っていないんじゃないかと思う。


 きっと、この夏休みの事だって、登校日のたびに報告させられるのは目に見えている。

 毎日、フェンスにかじりついて見学に来ているのに、何を改めて聞きたいというのかまったくもって理解できない。


 あぁ、憂鬱な一日が今日も始まる。


*****************************


 明日からの盆休みを控えた、夏休み前期最後の部活の日。

 その日は、やたらと蝉の声がうるさかった。

 それこそ全ての音が蝉の鳴き声に塗り潰されてしまうくらい。 車のエンジン音も、誰かの足音も、自分の声も気配さえ全部。

 三百六十度、まさに蝉の包囲網。いっそ、重力すら感じてきそうだ。

「・・・・・・・・・。」

 うるさい、と試しに声に出してみるも案の定、自分の声は聞こえなかった。


 朝から、つまらない電話で起こされたのに加えて、地味に苛立ちがつのる。

 吐き出したため息すら、蝉の奏でる轟音に飲まれていく。

 まったく、何が、『朝錬に彼がいないの!』だ。知るか、そんな事。

 そもそも、そんな早朝は部活の朝錬ではない。自主練だ。

 うちの部活は、朝八時から。つまり、今の僕が向かっているのが、正しい朝錬の時間だ。

 あいつらの自主練状況なんで把握してない。する気もない。

 報告義務は、せいぜい部活中のみにしていただきたい。


 はぁ・・・

 二度目のため息も、やっぱり蝉の轟音に飲まれていった。

 なんだか、僕ごとごの轟音に飲まれそうな気がしてくる。

 ふっと、視界の端を何かが掠める。

 黒いネコが、音もなくブロック塀を越えていった。

 それを見るつもなく見送った先にあったのは、古びたアパートだった。

 どうやら、いつの間にか道を間違えていたみたいだった。蝉の轟音に、僕の方向感覚は飲まれていたらしい。


 とはいえ、間違えたといっても、いつもの通学路から一筋それただけで、ここからでも充分学校へは行ける。

 そう、最短距離ではなくなった、というだけだ。それだけのことだ。自分に言い聞かせてもやっぱいり、朝からの苛立ちにまた一つ。

 若干八つ当たり気味にアパートを見上げる。

 ネコの姿はもうない。あったのは―


 白い手


 次の瞬間には、周囲の全ての音が消えていた。

 アパートの窓辺にかかる、白い手。

 僕は、吸い寄せられるように、その手に向かって一歩踏み出していた。


 ブーブーブー


 スマホが、ズボンの後ろのポケットなかで震えた。

 と、同時に蝉の轟音が一気に戻ってきた。

 その音に、ハッとして電話に出た。


『あ、もしもし?お前今、どこにいんの?練習始まるけど、来れそうか?』


 反射的に、液晶に表示された時計を見る。

 やばっ。

 思った以上に時間が経っていた。時計は、無情にも朝練が始まる時間を表示していた。


「悪い。今、向かってるから、監督に遅れるって言っといてくれ」

 自分の声は相変わらす聞こえなかったが、相手からは了承の返事が返ってきから、ちゃんと声はでていたらしい。

『おっけー。けど、お前が遅刻なんて珍しいな。てか、初めてじゃない?もし、なんかあったんなら無理すんなよ?』

「あ、ああ。別に、大丈夫だ。じゃ、また後でな」

『おう!早くこいよー』


 心配されてしまった。というか、僕の出席状況なんでよく知ってたな。まさか、全員の状況を把握してるよか!?

 それは、あれか?特別なやつが持ってるチートとかいうやつか。

 そういうヤツは、そういう奴等が集まるところへ行ってもらいたいものだ。間違っても、一般の公立高校になんて来るな。


 すでに通話の切れたスマホをポケットにねじ込みながら、もう一度あの白い手を見上げた。

 が、そのこに見えたのは、アパートの壁沿いに立つ背の高い垣根状の植木だった。

 せいぜい植木の合間に、所々アパートの草臥れた壁が見えただけだった。

 あれ・・・?

 僕は、気になってもう一度、さっきの窓の辺りをよく見ようを、立つ位置を変えてアパートを見上げてみたけど、もう垣根の向こうはほとんと見えなくなっていた。


 あんなにはっきり見えたのに。


 一瞬無性に、確かめに行きたい衝動に駆られたけど、これ以上、部活に遅れるわけには行かない、そう思う理性が勝った。

 いっそ、休むと言えば良かったかとも思うが、今更だった。

 僕は、理性を総動員して、探索への衝動を押し込めて学校まで走っていった。

読んでくださり、ありがとうございます。

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