最終話 気づいちゃった……
「……彩葉」
「どうしました?」
「このままでいいのか……?」
「これがいいんです」
「ならいいんだけど……」
灯りもついていない真っ暗な教室にいるのは俺と彩葉のみ。
彼女の指示で教室の後ろの隅で椅子を並べて座ってるだけ……。
もう少し詳細に言うなら、彩葉が俺の肩に頭を乗せている。
そのせいもあってか、髪からシャンプーの匂いが俺の鼻を掠めている。
「……後夜祭賑わってるみたいだな」
微かにだが、外から賑わう声が聞こえていた。
「行きたかったですか?」
彩葉は顔を上げて俺の顔をみていた。
暗さもあってか、少し憂を帯びているようにも見えた。
「どっちでもよかったかな、疲れてるから帰ろうかと思ってたぐらいだし」
楽しかったからあまり感じていなかったが、学園祭が終わったと実感したとたん一気に疲れが押し寄せていた。
気を抜いたら、このまま寝そうなぐらい。
「それじゃ、帰りましょうか?」
彩葉はゆっくりと立ち上がると、俺の前に立っていた。
ちょうどよく月明かりが彼女に差し込んでいるせいか、違った印象を受けてしまう。
「そうだな、明日片付けもあるし」
彩葉に続くように立ち上がってからカバンを持ってから一緒に教室をでた。
「こんな時間に帰宅するなんて、すごく変な感じですね」
校門を抜け、駅へ向かって歩いていると彩葉が楽しそうな顔で話していた。
学校ではまだ後夜祭が行われているようで、校門を出たのは俺と彩葉だけだった。
「ホント、あっという間でしたね……」
「だな、準備期間長かったのに学園祭は——」
「違いますよ」
「……うん?」
彩葉は俺の前で立ち止まっていた。
「一颯さんと出会ってからの話です」
彩葉の言葉に俺は言葉が出なくなってしまう。
「……入学式の時に一颯さんに出会って、大袈裟かもしれないですけど、私の人生が変わったような気がします」
真剣な表情で話し出す彩葉。
それに対して俺は突然のことすぎて何も言うことができなかった。
「リアルでもDPOのことが話せたり、『機神』『アケロク』『ドラゴンイーター』など、いろんなゲームで遊ぶことができましたし」
「……彩葉?」
やっとの思いで声をかけるが、彩葉は話を進めていた。
「郁奈さんや菜月さんとも出会って仲良くなりましたし……この学園祭に関しても盛り上がれたのも全て」
彩葉は毎度のように体をグイッとこちらに寄せていた。
いつもなら両手でガードをするところだが、いつもとは違う雰囲気に防ぐことをすっかり忘れてしまう。
「一颯さんのおかげだと思っています!」
そしてさらに顔をこちらに近づけてそう告げる。
「ちょっとまって、いくらなんでも近すぎるから! ってか俺は何もやってないから! 全て彩葉の——」
「——私1人じゃ何もできなかったです!」
彩葉は睨みつけるような鋭い目で俺をじっと見ている。
「落ち着けって……うおっ!?」
興奮状態の彼女を落ち着かせようとするが、彩葉はそのまま俺の体に抱きついてきた。
突然のことすぎて変な声がでてしまう。
「ちょ……ど、どうしたんだよ!? さっきから変だぞ!?」
彩葉に声をかけるもガシッと抱きしめたまま返事はないまま。
理解不能すぎる状況に俺はため息をつくことしかできなかった。
「……とりあえず今日は帰ろう、彩葉もずっと頑張ってたから疲れが出たんだろ」
準備期間から企画からコンセプト、接客方法などは彩葉が考えてくれていた。
ほぼ何もしなかった俺からしたらすごいことだと思うし、すごいとも思っている。
疲れや解放感で色々な感情がグチャグチャになったんだろう……そう思うことにしよう。
「……一颯さん」
考えていると、彩葉は今にも消えそうな声で俺の名前を呼んだ。
「どうした?」
「さっき、祖父母には一颯さんの家に泊まるって電話しました」
「…………え”?」
俺も疲れているのか、彼女の言った言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまう。
ってかとんでもないこと言ったよね、この子!?
