4話 魔王としてのはじまり
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暗い。
寒い。
ここはどこだ……。
音も光もない。
自分の輪郭すら曖昧で、
身体があるのかどうかもわからない。
……私は、死んだのか?
ここは死後の世界か。
なら、会えるだろうか。
もう顔も朧げになってしまった……同胞たちに。
手を伸ばそうとした瞬間、気づいた。
あぁ…そうだ…
でも何も見えない…何も聞こえない…
これでは……会えないではないか……
胸の奥が、じわりと冷たくなる。
結局、私は孤独だ。
生きていた時と同じように。
いつまでも、どこまでも。
いやだ。
いやだいやだいやだ。
一人は嫌だ。
私はずっと孤独だった。
生徒はたくさんいたが、
人間も、獣人も、魔人族も、どの種族も――
みんな私より先に死んでしまった。
私は……本当は。
“差別のない世界”でも、
“争いのない世界”でも、
“愚かさに支配されない世界”でもなく。
ただ――
誰かにそばにいてほしかっただけだ。
生徒たちがいてくれれば、それでよかった。
孤独でなければ、それでよかった。
生徒たちさえいれば、それ以外いらない
世界なんて、どうだっていい。
そう思った瞬間。
『わかりました』
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突然、頭の中に声が響き、私は叫んだ。
いや、声は出ていないのだが、心臓が跳ね上がった。
……死んでも驚くと胸がバクバクするのか?
ということは、まだ死んでいないのか?
困惑する私をよそに、その声は続けた。
『父さん。お任せください。私が父さんの願いを叶えます』
「まて、誰だお前は。
私は子どもなどいない。」
『いいえ。私は間違いなく、あなたが作り出した存在です』
作り出した……?
何を言っている。
『私は、あなたが今朝作ったシチューです』
「馬鹿を言うな!!」
私はそんなもの作った覚えは――
いや、作ったか。
作ったが、あれはシチューではなかった。
いや、シチューだったのか?
いや、違う。
いや、どっちだ。
だめだ、思考が混乱してきた。
『父さんが“シチューだ”と言い張ったではありませんか』
「言い張ってはいない!
私はシチューを作ったつもりで――いや違う、あれは……」
わからん。
もう何もわからん。
『とにかく、父さんの願い。
“誰かにそばにいてほしい”
このシチューが叶えます』
「断る!!
何が悲しくてしゃべるシチューで孤独を埋めなければならない!」
『父さん。種族だけで人を判断するなと言っていたではありませんか』
「お前は種族以前の問題だろう!!」
『…仕方ありませんね。ではそちらは別の方々にお願いするとして、
もう一つの願いはシチューが必ずかなえます』
「もう一つの願い…?」
『“生徒たちさえいればそれ以外いらない”
つまり――
“生徒以外は滅ぼしていい”ということですね』
「ダメに決まってるだろ!!!!」
『任せてください。溶かすのは得意です』
「絶対にやめろ!!聞け!聞いているのか!!」
『まかせてください!必ずや!滅ぼして見せます!』
「やめろと言っているだろう!!馬鹿者!!」
叫んだ瞬間、私は飛び起きた。
――ベッドの上だった。
息が荒い。
胸が痛い。
視界が揺れる。
先ほどのは……夢か?
いや、悪夢だ。
最悪の悪夢だ。
しゃべるシチューに世界滅亡を宣言されるなんて悪夢でしかない。
慌てて状況を確認しようと見渡すと
見慣れた天井。
見慣れた部屋。
ここは、私の自室か……?
なぜか身体が妙に重い。
節々が痛む。
どれほど眠っていたのだ……。
マナンに撃たれて――
子どもたちが泣いて――
そこまで思い出した瞬間、私は跳ね起きた。
「子どもたちは……!」
私はベッドから飛び降り、扉へ手を伸ばした。
その瞬間、扉が先に開いた。
目の前には見覚えのない背の高い魔人族の青年。
ばっちりと目が合い、突然の出来事に言葉を失っていると、
その青年が泣き出しそうな顔で迫ってきた。
「先生……あぁああ先生!!目が覚めたんだな!!!」
……誰だ?
「先生!!痛いところはないか?記憶は?俺のこと覚えているか?!」
「……誰だ貴様」
そう告げると、青年の顔がみるみる崩れた。
「そ、そうか……覚えていないか……俺は……」
「――アルフレッドだ」
「まて」
私は手を上げて制した。
「いや、アルフレッドは覚えている。
生徒全員の顔と名前も覚えている。
だが、私の記憶ではアルフレッドは九歳だったはずだ」
「あぁ…そうか。嬉しくてうっかりしてた…」
青年――アルフレッドは苦笑した。
「先生。俺はアルフレッド。この体は……25歳の姿だ」
「25……?」
私は呆然とした。
アルフレッドの言葉に驚きつつも、
どうしても先に確認したいことを慌てて尋ねた。
「あれからどうなった?!マナンは?!
