第1章 第22話 初めての粘土
第1章 第22話
初めての粘土
粘土かどうかは、見た目だけでは分からない。
川辺にあれば、ただの泥に見える。崖下にあれば、雨で崩れた土にしか見えない。けれど指で押すと、ある土はゆっくり形を変え、細くのばしてもすぐには切れない。水を含んでも、砂のように指の間から逃げず、手のひらの上に残る。
欠けた皿の補修は、食器として使えるものにはならなかった。
砕いた陶片を混ぜれば、乾いたときにできる隙間は少し減った。火に入れれば、水で崩れにくくもなった。だが、焼かれた皿と新しい土の境目からは、やはり水が染み込んだ。
ならば、最初から土を器の形にしたらどうなるのだろう。
その問いに答えるには、まず器に向く土を知らなければならない。
ソーマは父の従者とともに、町の北にある白い崖の下へ来ていた。白石を切り出す場所からは離れた、雨水が浅く削った谷である。従者は崖を見上げ、足場の悪い場所へ近づかないよう、何度も念を押した。
「崩れた跡には入るな。取るなら、下に落ちている分だけにしろ」
「はい」
同じ崖下でも、土は場所ごとに違っていた。
上から流れてきた灰色の土は、砂が多く、指でこするとざらつく。雨水の溜まり跡にある土は、指へまとわりつくほどなめらかだった。もう一つ、崖の裾に近い明るい色の土は、細かな白い粒を含み、湿っているのにどこか粉っぽい。
ただし、白い石がまとまっている場所の土は採らなかった。何が混じっているのか分からないものを、むやみに水や火へ近づけるつもりはない。
ソーマは、粘りのある部分だけを少量ずつ木の匙ですくい、別々の布包みに入れた。布には木札を結ぶ。
灰色、砂多い。
溜まり跡、なめらか。
明るい土、白い細粒あり。
粘るだけでは、器に向く土とは言えない。
形を作れる粘りがあること。大きな砂や石が少ないこと。乾かしても割れにくいこと。焼く前から答えは出せないが、少なくとも乾燥で崩れる土は器になりにくい。
前世で覚えた断片が、ぼんやりと浮かんだ。細かな粒が水を抱え、互いにすべり合うことで、土は形を変えられる。だが水を多く抱える土ほど、乾くと縮みやすい。
ここには顕微鏡も、成分を量る道具もない。
だから今は、手触りと水へのなじみ方、乾いたあとの形で確かめるしかなかった。
屋敷へ戻ると、ソーマは三つの土から根と目立つ石を取り除き、同じ大きさの小椀へ移した。それぞれに同じ小匙で水を一杯ずつ加え、布をかぶせて一晩置く。
急いで練ると、表面だけがぬれ、内側に乾いた塊が残る。前に泥団子で覚えたことだった。
翌朝、ソーマは木札を並べ、試験の条件を書いた。
土は、すり切り二杯ずつ。
水は、最初に小匙一杯。
足りない分は、同じ匙から一滴ずつ足し、滴の数を記す。
練る回数は、木べらで三十回。
土の種類によって必要な水の量は違う。その違いも、土の性質の一つだった。
各土から、親指ほどの小さな球、指六本分の細い紐、木枠で厚みをそろえた薄い板を一つずつ作る。球は内側と外側の乾き方を見るため、紐はどれだけのびるかを見るため、板はひびと反りを見るためだった。
形を作った時刻も木札に書き、三種類とも日陰の同じ棚へ並べた。どれか一つだけ早く乾けば、土の違いではなく置き場所の違いを見てしまう。
明るい土を練るとき、ソーマは一度、失敗しかけた。
白い細粒を早くなじませようとして、土魔術を強く通しかけたのだ。表面はたしかになめらかになった。けれど余った土を割ってみると、内側にはまだ乾いた粒が残っていた。
見た目を整えても、内側まで混ざったことにはならない。
ソーマはその土を比較用には使わず、練習用として別にした。本番の試料は、木べらでゆっくり練り直す。土魔術は土を動かすためではなく、硬い塊が残っていないかを、確かめるためだけに使った。
リナが庭へ来たのは、試料を棚に置き終えたころだった。
「今日は、団子じゃないんだ」
「団子もあります。乾き方を見るためです」
ソーマが球を指すと、リナは少し顔を近づけ、それから触らずに手を引いた。
「細いのは?」
「紐です。どこまでのびるかを見ます」
「皿のため?」
「いつか皿を作るために、まず土を調べています」
リナは三つの木札を見比べた。
「なめらかなのが、一番よさそう」
「作るときには、そう見えます。でも、乾くと割れるかもしれません」
「また、見た目だけじゃ分からない?」
「はい」
「じゃあ、明日も見る」
その言葉に、ソーマはうなずいた。
二日後、棚の上の試料は、それぞれ違う答えを見せた。