「……聞いているかどうかわかりませんが、郁奈さん、今日は菜月さんの家に泊まるそうです」
「いや、聞いてないよ!?」
俺が困惑していると彩葉は抱きつくのをやめて、カバンから取り出したものを見せていた。
どこかで見たことがあると思ったら、姉が持っている家の鍵。
「何で彩葉が俺の家の鍵持っているんだ?」
「昼間、郁奈さんに連れて行かれた時に渡されました……『今日は2人で楽しんでね』と言っていました」
何考えているんだあのアホあねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『もしもしー? どうしたのこんな時間に? 夕飯ならレンジの中に——』
「——そんなことはどうでもいい! 何考えてんだよ!」
『あ、もしかして彩葉ちゃんから聞いた? 別にお礼なんていいのに一颯は律儀なんだから〜』
「誰が礼なんかいうか! 何で郁奈ちゃんはいつも余計なことを……!」
『だってさぁ、今日の彩葉ちゃん見てたら、一颯と一緒にさせてあげたくなってさぁ〜!』
「……どういうことだよ?」
『えっとね……あ! 菜月がお風呂からあがったから戻るねー!』
「ちょっと待て!」
『もしかして一颯も話に混ざりたい感じ? 今日は久々に猥談するんだよ! 男もビックリなくらいの話が——』
話を聞いているうちに段々イライラしてきたため、怒りのまま通話を終了させた。
「まったく……」
スマホをベッドの上に放り投げると俺もベッドの上に大の字になっていく。
「……どーすんだよこの状況」
あれから必死に彩葉を家に返すように説得するも、見事に失敗。
一緒に家へと帰る羽目に。
彩葉が泊まりにくるのは初めてではないけれど……そもそもあの時は姉がいたからどうにかなった。
けれど今回は俺と彩葉の2人きり。
「……ってかこんだけ頻繁にくるってことは俺は男に思われてないのか?」
それは嬉しくもあり悲しくもあるけれど……。
考えるたびにため息がでてしまう。
「戻りました」
ノックオンがしたあとすぐに部屋のドアが開いた。
ドアの奥には薄いピンクのパジャマだった。
もちろん姉のものだ。
「声が聞こえていたので、てっきりゲームをやっていると思ったんですが違ったんですね」
「あー……自由奔放を絵に描いたような人物に文句言ってた」
ため息混じりに答えるがどうやら彩葉は理解できなかったようで、首を傾げていた。
「さてと、少しだけ『アケロク』やるか!」
ゆっくりと体を起こそうとするが、彩葉が俺と同じようにベッドの上に体を倒していた。
そして転がるように俺に近づくと抱きしめていた。
「い、いろは……さん?」
「……今日はこのままこうしていたいです」
抱きついたまま、目を瞑る彩葉。
別に嫌じゃない、何か脇腹あたりに柔らかい感触があって悪いとは思っていない。
っていうか落ち着かないんだけど!?
「……マジで寝てるよ」
どうしようか悩んでいるうちに心地良さそうな寝息が聞こえてきた。
いつもならまだまだ起きている時間なのに、相当疲れが溜まっていたんだろう。
「……俺は下で寝るか」
彩葉を起こさないようにゆっくりとベッドから降りようとするが、ガシッと腕を掴まれてしまう。
「……一颯さん、行っちゃダメです」
声の方へと振り向くと彩葉が薄めでこっちを見ていた。
ものすごく睨まれてる感じにも……
「疲れてそうだし、1人のほうがぐっすり寝れるかと思ったんだよ」
「……むしろ一颯さんが傍にいてくれた方がぐっすり寝れそうです」
「むしろ逆じゃない……?」
彩葉は頬を膨らませながら、起き上がると布団を捲り上げ、無言でマットをポンポンと叩いていた。
「……いや、俺はいいから彩葉がここで」
「私も寝ますけど、一颯さんもです!」
今までに聞いたことのない凄みのある声に驚いてしまい、俺は言われるがままに布団の中へ入ってしまう。
その流れで彩葉も布団の中に入ると、先ほどと同じように抱きついてきた。
もちろん柔らかい感触もそのままで。
「……どう見ても狭いだろ」
そう声をかけるも彩葉は既に夢の中へと旅立って行ったのか、先ほどと同じように寝息を立てていた。
「今日は無心のまま寝よう、うん……」
何も考えずに目を瞑ってつぶり、体のちからを抜いて——
「——ってできるかああ!!!!」
目をカッと見開くように開けて心の奥底で叫んだ。
何度も寝ようと努力するも、隣から聞こえてくる寝息や微かに動く時に当たる何かのせいでまったく寝ることができなかった。
スマホを見ると、もうすぐ朝方になろうとしていた。
「……何でこっちはぐっすり寝れるんだよ」
視線を横へ向けると、先ほど変わらず心地良さそうな寝息を立てて寝ている彩葉の姿があった。
「明日が休みならそれでもいいんだけど……」
いくら片付けがほとんど終わっているとはいえ、寝ないで作業するのはキツすぎる……。
俺の体に抱きつく彩葉の力が抜けていることを確認しつつ、枕元にあったスマホをとってからゆっくりとベッドを降りる。
熟睡しているせいか、さっきみたいに腕を掴んでくる気配はなさそうだ。
起こさないようにドアを開けて、リビングへと移動し、そのままソファの上に倒れ込んだ。
「……今が暖かい……時期で……よか……った」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……一颯さん、いないと思ったらここにいらしたんですね」
朝、目が覚めると彼の姿がないことに気づき、急いで下に降りるとリビングのソファに突っ伏して寝ていた。
彼と一緒にいたい気持ちが強くなりすぎて、ワガママなことを言ってしまったと申し訳ない気持ちになってしまう。
——でも、その気持ちは一晩経っても消えることはなかった。
できることなら今も彼の体に抱きつきたい衝動に駆られそうになる。
「やっぱり私は……」
腰を落とし、寝ている彼の頬に触れる。
「一颯さんが好きです」
口にするだけでお腹のあたりがギュッとしめつけられるような感覚を覚える。
でも苦しいわけではなく……むしろ心地よいとも思えてきた。
私は……初めて友達になってくれた人に恋心を抱いた。
誰にも渡したくない……
一颯さんは私だけの——
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
奥の方でバタンと重い音が聞こえ、俺はゆっくりと目を開けた。
持ってきたスマホの画面を見るといつも通りの時間を指していた。
画面にはLIMEの通知が表示されていた。
差出人は『姫島 彩葉』と書かれている。
タップしてメッセージを開くと……
『昨日はありがとうございました。 早めに目が覚めたので先に学校に行ってます』
と書かれていた。
律儀だなと思いながら……
——一颯さんが好きです。
微睡の中で聞こえた彼女の言葉が脳裏を駆け巡っていた。
「……じょ、冗談だよな」
震えた声で呟きながら再び俺はソファへと倒れ込んでいった。
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