ティアとジェロームは?」
アルフレッドに迫るように近づくと、
私の体を押し返し、戸惑いながらも落ち着いた声で言った。
「先生、落ち着いてくれ。順に話すから…」
アルフレッドは続けた。
「先生が倒れたあと……
最後に放った呪いの反動で、先生は長い間眠ってたんだ」
「どれくらいだ」
「……千年くらい」
「…………は?」
脳が理解を拒んだ。
アルフレッドは淡々と話した。
「マナンは……先生の呪いであの後すぐに気絶したから。
俺も、ティアもジェロームも無事だったよ」
無事だった……その言葉に胸をなでおろした。
「つまり…ティアも、ジェロームも。
………マナンも……まだ生きているのか?」
「…うん。アイツも、生きてはいるよ」
生きている。
生徒たちが生きている。
アルフレッドの言葉を何度も頭で繰り返した。
………ん?
「おい、アルフレッド。
生きてはいる……?
いや、その前に1000年も眠っていたのにお前は25歳?
色々とおかしな点が……いや、おかしな点しかない!!
どういうことだ、説明しろ!」
問い詰めると、アルフレッドは気まずそうに視線を逸らした。
「あ~……いや…うん。説明するよ?
でも……言っても先生はすぐには信じないと思うけど…」
「信じる信じないは聞いてから私が決めることだ!
いいからさっさと説明しろ!」
ふぅ、と息をつくと、
アルフレッドは覚悟を決めたようで
真剣な面持ちで口を開いた。
「…わかった。じゃあ話すけど…
先生が眠ってからの1000年で……
先生が作ったシチューがこの世界を滅ぼそうと動き出したんだ」
「………」
「シチューは僕達、先生の生徒だった者たちを除いて、
あらゆるものを溶かして飲みこんでいった……。
結果、世界は荒廃して……人類は衰退の一途をたどったんだ……」
「………」
「そんな破壊の限りを尽くすシチューを作り出した先生を……
世界は“魔王”と呼び始めて、人類は先生を排除しようとしたんだ」
「………」
「先生を排除するなんて……許せなくて……
俺達は必死に先生を守ってたら……
“魔王軍”なんて呼ばれるようになって……それで……」
アルフレッドはちらりと私の顔を見ると
続きを話していいのか、伺ってきた。
「……いや、続けろ。後でまとめて聞くから」
私が続きを促すと、コクリと頷き、続きを話した。
「僕たちは先生みたいに長命種じゃないから……
いずれ先生を守る人も力尽きてしまう……
そう焦った僕たちは……先生がしてた研究に目を付けたんだ」
「私の……研究……?」
「うん……“不老不死”の研究……」
「お前ッ……まさか!!」
「ごめん……本当に必死だったんだ。
どうしても……生徒皆で先生を守りたくて」
「無我夢中で研究してたら……完成しちゃったんだ……」
ぐらりと視界が揺れ、意識が飛びかけた。
「先生!ごめん!やっぱりいきなりこんな話されて
疲れたよね?」
「い……いや、言いたいことは山ほどあるが、
話が進まないから、続けてくれ……」
「う、うん……それで、
僕たちは完成させた“不老不死”の禁術を使って、
そのあと、何十年、何百年……千年、先生を守り続けた」
「それで……その……結果的に…………世界征服しちゃった」
アルフレッドの話を聞き終わり、
頭を抱えた。
……どこから突っ込めばいい。
到底理解できるような内容ではなかった。
状況を飲み込むにしても、自分自身の気持ちを整理したかった。
いつも胸ポケットに入れていた煙草を取り出そうとして、
手が空を切った。
煙草がない……?
アルフレッドに手を差し出した。
私の意図が通じていないのか、アルフレッドはちょこんと首を傾げた。
イラつく自分を押さえつつ、言葉で伝えた。
「とりあえず……煙草をくれ」
一瞬目を丸くしたアルフレッドは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「あ……ごめん。もう煙草はない…言ったろ?…この世界は荒廃してて―」
「ああぁぁぁぁぁぁあああ!!気がおかしくなる!!」
私は頭を抱え、ベッドに突っ伏した。
「せ、先生!落ち着いてくれ!
もしかしたら探したらまだ世界のどこかに残ってるかもしれない!」
「たばこ一本吸うのに世界中を探さねばならんのか!!
私は今すぐ吸いたいのだ!」
「わがまま言うなよ!だから…順に説明するって言ったのに……」
「こんな馬鹿げたこと順に説明されても困るわ!!」
1000年後の世界。
人類の衰退。
世界の荒廃。
魔王。
魔王軍。
それにシチュー。
意味の分からん情報量が多すぎる。
アルフレッドは深呼吸し、真剣な顔で言った。
「先生。
俺たちは……先生を守るために戦ってきた。
千年の間、ずっと。
だから……こんな世界になっちゃったけど……
先生が帰ってきてくれて……本当に嬉しい」
その言葉に、胸がじんと熱くなった。
……あぁ。
私は……孤独ではなかったのだ。
「……馬鹿者どもが」
私はアルフレッドの頭に手を置いた。
「私は……お前たちが生きていてくれれば、それでいい。
それでよかったというのに……」
アルフレッドは涙をこぼしながら笑った。
「……これからは一緒に生きてくれるんだろ?
俺たち“魔王軍”と」
「魔王軍という名前はやめろ」
アルフレッドは笑った。
「じゃあ先生!これから何する?
時間だけは捨てるほどあるぞ!」
私は深く息を吐いた。
「……やれやれ。
とりあえず…………煙草を探しに行く」
アルフレッドは揶揄うような笑顔を見せた。
「かしこまりました“魔王様”」
「やめろと言っているだろう!!」
――こうして、
“魔王ウィル”と“魔王軍”の世界の再建が始まった。