灰色の土は、紐が途中で切れ、板の端がぼそぼそと崩れていた。球も形は残っているが、軽く押すと砂の粒がこぼれる。反りを比べる前に、形を保てなかった。
溜まり跡の土は、作ったときには一番きれいだった。紐は輪にできるほどのび、板の表面もなめらかだった。けれど乾くと、板の中央に細いひびが入り、球にも浅い割れ目が出ている。
明るい土は、白い細粒のまわりに小さなひびが出た。紐は溜まり跡の土ほど長くのびない。だが板は、ひびがありながらも大きくは反らず、思ったより形を保っていた。
昨日、最も扱いやすく見えた溜まり跡の土だが、乾燥では一番気難しい。
粘りの強い土は形にしやすいが、乾くと縮みやすい。砂の多い土は形にしにくいが、縮みは小さい。明るい土は水になじむまで時間がかかるが、乾いたときには別の働きをするかもしれない。
ソーマは記録紙へ書いた。
灰色。砂多い。成形しにくい。崩れやすい。
溜まり跡。よくのびる。乾燥ひびあり。
明るい土。水なじみ遅い。細粒のまわりにひび。形は残る。
土は、一種類だけで答えを出すものではないのかもしれない。
その日の午後、ソーマは残った土で、もう一つだけ予備の観察をした。
同じ形の陶器の小椀を三つ借り、内側の印まで同じ量の水を入れる。採取時に別にしておいた土を、同じ木匙で一杯ずつ加え、木片で二十回ずつ、同じ速さでかき混ぜた。
これは、粘土を選り分ける試験ではない。ただ、土の中の粒がどんなふうに沈むかを、一度見ておくための観察だった。
灰色の土では、粗い砂がすぐ底へ沈んだ。溜まり跡の土は、長く水を濁らせたままだった。明るい土は、底に明るい層と灰色の層が分かれ、水の中にも白っぽい濁りが残った。
粒の大きさや形、密度の違いで、沈む速さは変わるのだろう。
上澄みを取れば、細かな粒を集められるかもしれない。けれど、何を残し何を捨てるべきか、ソーマにはまだ分からない。
今回は何も捨てない。
椀の側面に水位と沈んだ層の高さを印し、半刻ごとの変化だけを書き留めた。条件を変えながら確かめる試験は、もっと先でよい。今は、土が水の中でも同じではないと知れば十分だった。
夕方、父が棚の前に立った。
「皿に近づいたか」
「まだ、土を選んでいるところです」
ソーマは、ひびの入った板を見せた。
「よくのびる土ほど、乾くと割れやすいようです。砂の多い土は割れにくいですが、形にできません」
「では、間を探すのか」
「はい。ほどほどを探します」
父は少し笑った。
「分かりやすい言葉だ」
ほどほど。
粘りが強すぎず、弱すぎず。水を含めても、乾いて割れにくい。その間に、器へ近づく土があるのかもしれない。
ソーマは三つの配合を作った。
溜まり跡の土二杯に、灰色の土一杯。
溜まり跡の土二杯に、明るい土一杯。
明るい土二杯に、灰色の土一杯。
明るい土を含む配合だけは、先に同じ量の水を含ませてから混ぜた。三つとも木べらで四十回練り、足した水の滴数、混ぜ始めた時刻、作った形を木札に記す。
今度は球を作らない。球は内側が乾くまで時間がかかる。今回は配合によるひびと反りを比べたいので、長さをそろえた紐と、同じ木枠でのばした薄板だけを作ればよかった。
同じ棚の同じ段へ並べ、二日待った。
最もよかったのは、溜まり跡の土二杯に灰色の土一杯を混ぜたものだった。
紐は少し短くなったが、大きく切れなかった。板の表面には砂のざらつきが残ったものの、中央のひびは少なく、大きな反りもない。十分に乾いたことを確かめてから、ソーマは板をそっと持ち上げた。
頼りない薄板は、崩れずに持ち上がった。
小さな手応えだった。
その夜、ソーマは記録紙に書いた。
粘土は、よくのびるだけでは足りない。
砂分は、成形を難しくするが、縮みを減らす。
土は、水になじむ時間も見る。
最初の配合。溜まり跡二、灰色一。
器を作る前に、土を選ぶ。
翌日、リナが乾いた試験片を見て言った。
「これ、いつか皿になる土?」
ソーマは少し考えてから、首を横に振った。
「皿になるかもしれない土です」
「また、かもしれない」
「危ないものを、皿だとは言えませんから」
リナはそれでも、ひびの少ない薄板を見て笑った。
「でも、前より皿に近いね」
「はい。前より近いです」
庭の乾燥棚には、細い紐と薄い板が並んでいた。どれもまだ不完全で、ひびも、ざらつきもある。
火に入れるには、まだ早い。
けれど、土を採り、水で見て、練り、乾かし、記録する。その繰り返しは、器へ続く道の最初の一歩になっていた。
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