第1話 はろー異世界
いつから日の光を浴びてないのだろう。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋。青白い液晶の光だけが、俺の顔をぼんやりと照らしている。
聞こえてくるのは、ゲームのBGMと効果音だけ。
朝起きて、シコってゲームしてshortsみてシコってゲームしてshortsみてシコって寝る。
そんなドパガキ中学生の夏休みみたいな生活をかれこれ数週間は続けていた。
「……」
コントローラーを握る。
画面の中では、一人の魔法使いが巨大なドラゴンと死闘を繰り広げていた。
場所は灼熱の火口。
足元では真っ赤な溶岩が煮えたぎり、巨大なドラゴンが翼を広げてこちらを睨んでいる。
敵のHPそして、俺のHP、どちらもあと僅かだった。
次の一撃を与えたものが勝つ。そんな盤面。
『グオオオオオオオオッ!』
ドラゴンが咆哮する。
直後、その口から凄まじい炎が吐き出された。
「あっぶね!」
反射的に横へ転がる。
直前まで俺がいた場所を炎が焼き尽くした。
コントローラーを握る手に、じっとりと汗が滲む。
全神経を画面に集中させる。ドラゴンが地面を蹴った。
巨大な爪が画面いっぱいに迫る。
「ッ!」
右。左。もう一度、右。
ギリギリで攻撃をかわしていく。
そして──ドラゴンが大きく体勢を崩した。
「今だ!」
ボタンを叩き込む。
魔法使いが杖を構えた。
周囲に漂っていた水分が一点へと集まり、青白い光を放つ。
『蒼き断絶』
刹那。
超高圧に圧縮された蒼い一線が、空間を切り裂いた。
次の瞬間、ドラゴンの巨体がぐらりと傾く。
そして──地響きを立てて倒れた。画面中央に、金色の文字が浮かび上がる。
『GAME CLEAR』
「よっしゃあッ!」
コントローラーを放り投げ、そのままベッドへ倒れ込んだ。
「マジで疲れた!」
長かった。
本当に長かった。
何度殺されたか分からない。
攻略サイトを封印して挑んだせいで、たぶん数十時間はこいつに費やした。
だが──勝った。
「……ふぅ」
急に静かになった部屋に、ゲームクリア後のBGMだけが流れている。
俺は天井を見つめた。
「……」
俺──向野佑磨(18歳)は、いじめられていた。
学校に俺の居場所はなかった。
そして、色々あって行かなくなった。
気づけば数週間。
今ではこうして、ゲームをして、飯を食って、寝るだけ。
有限であるはずの人生を、何の目的もなく浪費していた。
外からふわり、生臭い匂いがした。
「…」
俺はもう一度、ゲーム画面へ目を向けた。
そこには先ほどまで俺が操作していた魔法使いがいる。
魔法があって。ドラゴンがいて。冒険があって。
努力すれば強くなれる世界。
「…異世界、行きてぇな」
ポツリと呟いた。
当然、返事はない。
ゲームのBGMだけが虚しく響いている。
「…はぁ」
俺は重い身体を起こし、部屋の扉へ向かった。
「飯食お…」
ドアノブを握る。
そして、いつものように扉を開けた。
──はずだった。
「…は?」
思わず、間抜けな声が漏れた。
そこにあるはずの廊下がない。
代わりに巨大な木々。
生い茂る草。
木漏れ日。
そして、どこまでも続く深い森。
「…いや…いやいやいや」
俺は一度、扉を閉めた。
数秒待つ。
もう一度開ける。
森。
「…」
閉める。
開ける。
森。
チュン、チュンッ。
どこかで小鳥が鳴く。
とりあえず、この辺りを探索してみよう。
とはいえ、今の俺は寝巻き姿だ。
さすがにこの格好で森の中を歩き回る気にはなれない。
「とりあえず着替えよう」
一度部屋に戻ろう。
そう思って、何気なく後ろを振り返る。
何もなかった。
さっきまで、確かにそこにあったはずの扉が―跡形もなく消えている。
「おいおいおいマジかよ!」
あるのは木と草。
そして、その向こうまで延々と続く森だけ。
こうして─向野佑磨の異世界生活は、あまりにも唐突に始まった。




